第9話 一緒にいるのなら

「佐藤、私天才かもしれない」

「…は?」

 放課後、クラスでダントツ成績の悪い芳子が昼休憩にそんなことを言い出した。

 先日のテストでも三郎の予想がなければ間違いなく彼女は赤点を取っていた。


 嫌な予感しかしない彼は後ろの席に座る芳子の方へ身体を向けると、ズレてもいない眼鏡を持ち上げている彼女がいた。


「何故今までこんな簡単なことに気がつかなかったのか…」

「…」

 最近オタクが板に付いてきた芳子、友人である優子とも話が噛み合うようにもなってきていた。

 だが、


「オタク部を作ればいいのではないかと」


―――彼女は時々アホになる。


「何言ってんだ…」

「バスケ部はバスケしかできない、サッカー部はサッカーしかできない」

「オタク部は?」

「オールマイティじゃないっ」

 彼女の発言に頭が痛くなる三郎。

 部活を設立しようとしていることはいいことかもしれないが教師が認めてくれるわけがない、何よりも部を立ち上げるには最低でも部員三名必要になる。


「三人も集めれるのか?」

「そうなのよ、後一人どうしようかと思ってる」

「一つ聞こう、決まっているもう一人は誰だ」

「え?佐藤だけど?」

「…」

 芳子の当たり前じゃない、と言った表情がとても癪に障った三郎だった。


「お前な…知ってんだろ…」

 彼がオタクを捨て、不良になろうと必死になっていることを。


「わかってるよ佐藤…」

「なら何故だ」

「不良オタクでいいじゃない!」

「誰かこのアホ何とかしてっ」

 そんなジャンルこの世にはない。


 くだらないやり取りをしていると、もう一人の眼鏡女子が会話に加わってきた。


「どうしたの?」

「あ、優子がいた!」

「?」

 担任に提出物があった優子はカバンを置いたまま職員室に行っていたようだが、三郎はできれば彼女には戻ってきてほしくなかった。




「入部するっ」

「ほら見ろ…」

 事情を聞いた優子はもちろん即決だった。

 盛り上がる女子二人を前にしてどうやってこの場から逃げ出すかを考える三郎。

 周りを見渡すがすでにクラスメイト達は教室から出て帰宅していた。


―――何か、逃げ出す方法はないか…。


「お、皆して何の話してるんだ?」

「小田っ!」

 帰ったはずの琢磨が救世主に見えた。


「小田君もオタク部に入らない?」

 現れた彼を勧誘する芳子だが、極悪人面の琢磨が了承するわけがない。


「は?俺がそんなのに入るわけないだろ」

「だよな、だよな!」

 三郎が思っていた言葉をはっきりと口にしてくれる彼、そこで優子の眼鏡が一瞬光った。


「そっか…なら小田君とはあまり遊べないね」

「…え?」

「私達三人でやっていくしかないね」

「…ちょっ」

 何故かすでに入部することになっていた三郎、寂しそうな優子の言葉に琢磨は戸惑い始める。


「ま、まぁ?どうしてもって言うんなら入ってやってもいいけど…」

「嫌ならいいんだよ、無理に入ってもらいたくないから…」

「入ります!」

 琢磨はなんというか、とてつもなく、


「チョロいわ」

「…塚本、お前キャラ変わってきてるぞ」

 実は元不良の芳子よりも優子の方が敵に回してはいけないような気がしてきた三郎だった。




「さて後は教師をどう丸め込むかだね」

「そこは認めてもらう、にしとこうよ芳子…」

「俺が脅してこようかっ」

 三郎を置いて作戦を立てる三人。



 いつの間にか仲が良くなっていた。

 いつの間にか一緒にいることが多くなっていた。


 もしも明日彼が髪を黒くし眼鏡をかけて、昔の姿で現れたら間違いなく周囲の生徒達は離れていく。

 この見た目にしたからこそ近づいてくるといっても過言ではない。


 不良になろうと決めた彼、手を伸ばせばきっといろんなものが手に入る。

 それでも彼女達と一緒にこうして日々を過ごしている。


「佐藤?」

 芳子は無言になっていた彼に声をかけた。


―――ああ、簡単な話だ。


 彼女達ならどんな彼を見ても離れていかない、そう思っているからだ。



「部員ってこの四人だけだよな」

「まぁうん」

 当然だろ、と言わんばかりの表情を三郎に向ける芳子。



「部活、作る必要ねぇじゃん」

 三郎はカバンを持って立ち上がる。


「帰り、皆でゲーセン行こうぜ」

「…佐藤君」

「サブ、お前…」

 この四人だけなら部活なんて作る必要なんてないのだ。


 いつも一緒にいるのだから。



「いいこと言うね佐藤君」

「さすがは俺の親友だぜっ」

 そんなものに自らを縛り付けなくても居心地が良いと感じているのは皆同じだから。


「さ、帰ろうぜ」

 一同に笑顔を向ける三郎。


「…あ、そういうことかっ!」

「おっそ!」

 黙り込んでいた芳子が遅れて彼の思いに気がついたのだった。







『ちゃんとご飯食べてるの?』

「ああ、食べてるよ」

 友人達と別れ、突然電話をかけてきた母親の相手をしながら三郎は帰宅していた。

 高校一年の男子が一人で暮らしているとなれば親としては心配でしかたないのだろう。


 マンションの入り口に入り、郵便ポストを開ける。

 いつもは何も入っていないのだが今日は実家からの手紙が入っていた。


「何か届いてんだけど」

『忘れてた、アンタ宛に届いたのをそっちに送っといたから』

 足を止めて封を開け中身を確認する。



「…マジかよ」

『どうするの?一度戻ってくるの?』

 彼が言葉を失ってしまうほどの品が入っていた。


【同窓会のご案内】


 中学の同窓会の案内状が入っていた。

 過去を捨てた彼は当然参加などしない、しないのだがその用紙に書かれてある幹事の名前を見て少しずつ表情が暗くなっていく。

 幹事・吉田 美和

 そして下の方に彼宛に一筆書かれてあった。


【久しぶり、会えるのを楽しみにしてます】


 母親が何かを言っていたが彼は無言で通話を切った。

 手紙を握り締める。


     「オタクは嫌だな…」



 その手紙は、彼を変えるきっかけを作った張本人からだった。

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