佐藤君と鈴木さんの隠し事

@hiroma01

第1話 結成

 入学式、それは新たなる門出。

 出会いを期待する者、青春を送りたいと願う者。

 そして、生まれ変わりたいと願う者。



 ここに大きな隠し事を抱え、入学式を迎えた二人がいる。



「佐藤ッス、よろしく」

 この物語の主人公、佐藤 三郎(さとうさぶろう)

 入学初日に髪を茶色に染めて登校してきた不良男子。

 一言で言えばチャラいといった見た目。



「鈴木芳子です、よろしくおねがいします」

 そしてもう一人の主人公、鈴木 芳子(すずきよしこ)

 黒のポニーテールでとても大人しそうな女子。

 オタクっぽさも感じさせる優等生風な大きな眼鏡。




 まずは三郎。

 HRが終わり、遊んでいそうな女子達に囲まれている。


「佐藤君ってどこの中学から来たの~?」

「遠くからだ、だから友達いなくてさ」

「じゃあ私友達になったげるっ」


 当然それを見てよく思わないのは不良と呼ばれる男子生徒達。

 だが彼の目つきや態度からして只者ではないと判断した男子達は安易に手を出そうとはしなかった。




 そしてその後ろにいる鈴木。

 休み時間が終わるのをじっと待っていた彼女は隣の席に座っている塚本優子に声をかけられる。


「あ…あの、鈴木さんはアニメとか見ますか?」

「え…、あぁうん大好きだよ」

「ホントっ、どういったの見るのっ?」


 いきなり同類を見つけた優子のテンションが一気に上がる。

 芳子も新しい友達ができ、彼女の事は大切にしていきたいと心から思った。




 さて表向きの紹介はここまでにしよう。

 主人公であるこの二人には誰にも言えない大きな隠し事が存在する。


「佐藤君って付き合った女子って何人いるの~?」

「さぁ、数えてないからわからんなぁ」

「すごい、数えられないほどいるんだぁ」


 真実。

 彼はこれまで誰とも付き合ったこともなければ友達と言える女子すらいなかった。

 いないのだから数えることができない彼の言葉はあながち間違ってはいない。

 不良にしか見えない佐藤は実は中学時代、人見知りのガリ勉オタク。


 ちょっと仲良くなりかけた女子に好意を持たれていると勘違いした彼は告白をし言われたのだ。


   「オタクは嫌だな…」


 その後、告白した女子は不良と呼ばれる男子と付き合い始めた。

 それが佐藤を変えるきっかけとなった。

 部屋にあるオタクグッズを泣きながら処分し、彼の事を知らないこの街へと引っ越してまでした。





「鈴木さんはどんなラノベが好き?」

「ああ、うん、結構何でも好きだよ」


 真実。

 彼女はラノベという物はつい先日知ったばかりである。

 オタクデビューは本当に最近のことで無知に近い鈴木はまだその存在を手にしたことがない。

 陰キャラにしか見えない鈴木は実は中学時代、無敗の女帝と呼ばれた不良の元レディース総長。


 たまたま見たアニメにハマってしまい、違うものにも手を出したところ覚醒してしまったのだ。


 「アタシは別の地で名を上げる!」


 そう言ってチームを引退し、この街へとやってきた。

 ヤンキーのままの姿だとグッズを買うのに目立つ、そしてそのギャップに引かれるのを恐れ陰キャラになることを決心した。



 不良になることを夢見た元オタク男子と、オタクになることを選んだ元不良女子。






 そして実はこの二人、お互いの正体を知っている。

 出席番号が近い佐藤と鈴木は朝、入学式で運も悪く落としてしまったのだ。

 顔写真が貼られてある中学時代の生徒手帳を。

 ボサボサの黒髪メガネの佐藤と、金髪に赤色のメッシュがところどころ入っている鈴木。


 落としたタイミングも同じで拾ったタイミングも同じ。

 ただ手にした物はお互いの物だった。






「(バラさないでくれよ…鈴木)」

「(バラしたら殺すぞ…佐藤)」


 冷や冷やしながら周囲と会話をしている二人。

 当然口止めをしようと動いたのは鈴木の方だった。




 チャイムが鳴り、担任に配られたプリントの説明で本日は解散となる。

 佐藤が後ろの席にいる鈴木にプリントを回そうとした時、彼女は受け取る際に小さな紙切れを彼に渡した。


【方かご、体育かんうらに来い】


 佐藤は確信した。

 やはりこの女、頭の悪い元不良だと。






 誰もいない放課後の体育館裏。

 佐藤は髪留めとメガネを外した鈴木に壁ドンをされていた。

 不良になればもしかしたらできるかもしれないと思ったことを入学初日に女子にされてしまった悲しさが半端じゃなかった。


 黒い髪を下ろし、鋭い目をしている鈴木はまさに別人だった。



「お前も見たんだろ」

「…あぁ」

 言うまでもない、生徒手帳の事。



「まさか佐藤の中学時代があんなんだとはな」

「お互い…様だろ」

 口止めのために脅されるのか、一発くらいは覚悟しておいた方がいいのか、佐藤は恐怖のあまり足が震えてしまっていた。

 彼は女どころか、男にも手をあげたことなんてないのだ。


 その逆で鈴木は男だらけの族チームをたった一人で壊滅させたことのある女。

 中学時代の立場は逆、そして高校生になって目指し始めたのも逆。



「おい佐藤」

「…何だよ」

「お前、勉強できるのか」

 鈴木の唐突な質問。

 中学の時、学年で10番以内はキープしていた彼、先ほどの鈴木の文面でわかるように確実に頭の良さは彼の方が上。


「たぶん…鈴木よりかはできる」

「バカにしてんのか、あ?」

「そ…そうじゃないって」

「…まぁいい」

 壁ドン状態を解放し、腕を組む鈴木。

 髪を下ろして眼鏡を外せば美少女なのに何故彼女はあえて目立たない姿をしているのか佐藤には謎でしかなかった。


「私に勉強を教えてくれ」

「え?」

「え、じゃねぇ、あとお前オタクか?」

「…元、オタクだ」

 そして再び壁ドンされる佐藤。


「オタクの知識も教えてくれ」

「…」

 それが人に頼む態度か、と彼はツッコみたい気持ちを飲み込んだ。

 逆らえば絶対に殺される、彼女から発せられている殺気がそう思わせた。


 勉強ができない不良は納得されることはあっても、頭の悪い陰キャラは冷たく見られることが多いこの世の中。

 勉強のできないオタク、そのレッテルを貼られるのだけは避けたい鈴木だった。


「…勉強って言われてもな、今どのレベル?」

「最近ABCを全て書けるようになった」

「小学生レベルっ!」

 致命的すぎる知力だった。



「その変わりお前にも手を貸す」

「何だよそれ」

「私は有名な空手道場に乱入して一人で全滅させたことがある」

「いや、それが一体何の…」


 佐藤は思った。

 不良を目指していると必ず周囲から目をつけられる。

 ゲームやアニメなどを趣味としてきた彼は自分が強いとは決して思っていない。


「わかった、協力しよう」

「決まりだな」

 佐藤にできないことは鈴木ができる、鈴木ができないことはもちろん佐藤にはできる。



「鈴木芳子だ」

「俺は佐藤三郎」


 自分の夢のために手を取り合った三郎と芳子だった。

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