第5話 仲間

 髪の色を染め、眼鏡を外しただけの三郎は以前の自分との大きな差に戸惑う時がある。

 中学時代、休み時間は大抵アニメ雑誌を呼んでいるか、スマホでゲームをしていたため彼に近づこうとする生徒はあまりいなかった。


「佐藤君おはよ~っ」

「佐藤君昨日のドラマ見た?」

「佐藤君これ貸してほしいって言ってたCDだよ」

 今はこうなってしまっていた。

 アニオタのゲーマーだった彼に何故ここまで人が寄ってくるのか、それは見た目がほぼ占めているのは確かだが決め手になることがもう一つあった。


「サンキュ、今度俺のおすすめ持ってくるよ」 

「ホントっ?ありがとー!」

 ギャルゲーから学んだ女子に嫌われない話術。

 恋愛モノのゲームを数え切れないほど攻略してきた彼、リアルで選択肢が現れたとて正解に導くことは容易いこと。



「お、おいサブ」

「ん、…え?」

 女子以外にも彼に声をかける生徒、小田琢磨。


「おは…よう」

「…あぁ、おはよう」

 友達ならあだ名で呼び合うもの、と勝手に決め付けている琢磨は顔を少し赤く染めて彼の名前を呼んだ。


「じゃ…じゃあまたあとで」

「お…おう」

 ガチガチに緊張していた琢磨は手と足を揃えて自分の席へと戻っていった。



 三郎の後ろの席で笑いを堪えているような声、芳子は顔を机に伏せて大笑いしそうなのを必死に耐えていた。


「サ…サブだとよ…ひぃっひ…腹よじれるっ」

 三郎にだけ聞こえる声で芳子は彼に付いた新しいあだ名を何度も連呼する。


「し…しかも、フラグビンビンじゃん…ふひひひっ」

「…」

 何故こうなった、と頭を抱える三郎だった。



「佐藤君おはよう…あれ、優子寝てるの?」

「あぁ、塚本おはよう」

 寝ているフリをしているがこれはただ笑いを堪えているだけ。


「それにしても今日冷えるな、ちょっとサブいかも」

「ぶふぉっ!」

「ゆ…優子っ!?」

 追い討ちをかけた三郎の攻撃で吹き出してしまった芳子であった。








 地味目な女子とも会話ができる三郎は誰とでも仲良くなれる人として見られるようになった。

 そのおかげでこうして席の近い芳子や優子と喋ることができるようになったのは彼にとって楽と言える。

 あの子達と仲いいの?とクラスメイトに言われたらこう答えればいい。

 席が近いし、結構いい子達だよ?と。

 間違いなく彼の人気は一気に上昇するだろう。





「芳子、今からショップ行かない?」

「行く行くっ」

 彼女達の会話は決してスマホの店とかウィンドウショッピングとかそういったものではない。


「おすすめのBL本紹介してあげるねっ」

「…ありがとう」

 一気にクールダウンする芳子。

 三郎は聞かなかったことにして席を立ち教室から出ようとする、が当然彼女がそれを阻止してくるのはわかっていたこと。


「佐藤君も行かない?」

「い…や、俺は…」

「(いいから来いや)」

「あはっ、行こうかなっ!」

 断れば殺されると判断した彼は即座に答えた。

 今のところ彼が目的としている不良としての生活には近づけているため、ここは彼女達に付き合っても差し支えはないだろう。



「おいお前ら、サブをどこに連れていくつもりだ」

 小田琢磨が現れた。

 何とか誤魔化す内容を考える三郎だが、男相手の選択肢など専門外。

 しかも今から行こうとしているのはオタクが行くような店、琢磨のような柄の悪い男が行けるような場所ではない。


「マニアックな店だよ」

 怖いもんなしの鈴木芳子だった。



「サブ…お前」

「い…いや、これは」

「サブを連れて行くって言うのなら俺も連れて行け」

「おっと急展開っ」

 思わずツッコミを入れてしまった三郎。

 いつどうやって琢磨の中で彼の好感度がここまで上がってしまったのかわからない。



 そしてどうしてこんなとんでもない状況になってしまったのかも。



 地味な女子達を連れて歩く二人の不良男子。

 言い方を変えれば、地味目な女子を演じる女子二人と、なんちゃって不良男子の二人。

 元レディース総長と元大富豪の娘、元ガリ勉オタクにコミュ障の元中二病。

 実に面白い組み合わせが出来上がったものである。



「おい小田…、いいのかよ」

「何がだ?」

「今から行くとこオタクの店だぞ」

「ふ、怖がってちゃいつまで経っ…、いやお前が行くって言うんなら行こうかなってな」

 癖で中二病が出そうになってしまったのを仕舞いこむ琢磨。

 彼も少しだけアニメやゲーム経験のある人間、だからこそその病気に悩まされているのだ。


「ねぇ芳子」

「ん、なに?」

「どっちが受けでどっちが攻めだと思う?」

「…ブレないね優子」

 三郎と琢磨が会話をしているだけで興奮できる優子だった。




 ありえない組み合わせの4人。

 始めは皆不安だらけだったが、次第に意外と楽しいと思える時間となっていた。

 ありえない組み合わせだからこそ相性がいいのかもしれない。

 コミュ障の琢磨も少しずつ彼女達に心を開き始めていた。

 それはおそらく【彼女達も変わっている人間】ということに気がついたからだろう。



 笑い合う一同を見ながら芳子は思った。

 人を殴って人を従わせてきたこれまでの人生、それ以外の生き方がこれほどまでも輝いていたなんて知らなかった。

 間違いなくこの中で彼女が一番強い、だけどそれを振りかざしてしまえばこの笑顔はない。



 笑い合う一同を見ながら三郎は思った。

 ずっと部屋にこもっていたこれまでの人生、不良になろうとすることは悪いことかもしれないが今こうしてこの場にいる彼は決して間違ってはいない。

 オタクを卒業したとしてもオタクを目指す友人がいてもいいか、と思い始めていた。



 そして二人は同時に顔を見合わせた。


 生まれ変わろうとした初日にお互いの正体を知った三郎と芳子。

 その二人の出会いがなければ今この状況は絶対になかっただろう。


「見てんじゃね~よ、佐藤」

「お前こそ」


 隠し事をする二人は笑いながら口元に人差し指を当てたのだった。

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