第2話 助け合い

 間宮高等学校一年一組。

 入学式を終え、翌日にはさっそく授業が始まっていた。

 授業中に堂々と居眠りをする、いかにも不良らしい行動をしてみたかった三郎はこの時生まれて初めて実行した。

 だがもともとは真面目な性格の彼、机に顔を伏せていても授業内容が勝手に頭の中に入ってくる。


 さて、その後ろでは真面目になろうと決めた元不良の芳子が目を真っ赤にして黒板を睨みつけていた。

 油断したら意識が飛んでしまいそうなほどの眠気、呪文にしか聞こえない教師の言葉。

 大人しくて陰キャラになると決めた彼女はいきなり壁にぶつかってしまっていた。

 ここで目の前で寝る三郎のように居眠りをしてしまえば間違いなく目立ってしまう。



 人間とは簡単に変わることができない生き物である。




「鈴木さん真面目だよね」

「…え?」

 休み時間、芳子の隣の席に座る優子は感心しながら彼女に声をかけた。


「授業をあんなに必死で受けて」

「あぁ…うん、私あまり成績よくないから」

 眠気を我慢していただけとは言えなかった芳子、しかも成績を落とすどころかさっきの授業で理解できた点が一つもない。

 頭が悪いではなく成績がよくない、それは無職をフリーターとかっこよく言うのと同じ。


「…ふふ、ふぉい!」

 休み時間になっても寝たフリをしていた三郎は彼女の頭の悪さを知っているため、彼女達の会話に耐え切れず笑ってしまうが、後ろで座っている芳子に椅子越しで蹴られて飛び上がっていた。


「…」

 周囲の視線が一斉に三郎に向いた。


「…いやぁ、どっかに落ちる夢見た」

「もう何それ、佐藤君おもしろ~い」

「さっきの授業もずっと寝てたし、さすがよね~」

 見た目が違うだけでここまで周りの反応が違うのか、と彼は実感する。



 セミロングに眼鏡、優子もどちらかと言えば陰キャラ寄りの生徒だろう。

 三郎によって教室が騒がしくなった途端、芳子と二人で俯いて黙り込んでいた。




「そ…そういえば塚本さんは」

「あ、優子でいいよっ」

「そう…?なら私の事も芳子でいいから」

 こういう普通の女子らしいやりとりをしてみたかった芳子。

 なんとか会話を弾ませようと優子が食いつきそうな質問を投げかけた。


「優子…は、どういった漫画見るの?」

「私?私ねぇ、BLとか結構イケるんだっ」


 大事件発生、BLを知らない鈴木芳子。


「へ…へぇ、BLかぁ…うん私も嫌いじゃないかなぁ」

「えっホント!?」

 気が合ったと勘違いした優子は眼を輝かせて芳子の手を取った。


「よかった、実は打ち明けるの少し怖かったんだ」

 全く何を言っているのかわからない芳子。

 そして彼女がBLが何か理解できていないことに気がついた前の席の三郎。


 殺気というのか、助けを求めているのかわからない気配が後ろから感じた三郎は急いでメモ帳から紙を一枚破って文字を書く。

 あとはこれを優子にバレないように芳子に渡すだけ。


「…ふぁ~」

「あ、優子っ、後ろに何か落ちてるよ?」

「え?」

 欠伸をして背伸びをする三郎の手には紙切れ、それを見逃さなかった芳子は優子の視線を逸らさせる行動に出る。

 彼女が後ろを向いた瞬間誰にも目視できないほどの速さで彼の持つものを奪い取る。


「あれ?何も落ちてないよ?」

「…え?そう?」

 そして優子が態勢を戻すまでに紙に書かれた内容を眼に焼き付ける芳子、この間まさに数秒。


 【BL ボーイズラブの略、男同士が愛し合うもの】


「むほ…っ」

 やっと理解できた芳子は自分も嫌いじゃないと言ってしまったことに後悔をする。


「今度おすすめのBL本貸したげるねっ」

「わぁ、ありがとう…っ!」

 想像しただけでも吐き気がする内容に今後仲良くやっていけるか不安になってしまうがこれも彼女の乗り越えるべき壁。



 芳子がオタクを目指すきっかけとなった出来事。

 不良時代特攻服を着て街を歩いていると一人の男性と肩がぶつかった。

 もちろん睨んで怒声を浴びせると男は逃げていき、その際落としていったのがアニメのDVD。

 気持ち悪いと思いつつ興味本位で見た芳子はどハマりしてしまったのだ。

 魔法少女シスターという小さな子供が見るようなアニメに―――。

 続きが気になってレンタルショップに向かうが、その時の芳子は金髪に赤色のメッシュ、そして特攻服といった目立つ存在。

 無敗の女帝とも呼ばれ、歩くだけで周囲の視線を奪ってしまう彼女にはもちろんレンタルすることなどできなかった。


 そしてネット通販で購入し、この世界はなんてすばらしいのだと目覚めてしまったのだった。






 放課後。

 欠伸をしながら靴を履き替える三郎。


「佐藤君じゃん、よかったらカラオケ行かない?」

「…ん、ああ、悪い…約束あるんだわ」

「え~、それって女ぁ?」

 この地に来たばかりの彼に約束などあるわけがない。

 カラオケという言葉に反応して断った理由、それは彼が歌えるのはアニソンのみだということ。

 毎日部屋で今時の歌を流してはいるが歌えるほどまでは達してはいない。


「さぁ、どうかな~」

「今度埋め合わせしてよっ」

「はいはい」

 昨日入学してきたにしては信じられないほどの人気。

 これは急いで流行に詳しくなり、そして不良としての立ち振る舞い方に慣れていかなくてはいけないと心から思った。



 校門前、三郎はいきなり不良としての壁にぶつかってしまった。

 上級生が三人、彼を待ち伏せしていた。

 乱した制服に茶色の髪、女子からの人気を得ている彼が目をつけられるのは当たり前のことだった。


「よう一年」

「お前入学早々調子乗ってるな」

 周囲の生徒達が目を合わさないように通り過ぎていく。


「俺に何か用スか先・輩・方」

 ポケットに手を突っ込んで嫌味を含めた笑みを上級生に向ける三郎。


 だが実のところ失禁してしまいそうなほど恐怖に襲われていた。

 生まれて一度も人を殴ったことがない彼、アニメやゲーム三昧だった自分に彼らに勝てるほどの力があるとは思えない。

 不良になると決めた三郎は足を震わせながら強がる行動に出た。


「く…てめぇナメやがって」

「たった三人で俺とやる気ッスかぁ?」

 正直一人すら倒せない自信が彼にはあった。


 三郎は願った。

 このハッタリで何とか引いてくれないか、と。

 しかし彼らもツッパっている以上逃げるわけにもいかず、三人で彼を囲む形を取った。


「(よし、一発でKOされてしまおう)」

 胸倉を掴まれ、無理と判断した彼は作戦を変更する。



「調子に乗ったこと後悔し…、あ…れ?」

 三郎の服を掴んでいた手を離す男子生徒。


「何か…寒くないか?」

「寒…気か、これ」

 上級生三人が小刻みに震えだしてしゃがみ込んでいた。

 その中の一人が顔を青ざめながら三郎を見て言う。


「殺気…何なんだコイツは」

 この感じは彼から発せられている殺気、と勘違いをしているようだった。

 何かわからないが三郎にとっては都合の良いこと。


「二度と俺に関わるな、じゃなきゃ…死ぬぞ」

 中二病全開の台詞を吐いて男子生徒に背を向けて三郎は去っていった。






「はぁはぁ…漏らすかと思った…」

 学校から少し離れたところで膝をつく三郎。

 流行物に手を出すのも大事だが、自分を鍛えることも必要だと実感する。

 とりあえず周囲に情けない姿を披露せずに済んでよかったと安堵するが、先ほどの【あれ】は一体何だったのだろうか。


「情けねぇな、それでも男かお前は」

「…鈴木っ」

 川辺の誰もいない草むらで芳子は彼を発見する。

 否、校内で一部始終見ていた彼女は三郎の後を付けてきた。


「もしかして…さっきのって」

「あぁ、ちょい睨み利かしただけ」

 周りにバレないよう上級生三人に殺気を送りつけたのは芳子だった。

 気配だけであそこまで怯えさせることのできる彼女はやはり無敗の女帝と呼ばれただけのことはある。


「まぁ…助かったよ」

「協力し合うっつったろうが」

 ポニーテールの眼鏡女子には全く合わない口調。



「まぁ私も助けてもらったしな」

「BL、お前も好きなのか?」

「殺すぞ」

「…すみません」


 少しずつお互いをカバーしていき。

 少しずつお互いが目指すものに進んでいく。



「あ…おい、佐藤」

「ん?」

「数学と算数ってどう違うんだ?」

「…こりゃ苦労しそうだ」

「?」


 三郎は首を傾げて隣を歩く芳子の顔を見て、不良になることよりも大変かもしれないとこれから送る日常に覚悟を決めるのだった。

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