第4話 残念な友人

 この物語の主人公達がいる一年一組にはもう一人、彼らと同じような生徒がいた。

 小田 琢磨(おだたくま)

 スプレーで固めた黒い髪、複数のピアス、三郎と同じで不良扱いされている生徒の一人だが、態度や口調の悪さで誰も彼に近寄ろうとはしない。

 休み時間、女子に話しかけられている三郎を見ながら彼は思った。


 あの男、同じ匂いがする、と。


 琢磨の言う同じ匂いとは、

 本来の自分、本性を隠し別の人格を作り上げて生活している人間のこと。


 そう、彼もまた隠し事を持っているのだ。



「おい佐藤」

「ん…なんだ?」

 三郎の周りを囲んでいた女子生徒達が一目散に逃げていく。

 椅子に座っている彼を見下ろす形で睨みつける琢磨。


「…」

「…」

 不良同士の睨み合い、クラスメイト達は喧嘩が始まると距離を置いていた。

 互いに一歩も引く様子はない。

 これは外から見えるものであって肝心の中身は全く違うものとなっている。



 外見からして強面の不良の琢磨。

 実は彼、ただのコミュ障であり、中学時代は中二病を発症させていたという黒歴史を持っている。

 人と接するのが苦手なだけの彼、高校に入りそれがバレないようにするにはどうすればいいか悩んだ結果、誰とも関わらない不良を演じることに決めた。


 三郎に声をかけた理由、正直一人がちょっと寂しくなってきただけである。


「(俺と友達にならないか、いや…いきなりこれはきついな)」

 睨み付ける形となっている琢磨の心の声。


「(怖っ、背高いし、え…ボコられるの俺…っ)」

 これは睨み返している三郎の心の声。



 お互い口を開こうとしない中、脳内では情けない叫びが飛び交っていた。

 話しかけたのは琢磨、ここは彼が先に口を開くのが道理だろう。


「へぇ、俺の睨みでビビらない奴は初めてだ」

 路線変更、認めたライバル的な形として近づいていくことに彼は決めた。


「そりゃどうも」

 間違いなく今席を立つと腰を抜かす自信がある三郎。


「俺は小田琢磨だ」

「佐藤三郎だ」

 嬉しすぎて泣きそうな琢磨と、怖くて泣きそうな三郎だった。



「…なんだこれ」

 それを芳子は呆れた顔で友達となった二人を見ているのだった。






 今日は一日中雨。

 放課後、三郎と芳子は雨宿りもかねてファーストフード店に来ていた。

 何故二人がこうして一緒に下校しているかといえば理由は限られてくる。


「そこ違う」

 彼は来週に控えた実力テストで赤点を避けたいと言い出した芳子に付き合っていた。

 もちろんテーブルの上に開かれている問題集は中学一年レベルのもの。


「昔は私が右って言ったら間違ってても右だったのに…」

「…どこの社長だ」

 それでも三郎は唸りながら必死に勉強している彼女の姿を見ているのは嫌ではなかった。

 変わろうと頑張っている、それは彼も同じことだから。



「あ、優子から電話」

「ん」

「もしもし?」

 口を挟まないよう外の風景を眺める彼。

 ガラス越しに映る三郎と芳子、不良男子と地味系女子の不釣合いな二人。

 彼女がもし中学時代の頃のままの姿だったらカップルに見えたのだろうか。

 いや、逆でもいける。

 三郎のオタク丸出しの頃のままだったらお似合いだったかもしれない。


「今?近くのファーストフードにいるけど、え…来るって!?」

「…げっ」

 一緒にいるところを見られるわけには行かないため、彼は急いで帰る支度をする。


「お金ここに置い…んががっ」

 紙幣を出して逃げ出そうとすると電話をしたままの芳子にアイアンクローされて身動きが取れなくなってしまう。


「うん、待ってるね」

「ご…おごご…っ」

 通話を終えた芳子はスマホを置いて三郎を睨んだ。


「ちょいお前も付き合え」

「…」

「聞いてんのかオイ」

「…」

「…あ」

 単車を持ち上げることのできる芳子の握力はそれはもうすさまじいものだった。




「悪いちょっとやりすぎた」

「ちょっとじゃねぇ!最後ちょっと気持ちよくなって意識飛んだわ!」

「唾付けときゃ治るだろ」

「それ切り傷!」

 めちゃくちゃすぎる彼女にいろんな意味で頭が痛くなってきた三郎であった。



 そんなことよりも今芳子が電話していたのはクラスメイトの優子。

 学校では三郎と芳子がクラスメイト以上の関係であることは誰にも言っていない。


「優子と友達になってほしいんだ」

「…正気か?」

 芳子に並ぶほどの地味系女子と見た目が不良の三郎が仲良くなれるとは思えない。

 オタク趣味の会話に入れと言われれば間違いなく女子二人よりも熱く語れる自信はあるが、それをしてしまっては変わろうと思っていたのが無駄になってしまう。


「お前がオタクの童貞だってことは秘密にしておく」

「その前に俺が童貞だっていう秘密をいつ知った」


 芳子の考えはこうだ。

 今後彼には勉強を教えてもらわくてはいけない。

 だがそれをずっとお忍びでやるのは正直いって無理がある、噂も広がってしまうだろう。

 優子とも友達になれば一緒にいてもおかしくはない、そして何よりもオタク会話でサポートしてもらえる一石二鳥の作戦。


「…本気か」

「マジと書いて本気だ」

「逆な」

 とりあえずやるだけのことはやってみることにした三郎。

 不良になろうとしている彼が地味系女子とうまく話せるのだろうか。




「さ、佐藤君!?」

「よ~っす、えと塚本だっけ」

「ななな、何で芳子と一緒に!?」


 ミッションその一、三郎と芳子が一緒にいる理由を説明せよ。


「今日佐藤君に生徒手帳拾ってもらって、そのお礼をしてたの」

「そういう事」

 二人が最初に出したカードは【偶然】。


「そ、そうなんだ、でも二人が一緒にいるのってなんか不自然だよね」


 ミッションその二、偶然ごときで一緒にファーストフード店にいる理由を説明せよ。


「鈴木も遠くから引っ越してきたって聞いてさ」

「私たち知り合い一人もいなくて話が合ってね」

 共通点がないのなら無理矢理作ってしまえ。



 どれだけ不釣合いでもこれだけ理由を付ければ納得するはず。

 優子は少し不満気な表情をしているが理解はしてくれたようだ。

 芳子の隣に座って店員に飲み物を注文する。


「ん?なんで中学生の問題集があるの?」


 緊急ミッション、片付けをし忘れたブツの説明をせよ。


「おかし~なぁ、前に座ってた子の忘れ物かなぁ?」

「…」

 芳子の雑すぎる答えに合わせるに合わせられない三郎。


 このままではこの二人のどちらかがアホだということがバレてしまう。

 芳子のコーヒーカップを持つ手が震えている。


 しかし、回避の仕方を三郎は知っている。

 これは芳子が持つにはまだ早い、究極のカード。


「そういや塚本ってよく鈴木とアニメの話してるよな?」

「…う、うん」

「今ってどういうアニメが流行ってるんだ?」


 それはオタクにとって熱の入る質問。

 全く興味のなさそうな人間が質問するからこそ相手もテンションが上がる。


「えっ、佐藤君も興味があるの!?」

「あ…そう、だな…、昔はよく見てたかな」

 昔はよく見ていた、それは今の自分は決してオタクではないことをアピールしているとともにアニメには抵抗がないことを示す。


「そうなんだっ、今深夜にやってるのでね、男の人なら絶対気に入るのがあるんだけど…」

 止まらなくなってしまった優子。


「ゆ…優子?」

「ちょっとグロっぽいシーンもあるんだけど、結構泣ける作品で…」

「…」

 注文していた飲み物すら気が付かないほど熱弁していた。


「(どうすんだ…佐藤)」

「(とりあえず…問題集隠してくれ)」


 そしてここにまた一人、残念な友人ができてしまった三郎であった。

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