第13話 流れ星に願いを

 塚本優子は一体何者なのだろうか、と一同揃えてそう思った。

 プライベートビーチ、海辺に建つ孤立した別荘。

 彼女はこの敷地を知人から借りたものだと皆に嘘を付いているが、彼らからすればそんな知り合いがいること自体がありえないことだった。



「こっちが男子の部屋で、こっちが女子ね」

 中を案内していく優子、借りたものにしては詳しすぎるのではないかと三郎はそう感じたが口には出さなかった。


「荷物置いたら海っ?」

「ダメだよ芳子、泳ぐのは明日」

「え~」

 ここに来るまで結構な道のりだったため今から海水浴をするには遅すぎる時間、芳子は物足りなそうに頬を膨らませた。


 駅に到着しバスに乗る前に一度スーパーに寄ってきた一同、食材やお菓子などを大量に購入したため荷物持ちをした男子二人の腕はパンパンだった。



「そろそろ作り始めないとやばいな」

 壁に掛かっていた時計に目を向けると時刻はすでに夕方の5時を過ぎていた。

 袋から一つずつ食材を取り出していく三郎。


「んで料理できる奴いるのか?」

 琢磨の何気ない台詞。


「…」

「…」

 芳子は窓の外を眺め、優子は無言でカバンの中を漁っていた。

 家の台所に立ったことすらない女子二人。

 キャベツとレタスの見分けが付かない芳子と、頑張っても出来上がりが殺人兵器になってしまう優子。


「…マジかよ」

 現実逃避をしている二人を見ながらため息を付く三郎。


「小田、お前は?」

「カップ焼きそばも作れないぜ、ははっ!」

「ははっ、じゃねぇよ…」

 だから皆食材選びの時にあまり口を挟まなかったのかと今やっと理解した三郎であった。





「塚本、ルー取って」

「はいっ」

「鈴木、そろそろ皿並べてくれ」

「はいっ」

「小田、喉渇いたから茶買って来て」

「はいっ…いや何で俺だけパシり役?」

 一人ずつ仕事を与えていく三郎、一人暮らしをするためにある程度覚えた料理の知識や技術がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 そして手の込んだものではなく至って普通のカレーを彼は完成させたのであった。






「まさか佐藤君、料理できるなんてね」

「確かに」

 食べ終わった後、食器洗い担当となった女子二人は台所で共同作業を行っていた。

 三郎の過去を知らない優子からすれば、勉強もできて顔もいい家事のできる不良の彼が謎でしかたなかった。

 誰にも言えないような秘密があるのではないかと疑ってしまうほどに。



「おい、風呂用意できたから先に入ってくれ」

「あ…うん、ありがとうね佐藤君」

 別の仕事をしていた三郎は少し汗をかいていた。


「さ、芳子一緒に入ろ?」

「…佐藤、私の友人はソッチもいける口らしい」

「お前の勘違いだ、行って来い」

 彼は妄想豊かな芳子の手からスポンジを奪い取る。



 一度部屋に着替えを取りに行った後風呂場へと向かう二人、三郎は女子に代わって洗い物の続きを行う。

 アニメやギャルゲーの主人公なら、女が風呂に入っていることに気づかず乱入してしまうなどというラッキースケベイベントが発生するのだが、風呂掃除をし彼女達に先に入るように伝えた彼にそんな幸運は訪れるわけがなかった。


 そう、それは事件が起きなければの話。


「きゃああぁああぁぁっ!」

「…っ」

 突如聞こえてくる優子の叫び声。

 水を止めることなく三郎は急いで風呂場へと駆けつけた。



「どうした!」

「さ…佐藤君」

「一体何があった!?」

「よ…芳子が…」

「す、鈴木が…?」

 震えるバスタオル一枚の優子を支え、彼女の指差す方へと三郎は視線を向ける。


「超…可愛いの…」

「…は?」

 彼の視界に写ったのは顔を真っ赤にして下を向く芳子の姿。


「いや…眼鏡かけて入ろうとしてたから…」

 優子の手には芳子の眼鏡。



「芳子…可愛かったんだ…知らなかった」

「うぐ…ぐぐ」

 【可愛い】その言葉に慣れていない芳子の顔は沸騰寸前だった。

 過去を知っている三郎以外には決して見せないと決めていたが、こんなにも早く素顔を誰かに見られてしまうとは彼女自身も予想していなかった。

 つり目だが整った顔立ちにサラサラなロングヘアー、地味系女子を目指すにはもったいない作り。


「佐藤を殺して私も死ぬ!」

「恥ずかしいのはわかるが巻き込むな」

 両手で顔を隠ししゃがみ込む彼女の姿を彼が見るのは二度目だろうか。



「塚本」

「え?」

「もう、いいんじゃないか」

「…」

 彼はもう一人、隠している人物を知っている。


 父親の会社が倒産し、冷たい視線を送られてきた優子が親友に素顔をさらけ出すには相当な勇気がいる。




「芳子」

「鈴木、顔上げてみ」

「…?」

 ゆっくりと手を下ろし、顔を上げると芳子の知らないキレイな女性が立っていた。


「この女誰っ!」

「…そうきたか」

 友達になって結構経つが、今日やっと二人はお互いの素顔を見ることができた。


 そして優子と芳子はほぼ裸、この場所にいても何とも思われないことに寂しさを感じた三郎だった。

 駆けつけた琢磨が彼の後方で鼻血を出して気絶していることに一同が気がついたのは後になってのことだ。



 長い道のりもあったため初日の夜は騒がずに早めの就寝となった。

 琢磨と同じ部屋だった三郎は強烈ないびきに耐え切れず部屋から飛び出していた。


 外の気温は中よりも低く、気持ちのいい風が吹いている。

 幼いころは見上げて星を探したりしていたが、今彼が見ている空は一面星だらけだった。



「寝れないの?」

 玄関の扉が開いて彼に歩み寄ってきたのは寝巻き姿の優子。


「ああ、小田のいびきで寝れやしない」

「はは」

 もう皆に知られているというのに彼女は未だに顔を隠すように眼鏡をかけていた。


「隣、座っていい?」

「ああ、鈴木は?」

「布団に入って5秒で寝たわ」

「アイツらしいな…」

 はしゃいだ結果夜更かしできずに寝てしまう子供のようだった。




 お互い口を開かず、空を見上げたまま静かな時間が流れていく。


「私、思うの」

「うん?」

 先に沈黙を破ったのは優子、上を向いたまま動かしたのは口だけ。


「芳子も佐藤君も人には言えない何かを隠してる、もしかすると小田君も」

「…」

 ずっと一緒にいればおかしな点くらい当然気づく。

 だが優子の鋭さはそれだけではなかった。


「佐藤君、芳子が隠してる何かを知ってるよね」

「…それは」

「その逆で、芳子も知ってるよね?」

「…」

 それは二人が特別な関係だからというわけではない。

 たまたまお互いの秘密を知ってしまっただけのこと。


―――二人の仲には入り込めない何かがある。

 優子はそう感じてしまっていた。



 否定することは簡単だ。

 だけど嘘を付きたくない気持ちが大きすぎて次に発する言葉が思いつかない三郎。



「ん~!そろそろ私も寝ようかなっ」

「…追求しないのか?」

「しないよ」

 優子は大きく背伸びをして立ち上がり、優しい笑顔を彼に向ける。


「しないけど…」

 彼女は扉のノブに手をかけ、勇気を振り絞った。



「私はいつか…話すから」

「…」

「おやすみ」

「ああ、おやすみ」



 再び空を見上げる三郎、不思議と心は穏やかだった。


―――ああ、いつか…な。

 恐れずに打ち明けられる時が来るといいな、とやっと流れた星に願った。

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