第15話 そして彼らは戻る

 少年は手に持っていた袋を置いて押入れを開ける。

 大きく深呼吸をし、固めた決意が揺るがない内に奥から封印してあったダンボール箱を引っ張り出す。

 中に入っているのは【普通】の人なら間違いなく引くレベルの品物。

 彼はその中の端に置いてある眼鏡ケースを取り出した。



 何故少年が封印した箱を自らの手で開け放ったのかはちゃんと理由があった。








「おはようっ」

「優子、おは…ん?」

 朝、明るく挨拶をする優子の目が充血していることに気づく芳子。


「目、真っ赤じゃん」

「ちょっと夜更かししたのよ~」

「ホント昨日といい、気を付けなよ」

 昨日の昼休み、飲み物を買いに行った優子は膝を血だらけにして教室に戻ってきた。

 つまずいたと言い張る彼女だが何もないところで転ぶほどボーっとした性格ではないことを周りは知っている。

 三郎は決して二人の会話を盗み聞きをしているわけではなく、彼女達の前の席にいるため嫌でも耳に入ってくるのだ。




 そして次の日、あの鈍感な芳子にでも彼女の異変に気がつくほどの出来事が起きた。

 登校してきた優子は上履きではなく来客用のスリッパを履いていた。




「佐藤、どう思う?」

 放課後、優子にバレないように三郎と芳子は教室で会議を行なった。


「まぁ鈴木が感づくほどだから何かあるのは間違いないだろうな」

「ああ、…うん?今遠まわしにバカにした?」

「バカにはしてない、アホだとは思ってるが」

「そうか、それならいいんだ」

―――いいのか。



 三郎は勘が鋭いというより彼女の異変は経験によって気づいた、と言った方が正しいだろう。

 悪いことだとは理解しているが、彼はそれが間違いであってほしいと願いながら優子の机の中に手を突っ込んだ。




 黒か白か、と言われれば真っ黒。


 ビリビリに破られた教科書、落書き、その他わかりやすい物が大量に入っていた。

 【キモイ】【オタク死ね】【ブサイク】とご丁寧に油性マジックで書かれてある。


「…佐藤」

「ああ…、こりゃ一人じゃないな」

 執筆からして数人、男女混合で行なわれている。


 懐かしい苦痛を思い出しながら彼は静かに机の中に直す。

 間違いなく教師の出番だろうが、それは事を大きくさせる可能性がある。


―――だから昔の彼は誰にも言わなかった。



「佐藤!」

「落ち着け、様子を見よう」

「は?ふざけんな、優子が怪我したのもコレをやった奴らに決まってる!」

「…わかってる」

 芳子の気持ちは痛いほどわかる彼だが、果たして行動を移すことが正しいことなのか今の三郎には判断できなかった。


「火に油を注ぐ事になるかもしれない、だから…」

「…くそっ!」

 学生である彼らに判断などできるわけがなかった。






 翌日の放課後、彼は自分が下した決断が間違いだったことに気づくことになる。


 職員室に用事があった三郎は一緒に帰ることになっていた芳子と優子を校門前に待たせていた。

 靴を履き替えて外へ出ると校門の方が何やら騒がしいことに気がついた。


「どした?」

 三郎は近くにいたクラスメイトの女子に声をかけた。


「あっ佐藤君、なんかねぇケンカみたいだよ」


―――嫌な予感がした。


「あんな黒髪の女の子いたっけなぁ」

「女の子?」

「塚本さんが三年に絡まれてたんだけど、その子が一人で…あ、ちょっと!」


 野次馬達をかき分けて彼は走った。

 間違った判断をしたことに後悔しながら。




「塚本!」

「…佐藤君っ」

 優子は泣きながら彼に抱きついた。

 周りを見渡すと複数人の上級生が気を失って倒れている。

 その中には身体を丸めてガタガタ震えている女子もいた。


「わ…私、イジ…イジメられてて…芳子が…」

 必死で三郎に伝えようとするが思うように言葉出ない、が聞かずとも彼は察することができた。


「鈴木は?」

「…」

「おい塚本っ」

「最後にすごい思いつめた顔して…やっぱり変われない、って」

 芳子は我に返った後自分の犯した罪に気がついたのだ。


 不良をやめて地味に生きていくと決めたはずの芳子が犯してしまった事件。

 幸い犯人が【鈴木芳子】だということはバレていない、眼鏡を外し束ねていた髪を下ろして行なったのだろう。



「お願い佐藤君っ、このままじゃ絶対に芳子いなくなる!」

「…」


―――変われない。


「…違う、変われてねぇのは俺だ」

 彼は昨日、怖くてあんな判断をした。

 友達のために何とかしようとした彼女は変われていた、なのに蘇らせたのは…、


 俺だ―――。


 芳子が大人しく家に帰るはずがない。

 だとすれば彼女の向かう行き先はどこか、それはきっと自分で黒歴史にしたかつての居場所。

 引っ越してくる前の彼女が何をしていたかは知っているが、どこに住んでいたかまでは三郎は聞いていない。


「…あ」

 芳子の隠し事を何で知ったかを思い出した。

 それは彼女が持っていた中学時代の生徒手帳。


 思い出せ、と何度も脳に問い詰める。

 芳子はどこの中学だったか、それさえ思い出すことができれば何とでもなる。



「…っ」

「さ…佐藤君?」

「塚本、あとは俺にまかせろ」

 優子の肩を優しく叩いて立ち上がる。


「芳子を…芳子をお願い」

「ああ、かけられた苦労を無駄にされてたまるか」

 スライドショーのように、彼が芳子に勉強を教えている光景が流れた。







 念のため彼は優子から聞いていた芳子の家の番号にかけてみるが、やはり彼女は帰ってはいなかった。

 芳子は優子に【変われない】と言った、だとすれば彼の予想は間違いではないだろう。



 三郎はコンビニに寄った後、靴のまま自室へ上がりこんだ。

 急いで洗面所に行きコンタクトを外す。



 そして封印してある物が入れられた扉を開け放った。

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