第14話 普通ではない彼らの夏休み

 真夏の砂浜にパラソルが一つ。

 普通の生活をしている人間にはできない贅沢。


「サブ、こんな感じでいいか?」

「ん、オーケーだ」

 すぐ近くに別荘があり、女子の着替えが終わるまでに三郎と琢磨が共同で作業していた。


 ガタイのいい身体に派手な海パン姿の琢磨はどっからどう見てもチンピラにしか見えない。

 それに比べ三郎は周りから冷たい目で見られないようちゃんと事前に雑誌やネットで調べてから購入した水着を着用している。



「ごめんね、遅くなって」

「ん、ああ構わないよ」


 先に言っておこう。

 この物語の登場人物であるメインの女子二人は【地味】であることを。


 女子二人はその言葉通りの姿でやってきた。

 素顔を知っている仲とはいえやはり眼鏡の着用は必須のようだった。


―――だが。


「ん?佐藤君どうしたの?」

「あ…いや、なんでもない」

 元モデルの優子はそれはもうすばらしいものを持っていた。

 目を泳がせながら安全地帯を探す三郎。


「あ、パラソル」

 芳子はすでに立ててあったパラソルを物珍しそうに眺めていた。


「…」

「なんだよ佐藤」

「鈴木、お前がいてくれてよかったよ」

「何かわからないけど嫌味だと言う事はわかる」

 芳子もスタイルはいい方だが、【ささやか】という言葉がとてもお似合いだった。





 何をしても誰にも迷惑がかからないプライベートビーチ。

 そして初めての友人との旅行、青春をしていると胸を張って言える時間。



「…懐かしい、血が騒ぐ」

「鈴木に棒切れ渡したの誰だ!」

 スイカ割りをしたり。



「なぁ、横ならわかるが何故縦に埋めた…?」

 琢磨を皆で埋めたり。



「芳子負けないよ~!」

「え?もう取ったけど」

「はっや!」

 ビーチフラッグをしたり。



 人間そう簡単には変われない、そして変わることが正しいとも限らない。

 だけど変わろうとしているからこそ手に入れたものがある。





「さぁ、肝試し始めるよ~!」

「いよっしゃー!」

「楽しそうだな…小田」

「…」

 最後の夜、定番ともいえる肝試しをすることになった。

 確かに不気味だが怖いとまではいかない三郎、恐怖を楽しさに変換することができる優子、とりあえず友達と遊べるだけでも幸せな琢磨、そして…。


「…」

「お、おい鈴木?」

「あ、お…ん?何かねっ」

「お前まさか…」

 芳子の足が小刻みに震えている。


「は?怖いわけないじゃん、そもそも信じてないし、それにもう子供じゃないんだからそんな…」

「わっ!」

「にゃあああぁぁぁああ!」

 優子が皆の背後に回って驚かすと、芳子はウサギのように飛び跳ねて木に飛びついていた。



「…」

 沈黙が続く、というよりもどんな言葉を発したらいいのかわからない状況。

 木に抱きついたままの芳子の顔がみるみる赤く染まっていく。


「…もういっそのこと佐藤を殺して私も殺せ」

「いやだから俺を巻き込まないでくれ」



 喧嘩無敗の女帝と呼ばれた過去を持つ彼女でも苦手なものはあった。

 勉強を嫌がりだしたら怖い話でもしてやろう、と三郎の中でイタズラ心が生まれた。




「さぁどんどん行こう!」

 ハイテンションの琢磨を先頭にして一同は進んでいく。

 森に入るのはさすがに危険だったので、その手前の道を真っ直ぐ歩くだけにしておいた。


 複数の虫の鳴き声が怖さを倍増させる。


「佐藤君、裾…掴んでいい?」

「ん…ああ」

 余裕を見せていたはずの優子も少し恐怖を感じたのか、三郎の裾を優しく掴んでいた。


「佐藤、肉…掴んでいい?」

「どこの!?」

 ため息を付きながら芳子の方へ腕を差し出すと、餌を見つけた飢えた野獣のように飛びついていた。


「鈴木…腕千切れる」

「そうか、いざとなったらこの腕を差し出せばいいのか…」

「…何にだよ」

 もう冷静な判断すらできない芳子であった。





 何も起こらないと思っていた。

 いや、ギャルゲーと違ってこれ以上のイベントなんて起こるはずがないのだ。



「…トイレ行きたい」

「…え」

 なのに事件は発生した。

 下半身をウズウズさせながら俯く芳子。


「我慢は?」

「できたら言わない」

「…マジか」

 結構歩いたためここから別荘までの距離は結構ある、辺りを見渡してもこんな場所にトイレなど設置されてあるはずがなかった。

 目が虚ろになり始めた芳子はもう限界のようだ。


「…鈴木、今の尿意をパーセンテージで表しなさい」

「97パー」

「皆走れぇえええええぇぇぇっ!!」

 三郎の大声と同時に一同は別荘へと駆け出した。





 別荘に到着し、琢磨と優子を外で待たせて三郎は芳子をトイレに叩き込んだ。

 なんとか間に合ったことに安堵し、彼がその場を離れようとした時、


「佐藤」

「ん…どした?」

「まぁ…えっと、ごめん…」

 扉越しに話しかける芳子。


「ああ、気にするな」

 少しずつ芳子の言葉遣いが丸くなってきていることに三郎は気がついていた。

 足を動かそうとした時再び彼女は三郎の進行を止める。


「佐藤」

「ん?」

「あ~、んん…、優子と小田君は?」

「外だ」

 もしや、と思ったが彼の予想は間違いではなさそうだ。


「佐藤」

「…」

「おい佐藤っ!?」

「…」

「あ、ちょ、えっ、さと…っ」

「いるよ、心配すんな」

 芳子は彼にトイレの前にいてほしいだけだった。


「ぐぐ…トイレから出たら覚えとけよ…」

「わかった、んじゃ逃げるわ」

「わぁぁああぁっ嘘っ嘘です!」

「ははっ」






 きっとこの旅行は彼らの中でいい思い出として残り続けるだろう。


 この夏休みに何をしたかなんて全ては語りきれない。

 歳を取った時、ふと思い出すのだ。


―――皆といたことを。




 皆、二学期は一体何が起こるだろう、そう思えることが嬉しくてしょうがなかった。


「鈴木お前課題やってきたか?」

「ほらっ、お前が貸してくれたおかげで終わった」

「そうか、んで俺のノートは?」

「…あっ」

「鈴木ぃ!!」


 そして普通ではない彼らの、普通の二学期が始まった。

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