第10話 鈴木さんの不器用なサポート

 陰キャラで誰からも相手にされない、視界にすら入れてもらえないような男子が少し優しくされただけで好きになってしまうよくある話。

 声をかけられて、優しくされて、もしかしたらこの子は自分に好意を抱いてくれているのではないだろうかという思い上がり。


 彼が経験した現実は残酷なものだった。


 三郎が好意を抱いたその女子は陰キャラのオタクでも接してあげている自分に溺れていた。

 ネコを可愛い可愛いと言っている自分が一番可愛いといった感じだ。


 彼は絶対に忘れない。

 告白をした時に彼女が見せたあの表情を。


―――汚物を見るようなあの表情を。







 休日の朝、彼は実家行きの切符を購入し、待合室で電車が来るのを待っていた。

 怖いという気持ちはなかった。

 同窓会の案内状を目にした時は全く恐怖を感じなかったと言えば嘘になるが、今は不思議と落ち着いていた。


 これはあの女、吉田美和に仕返しをするチャンスかもしれない。

 厚めの眼鏡を外し、髪を染めた今のこの姿を見れば間違いなく彼女は驚くだろう。

 中学時代、オタクで気持ち悪いと言われてきた三郎は見事高校デビューを果たせた。

 女子からの人気もそこそこある現在の彼なら吉田を後悔させることができる。



 彼の心が徐々に黒く染まっていく。

 少し離れた場所から派手なバイクの音がこんなところまで鳴り響いていた。

 朝から走り回る暴走族。


「…ふ」

 その音で思い描く女性。

 彼はもう一人高校デビューを果たした人間を知っている。

 地味系女子に変身した元不良のあの女。


「あの女ならどうするんだろ」

 過去の知人に会うことができるだろうか。





 一方。


「優子、とうとう手に入れたわ」

「ほ…本当に?」

 喫茶店の端で密談をする高校一年の女子達。

 芳子は地味なカバンからブツを取り出し驚きの表情を浮かべる優子に手渡した。


「…これはまさしく魔法少女シスター、プレミアムDVD!」

「ふ、神が私に運という力を授けてくれたのよ」


 他のお客様もドン引きの会話だった。


 芳子が大好きなアニメの数量が限られている限定版のDVD、予約ですらも人数が決められていて手に入れることが困難な品。

 諦めていた彼女は通常版を買いに行き、ダメ元で店員に余っていないか聞いてみたところ丁度キャンセルが入り入手できたのだ。


「付いてきた特典もこの通り」

「こ…これはっ」

 イラスト集、アニメのサウンドトラック、フィギュアetc...。

 人の多い朝の喫茶店でここまで堂々とできるのは間違いなくこの二人だけだろう。



「やるわね芳子」

「当然よ」

 学校で三郎に自慢してやろうと口元をニヤけさせながら取り出した物を丁寧にカバンに入れ直す。


「というか佐藤も呼べばよかった」

「え?芳子聞いてないの?」

「何が?」

 氷が解けて薄くなったカフェオレをストローでかき混ぜる芳子。


「佐藤君、今日同窓会って言ってたよ?」

「…は?」

 何も聞いていない芳子はストローに口を付けようとした状態で一時停止する。

 彼女にとって三郎が休日に何をしようが知ったことではない、が彼の秘密を知る友人として何か引っかかるものがあった。

 お互いに自分自身を変えようと決めて行動に移したのは高校に入ってから。

 同窓会ということは間違いなく彼の過去を知る連中の集まりだ。


 芳子はオタク道を進むため暴走族のチームを抜けたなんてことは彼以外の人には言っていないし、言えるわけもない。

 あの頃のチームメンバーが今の地味で固めた彼女の姿を見たら間違いなく幻滅する。


「アイツならどうすんだろ」

 芳子とは真逆に変身した彼は一体どう周りと接するのだろうか。



「…」

「芳子?」

「ごめん優子、用事思い出した」

「え?あ…そう?」

 芳子はテーブルにお金を余分に置いて席を立つ。



 彼が何を目指し、何をしようが芳子には関係ない。

 二人が交わした約束はお互いをサポートすることだ。


―――だから。


「…っ!」


 これは、きっと関係あることだ―――っ。










 電車の到着する音楽が鳴り響く。

 冷め切った感情のまま彼はカバンを掴み席を立つ。


 真っ白な頭の中、唯一耳に入ってくるバイクの音。

 買った切符をポケットから取り出して歩き出そうとした時、その音はすぐ近くで鳴り止んだ。


 ざわつき始めた周囲は何かに怯えながら足を止めていた。



「…」

「…ん?」

 【その何か】が三郎の進行を妨げた。


 ゆっくり顔を上げるとそこにはマスクをした髪の長い女性が立っていた。

 その後方には派手なバイクが置かれてある。



「え、おま…、鈴…」

「違う!えっと、違うっ!」

 周囲にバレたくないのか、キョロキョロしながら慌て始める芳子。


「…いや、とりあえず何でここに」

「お前が呼んだ気がした」

「間違いなく気のせいだ」

「…うぐっ」

 急いだ来たせいで彼を引き止める理由を考えてなかった芳子。

 そして、


「それに…ぷはは、なんだその格好」

「え…?」

 鈴木芳子とバレないようにマスクをし、束ねていた髪を下ろし、眼鏡を外したまでは理解できる。

 だがその下が普段着だった。


「うるせぇなっ、特攻服押入れの中なんだよ!」

「にしても…地味すぎるだろ」

「…殴っていいか?」

「すみません」


―――彼は彼女に助けを求めていない。


 恥ずかしがる芳子の口元にゆっくり手を伸ばす。


「お…おいマスクを取るなっ」

「…なんだ」

 奪い取られたマスクを取り返そうとする芳子の顔は真っ赤だった。



「お前、結構可愛いじゃん」

「むほっ!」

 彼女は両手で顔を隠してしゃがみ込んだ。



 そう、彼は彼女に助けを求めてなどいなかった。

 だけど、


―――安心したのは確かだった。




「やめた」

「…?」

「腹減ったな、何か奢ってやるよ」


 彼がしなくてはいけないのは過去の修正じゃない。

 現在(イマ)を大切に生きることだ。


「マジかっ、ならギャルゲー買ってくれ!」

「腹減ったって言ったよねっ、俺!」


 お互いにサポートし合いながら―――。











「これで全員かな」

「…あれ、佐藤君は?」

「佐藤?あぁ、あいつ欠席だって」

 同窓会の会場の受付にいた吉田は佐藤の名前に欠席と書かれてある名簿を受け取る。


「まぁいてもいなくても一緒だしな」

「確かに!」

「…」

 欠席ということは彼の手元に案内状が届いたのは間違いない。


「ねぇ、佐藤君って今どこの高校に行ってるの?」

「さぁ?遠いとこって聞いたけど」

「アイツのことだから未だにキモオタやってんだろうなっ」

「わはは、間違いねぇ!」


 三郎の悪口を言い合う元クラスメイト達を無視して吉田はスマホを取り出した。

 しかし手を動かすことのできない彼女。

 彼の番号を知らない。


 案内状が届いたということは彼の実家は今でもそこにあって、彼だけが遠くに行ってしまったのかもしれないと推理をする。





 彼を変えるきっかけを作った吉田美和。

 のちに彼女は三郎の居場所を突き止めることに成功するのであった。

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