第7話 鈴木さんの訪問

 見た目を変え、人とのコミュニケーションに気を配るようになった三郎は校内で人気者の男子の一人として見られている。

 高校デビューを果たした彼が元オタクの地味系男子だったことを知っているのは芳子のみであり、もちろん彼女の正体を知っているのも彼だけである。


「よっすサブ」

「おう」

 三郎の周りにあまり男子が寄ってこないのは間違いなくこの存在のせいだろう。

 外見はものすごい強面の琢磨だが、実は子供っぽいことを知っている彼。




 彼の後ろの席にいる芳子は今、一時間目の小テストに向けて悪あがきをしていた。

 事前に三郎から抑えておく点を教えられてはいたのだが、その抑えておくところがなかなか覚えられない。


「ねぇ芳子」

「ん…なに?」

 そんな彼女に声をかけたのは三郎と琢磨をじっと見つめている優子だった。


「どっちが攻めでどっちが受けだと思う?」

「知らないし、知りたくもない…」

 彼らを見ているだけでご飯三杯はいける優子であった。






 お昼休み、机をくっつけるとまではいかないが実質一緒に食事をしているようなものの一同。

 なんちゃって不良の男二人と、見習い地味系女子二人というミスマッチなこの光景もいつの間にか馴染んだものとなっていた。


「あ、佐藤にお願いがあるんだけど」

 口に卵焼きを運んだ直後の芳子は、サンドイッチの封を開けている三郎に声をかける。


「何、勉強?」

「それは…ここじゃ話せないから放課後言うね」

 彼に対してだけは何でもはっきりと言う芳子は珍しく周りの目を気にしていた。

 口に含んでいるものを飲み込まずに何度も三郎と芳子の顔を見る優子、間違いなく何か誤解をしている表情だった。

 当然、もう一人いた男は気にもせず食事タイムを堪能していた。





 放課後、誰もいなくなった教室。

 クラスメイト達が帰るまで待っていてほしい、それが芳子のお願いだった。

 勘違いをしている優子は三郎と一緒に帰ろうとしていた琢磨を引っ張って教室から出て行った。


「…で、何」

「あ、あぁ、その…言いにくいんだが…」

 カバンの紐をずっといじってモジモジしている芳子、その姿は彼の心に緊張を生ませた。


「ギャルゲーを貸してほしい」

「…」

 運動場から運動部の掛け声が聞こえてくる。

 閉め忘れた窓から爽やかな風が教室に入り込んできていた。

 誰もいない教室で二人っきり。


 さて、もうそろそろ現実逃避もやめなければいけない。


「そんなことだろうとは思っていたけども…」

「そうか!なら話は早いな!」

 彼女は彼女なりに気を使ってのことだった。

 三郎の隠し事を知られないようにとった行動なのだが、周囲に別の意味として取られてしまったことには違いない。

 きっと彼女にその事を説明しても無駄だろうと彼は大きくため息を付いた。











「佐藤、一人暮らしだったのか」

「まあね」

 家族ごと引っ越した芳子と違い、自分を変えるため親に無理を言って実家から離れた高校を選んだ彼。

 マニアックな品物は実家に置いてこようかと思ったが、売ってしまえば相当な額になるだろうと一応箱に入れて持ってきていた。


「入ってくれ」

「お邪魔しまーす」

「…」

「ん、なに?」

 お互いにその気はないとは言え一応高校生の男女、異性の部屋に上がることに抵抗はないのだろうかと三郎は不思議に思った。


「鈴木、男の部屋に上がり込むのは初めてじゃないのか?」

「ん?」

 気になった彼は片付いた部屋を見渡している芳子に質問する。


「あぁ、そういや初めてじゃないな」

 元レディース総長の芳子、遊んでいてもおかしくはない。


「昔、舎弟の女にちょっかいかけようとした男の部屋に殴り込みに」

「オーケー、皆まで言うな」

 初めて男の部屋に入った理由が殴り込みだなんて彼は悲しくて涙が出そうだった。






 部屋の押入れから封印されていたダンボール箱を取り出す。

 中にはゲーム、同人誌、フィギュアなど沢山詰められているがこれでもまだほんの一部。


「うお、佐藤お前すごいな!そしてキモいな!」

「…褒めるかけなすかどっちかにしてくれ」

 まるでレアな宝箱を発見したかのように眼をキラキラさせながら中を探る芳子。


「恋愛モノのゲームなら塚本に借りればいいだろ」

「ああ、貸してくれたよ」

 芳子は手を止めて何もない天井を見上げる。


「全員男だった」

「ガールズサイドってやつか」

「いや、主人公も男だった」

「…泣いてもいいんだぞ」

 優子は芳子を同類だと思っているのか、同類にしようとしているのかわからないがそのどっちかであることは間違いないだろう。

 元不良が地味系女子を目指し、地味な友達を作れたまではよかったがその友人がなかなかの強者だった。






「ああ、それ学園青春モノだな」

「ほう」

 彼女が手に取ったのは青春モノの恋愛ゲーム。


「なぁ佐藤」

「ん?」

「青春って何だ?」

「…」

 高校一年の女子がする質問ではなかった。


「お前中学時代何してきたんだよ、いややっぱり言わなくていい」

 聞かずとも彼女がどういう生き方をしてきたのかはだいたい予想が付く。


 芳子は中学時代まともに学校に行かず、バイクを走らせるかケンカをするかの日々を送ってきた。

 男よりも強かった彼女は恋に目覚めることは全くなかった。



「鈴木」

「な…なにさ」

 彼は真剣な眼差しを芳子に向ける。


「恋、してみたらどうだ?」

 恋に失敗した彼とは違い、芳子は未だ一度も誰かを好きになったことがない。

 不良になろうとしている三郎と、オタクになるために地味系女子を目指す芳子。

 この二人が共通、共有できること。


 不良もオタクも恋はするものだ。



「…それじゃぁ」

 眼鏡を外して彼の眼をじっと見つめる芳子。

 鋭い目つきをしていなければなかなか可愛らしく、そしてキレイな眼をしていた。



「佐藤に恋、してみようかな」

「…え?」

「あ、やっぱ無理だわ、タイプじゃない」

「せめてもうちょっと引き伸ばして!」

 芳子自身イメージできないのだ、自分が誰かを好きになってその誰かと恋仲になるなんてことを。



「…でも」

「ん?」

「気にはなってる」

 芳子はゲームをしていて、画面の中の彼・彼女達は一体どういう気持ちなのだろうか、などを気にするようになってきていた。


「佐藤も頑張れよな」

「ん、ああ…」

 彼の今の人気っぷりからすればその点は問題ない。

 ありとあらゆるギャルゲーを攻略してきた三郎、日常で選択肢が現れたとしても間違えるはずがないのだ。


―――ただ一つだけ例外があるとすれば。



「うお、これ有名なやつじゃん!これ貸してくれ!」

「あ、あぁ…」


 この女だけは選択肢が出たとしても攻略できる自信がなかった。

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