第6話 影
どれだけ怠けようとしても根が真面目な三郎、実力テストで配られた用紙に目を通した瞬間大きなため息が出てしまっていた。
授業中、いくら寝たフリをしていても授業内容を勝手に頭が記憶している。
全て解けるわけではない、だがペンはスラスラと動いていた。
「…終わったぁ」
実力テストは3科目のみで、全て終えた彼は机の上に両手を広げて倒れこんだ。
勉強のできる不良というのは周りからどう思われるのだろうか。
全然勉強していないように見えて結構成績が良いという必ずクラスに一人はいる生徒。
実は真面目なんじゃないか、と思われてしまうのではないか。
「(いっそのこと授業サボるか…)」
そうすれば嫌でも成績は下がっていく。
「佐藤っ」
後ろから引っ張られる三郎、学校では呼び捨てにしないように心がけていた芳子だったが、【君】を付ける度に鳥肌が立つらしくやめたとのこと。
「ん、どうした?」
「わからないところがあったんだけど…」
だが口調までは乱暴にせず、人前では普通の女子を演じていた。
「何問目だ?」
「私の名前のよしこのよしってどうだっけ!?」
「おうふ…」
彼女の問題用紙には大量の【芳】が書かれていた。
「…すずきの鈴は書けたのか?」
「…はっ!」
不安がもう一つ増えた芳子であった。
「芳子、誰だって調子が悪いときってあるよ…」
「…うん、ありがとう優子」
調子が悪くても自分の名前くらいは書ける、という言葉は今は口にしない三郎。
優子の中学時代成績は中の上、ファッションモデルもやっていた彼女は世間の目を気にして成績を落とすことだけは決してなかった。
目立ちたいがために勉強するタイプ。
金持ちでモデルもやっていて勉強もできる、そういう生徒を貫き通してきた。
今は見る影もないが―――。
「おっす、何だ空気が重いな」
「あ、小田君、テストどうだった?」
カバンを持ち帰る支度を済ませてやってきた琢磨にさっそく優子が質問していた。
「半分くらいしかわからんかったな」
「なん…だと?」
「…鈴木、素が出てるぞ」
ほぼ解けなかった芳子は頭の悪そうな琢磨以下ということになる。
しかしずっと三郎が芳子に勉強を教え続けることはできない。
不良を目指す彼はいずれ授業に付いていけなくなっていく、そうなれば芳子は自力で乗り切っていくしかない。
向かう方向性が違う二人はいつか話す事すらなくなるだろう。
放課後、四人はゲームセンターに来ていた。
両替機から戻った三郎は一人寂しそうに格闘ゲームをしている中学生を発見する。
地味で、友達がいなさそうな少年。
それはまるで以前の彼のように。
「おいサブ、あっちのゲーム面白そうだぞ」
「悪い、ちょっとやりたいのあるから後で行く」
少年の後ろに立ち観戦する、中学生にしてはなかなかうまい。
乱入してくる高校生や大人を次々に倒していくが、あまり嬉しそうな表情ではない。
―――違うんだ。
強くなることは確かに嬉しいことだ、がそうではない。
「少年、入るぞ」
「え…、は…はい」
向かいの台に座りコイン入れる。
久しぶりのゲーム、だけど手が覚えていた。
三郎はわざと弱キャラを選択して挑んだ。
このシリーズは全てやりこんできた彼、負けるはずがなかった。
後ろで観戦していた男に声をかけて台を譲り、回り込んで少年の横に立った。
「そのキャラな」
「…え?」
「待ちキャラだからあまり攻めずにカウンターを狙った方がいい」
強くなくてもいい。
ただ誰かと共有したいんだ。
「距離を保てば最強だぞ、そのキャラ」
「そ、そうだったんですか」
「また来るからよ、勝負しようぜ」
「は…はいっ!」
嬉しそうに頭を下げる少年の肩を叩いて三郎はその場を去った。
うまくなれば友達に褒めてもらえる、うまくなればきっと皆寄ってくる、その勘違いはきっと近いうちに気が付くだろう。
「佐藤君、優しいね」
「ん、塚本か…」
三郎がいないことに気がついた優子は彼を探しにやってきていた。
「誰かに話かけてもらいたかったんだ」
「え?」
「いや、何でもない」
それは、あの頃の彼が願っていたことだった。
「鈴木と小田は?」
「バイクのレースゲームしてたんだけど…」
「…?」
「芳子が全国一位取ってた」
「むほっ」
さすがは元暴走族総長、そういったものをさせたら右に出る者はいない。
少し気になった彼は芳子たちがいるコーナーに向かおうとするが、優子は三郎の制服を掴んで阻止する。
「どうして佐藤君は私達と仲良くしてくれるの?」
「え?」
優子の手は少し震えていた。
以前の彼女は望めば何もかも手に入れることができた。
【力】があれば人も寄ってきて、尊敬もされて勝手に皆付いてきた。
それを失った時、周りを見渡せば何一つ残っていなかった。
友人も、仕事も、積み上げてきた物全て。
実力テストの時、優子は斜め前にいる三郎を見て驚いていた。
彼のペンを動かすスピードが普通ではなかったことを。
成績がいいのにどうして不良をしているのだろうか。
彼がモテていることは間違いない、それなのにどうして、
―――こんな地味な私達に付き合ってくれるのだろう。
優子の言葉を聞いて彼は少し悩まされてしまっていた。
心から友達と呼べる者がいなかった彼に唯一優しくしてくれた女子、たった些細なことで好きになってしまうような純粋な少年だった三郎は思い切って告白して地獄を見た。
オタクは嫌だと言われて変わろうと決めた彼が今の彼だ。
不良でノリのいい生徒だと思われているからこそ寄って来る女子は多い。
「…俺は」
驚くほどに変化があったことは間違いない。
「芳子ちゃん、マジすげぇ!」
「小田君…その呼び方やめて…」
ゲームを終えた二人が三郎達のもとへ近づいてくる。
「皆未完成…だからかな」
「どう…いう?」
「はは、俺にもわからんっ」
「ちょ…佐藤君っ?」
芳子や優子、琢磨といる理由。
きっと彼女達なら以前の自分含めて全部受け入れてくれると思ったから。
―――怠ける必要なんてないんだ。
今後、この頭の悪い女に勉強も教えてやらなくてはいけないのだから。
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