第3話 佐藤君と鈴木さんの休日
休日、芳子に呼び出された三郎は買ったばかりの服を着て待ち合わせ場所へと向かった。
大量のファッション雑誌を読んで研究し、今まで持っていたダサい衣類は全て処分した。
朝から数人の女子から誘いのメッセージが届いているが、今はまだ【普通の遊び】を知らない彼は全て断った。
そう、そんな彼が芳子に付き合える理由は彼女が普通でないことを知っているから。
「わりぃわりぃ、待った?」
「おせぇんだよ、ぶち殺すぞテメェ」
「…すいません」
爽やか男子の爽やかスマイルは当然彼女には通用しなかった。
お世辞にもオシャレとは言えない芳子の服装、彼女も三郎と同じでこれまで着てきたハデな衣類は全て捨てたのだ。
「で、どこ行くんだよ」
芳子がデートに誘うような女じゃないことは彼が一番理解している。
となれば目的は一つしかない。
「おすすめのギャルゲーを教えてくれ」
「…」
目立たないクラスの委員長みたいな見た目の女子からとんでもない言葉が発せられた。
芳子はオタク友達の優子と違い、BLではなくそっちの興味の方が大きかった。
オシャレをしてきたなんちゃって不良の彼は当然卒業したジャンルのもの、できることならこの姿で店には入りたくない。
「あのな…俺は…」
「あ、それ当たり、右に持ってるのはクソゲー」
「どんだけやってきたんだ…お前は」
ショップに入った途端彼は足早になり覚醒していた。
存在感を消し、例え人が多くても忍者のようにすり抜けていくスキルは未だ健在していた。
「さぁ鈴木、どういったのがいいんだっ?」
「お前キモいな…、ん~そうだなぁ」
少し引き気味の芳子だが不良になる前の彼が彼女の目指している場所、あまり文句も言えない。
「学園モノで、キャラが可愛くて、笑えて泣けるようなやつ」
「これだな」
「早いなっ」
無理難題を与えたはずの芳子だが、彼の手にはすでに商品が握られていた。
三郎のギャルゲー検索能力は光回線よりも早い。
「…お前、本当にオタクだったんだな」
「んが、しまったっ」
彼はまだ過去の自分を捨て切れていなかった。
目的を済ませ、二人はファーストフード店に入る。
休日だけあって客が多い。
「おい佐藤、さっきのテーブルの女子お前のこと見てたぞ」
「まぁ今の俺イケメンだからな」
「ああ、お前はイケメンでキモメンだ」
「キモメンっ!?」
あれだけギャルゲーについて熱く語られたら誰でも引いてしまう。
とはいえ、彼が進めた作品を全て買った芳子も芳子である。
「にしてもよくそんな金あるな」
「…ん、あぁ、貯金があったんだよ」
間違いなく嘘である。
悪さばかりしてきた元レディース総長の芳子に貯金などあるわけがない。
不良を卒業したことに心から喜んだ親が彼女の新たな趣味のために大量の資金を与えたのだ。
オタク趣味に走る娘を見て泣いて喜ぶ親、芳子は今までしてきたことに少し反省した。
「よし鈴木、次行くか」
「次?」
芳子の本日の目的は達成しているが、今日はとことん彼女に付き合うと決めた三郎にはまだやるべきことがあった。
「勉強に必要そうなの買うために本屋行くぞ」
「…すごい嫌なんだが」
「4×6は?」
「…お、んっ、え?ちょ…ちょっと待て!」
芳子さんは高校生とは思えないほどのおバカさんなのである。
「解けたらここ奢ってやるよ」
「ホントか!よし…待ってろ!」
こんな彼女に勉強も教えなければいけない三郎。
どうやって高校に受かったのか気になった彼、もちろん入試で芳子に解ける問題は一問もなかった。
ただ今年の入試はいつもよりも選択問題が多く、彼女の生まれながら持つ悪運の強さで合格したのだ。
「佐藤っ、46だ!」
「…割り勘な」
「んが…っ」
前途多難である。
芳子の友人の塚本優子の紹介をしよう。
セミロングの黒髪に眼鏡のクラスでも影の薄い存在。
小さなアパートで母親と二人で暮らす彼女は裕福な生活をしているとは言えない。
芳子の初めてできたオタク友達。
当然優子は彼女の隠し事の件を知らない。
だが芳子もまた、優子が隠し事をしていることを知らないのだ。
元大富豪の娘。
大手企業の社長令嬢だった彼女はファッション雑誌からもモデルとして依頼されるほどの有名人だった。
中学生にして望むものは全て手に入る日常を送っていた。
わがままで自由気ままに過ごし、有り余るお金でいろんなことに手を出してその中で唯一気に入ったのがオタク趣味だった。
では何故、今彼女はこんなにも貧相な姿で毎日を過ごしているのか。
それは誰もが知る有名な出来事、優子の父が関わってはいけないことに首を突っ込んで警察沙汰になり会社が倒産してしまったせいである。
そして両親は離婚、娘というだけで冷たい視線や罵倒される毎日。
母の苗字をもらい、姿を消して以前の彼女と決別した。
目立ちたくない芳子と、目立つのが怖い優子。
究極の隠し事を抱えたまま友達となった二人。
友達には隠し事はなし、などというのは間違いなくリア充の考えるようなことである。
例え仲のいい友人にも言えないことは必ず存在する。
「芳子、これ約束してたやつっ」
「え?ありがとう…って約束してたやつって?」
「BL本っ」
「ぶふぉ!」
芳子の前の席の三郎が飲んでいたカフェオレを吹き出していた。
女子学生が教室で堂々と【はいコレBL本】みたいなやりとりをするのを彼は初めて見た。
後ろから助けを求めているような気配を感じるが、こればかりは三郎にはどうすることもできない。
「わ…わぁ嬉しい」
声が完全に裏返っている芳子は手を震わせながら優子の差し出した物を受け取った。
「ちょっと過激だけどね」
「過激ってどういう意…うひょい!」
パラっと適当にめくった芳子は急いで顔を天井に向けた。
今の行動で、芳子がどういう内容の本を受け取ったかを理解した三郎。
間違いなく高校生が読んでいいものではない。
「(おい佐藤…、何とかしろ)」
見上げた状態のまま芳子は気配で彼に助けを求める。
「(無理だ)」
両肘を机に乗せ視線を正面に向けたままその気配に答える三郎。
「過激だけど、慣れてくるよ」
「あ、あはは、そうなんだぁ」
「(慣れたくないんだがっ)」
「(慣れなくていいと思うんだがっ)」
たった一週間足らずの出会いで心の会話が成立する二人。
どちらかと言えば美少年よりも美少女が出るようなものの方が好みの芳子。
友人の趣味を理解してやることはできても、共有することはできなさそうである。
「か…帰ったら読ませてもらうね」
「うんっ感想聞かせてね!」
BL本に感想を求めてくる友人。
これは芳子だけではなく手を貸すと決めた三郎にも苦労が増えたと言っても過言ではなかった。
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