闇営業 vs 光営業

「だから本当に知らないし、ギャラも受け取っていない」

 押しかける芸能レポーターを押しのけながら、お笑いコンビ・沼荒らし変死体こと宮澤ケンジは送迎の車になんとか乗り込む。

 運転手は「人気者の芸人は大変ですねえ」と声をかける。

 宮澤はそれを聞いて、「素人=一般人が、おれみたいな芸人の苦労がわかるものか」と思い不機嫌にムスっとするが、何はともあれ好感度が大切なわけで「いやあ、本当にそうですよ、芸能記者というのはハイエナみたいなもんですからね、ハハハハ」みたいな愛想笑いを浮かべるのであった。

 この運転手がツイッターで2万弱の論客だったり、インスタで女子たちのカリスマだったら叶わないからな。

 いつ敵が現れるかわからない。

 相手が素人だとしても気を抜くな。

 宮澤は手をキュッと握り締めた。

 

 一流とは言い難いが、かといって二流というのには気が引ける、いわゆる中の上くらいの芸人である宮澤の身に何が起きたか。

 スポーツ新聞記者に「闇営業」をすっぱ抜かれたのである。


 闇営業とは、いわゆる芸人を搾取しているところの闇反社会勢力、というと言い過ぎだが、要は芸能事務所に通さずに仕事を受けることである。

 それがなぜ「闇」というキツイ言葉を使うかというと、そりゃ基本的に芸能人というのは、芸能事務所をバックに仕事しているからであり、また同じ芸能事務所であるという仲間意識で仕事しているからだ。

 芸能事務所を利用しています、でもマージンは払いません、では通用しない。

 それは闇反社会勢力、おっと、芸能事務所がいくら契約書を作らず、近代ではありえない、それこそ異世界転生モノなら真っ先にチートの主人公が改革するだろう、中世的なシステムであったとしても変わらないのである。


 ちなみに、闇が存在するなら光が存在するわけで、光反社会勢力というのは暴力団である。光といっても別に善ではなく、反社会勢力にも、表立って反社会勢力です、というタイプと言わないタイプがいる。

 それだけの話である。

 ヘンに勘ぐって文句を言わないで欲しい。


 とはいえ……沼荒らし変死体の宮澤ケンジは考える。

 このタイミングでなぜ「闇営業」なのか。

 全く記憶にない。それこそ、誰かが催眠術をかけて消し飛ばしたか、あるいは抑圧によって記憶の底に封じられたのかわからないくらいに、記憶がない。

 

 もちろん、宮澤も別にだてに芸能界を長く生きてきたわけではないから、この辺りの事情はよく分かっているし、何しろ宮澤は魔導師だった。魔導師なので「光」と「闇」が対立構造になっていることは知っている。

 宮澤には、その魔導師特有の幻視が舞い込んできていた。


 ――読者には、何か非合法的な薬物の禁断症状だったり、フラッシュバックだと考えている人もいるかもしれないが、相手は闇反社会勢力である。こんなことで棒を振りたくはない。しかし、ウソも付きたくはない。従って詳細は伏せさせてもらう。

 ところで、瀧営業というものもあるのだろうか?


 それはともかく、魔術師の幻視によれば、いまや世界の均衡は崩れ、「光」と「闇」の勢力の抗争へと発展しているのであり、つまり光の反社会勢力が、闇の反社会勢力に対して反旗を翻している、ということになる。要は世界の秩序が乱れて、ついでに風紀も乱れるのだが、ここまでくると、非合法的なドラッグの禁断症状が引き起こす「疑り」にも近い。

 頭を振り払いつつ冷静になろうとすると、車が電柱に突っ込み、運転手が前のガラスに頭からつっこんでいた。

「オッ、ツッコんだな~~~~!っていっても俺はボケだがな、ガハハ」

 こういう緊急の時にも、決してユーモアを忘れない宮澤は、これは恐らく光勢力が仕組んだ罠に違いない、とも思った。

「その通りだよ、宮澤」

 そこにいたのは、中田金助だった。


 ――中田金助。

 ひと昔前に、光反社会勢力との繋がりが指摘され、闇反社会勢力からの引退を余儀なくされた男だ。

 わかりやすく言えば、ヤクザと繋がっていたために、芸能界を引退したと言ったほうがわかりやすいかもしれない。

「中田金助兄さん、元気で!」

 もちろん、こんなところをフライデーされたら、「謹慎で何とかなりそうか~」みたいな雰囲気が一気に吹っ飛ぶのだが、やはり裸と下ネタと明らかに異常な人をいじるのが大好きな者同士の大切なホモソーシャル的な絆というものがあるわけだ。チンコの繋がりは強い。

 今にでも抱き着きたい気分の宮澤だったが、自分にそっくりな存在がいることに気が付いた。

「兄さん、これは?」

「これか?これはな、闇芸人だよ。同じ芸人仲間にちやほやされたり、冠番組を持ちすぎたり、政治意識に目覚めたりして急に詰まらなくなった人間の変わりの芸人、それが闇芸人だよ。こいつが最近闇営業に出かけてたんだよ」

「なんですと!とすると、闇営業で出ていた、あの写真で出ていた俺というのは」

「そうだよ、こいつだよ」

 そういえば、何年も劇場に立っていないのに、やたら若手芸人が「いやあ、兄さんのネタは最高っす」と言ってたのはそうだったのか。そう思うと、自分の芸人としてのプライド、魂というものが汚されたような気がした。

 許せない。

 俺は十分面白い。

 ぬるい冠番組でヘラヘラとトークしているだけじゃねえんだぞ。

「ほう、自分が未だに面白いと考えているのか」

 そう言うと、中田金助は指をパチンと鳴らす。


 すると周囲は一瞬にして、若い時に立った、見慣れたあの劇場と変化した。アイドル芸人のおっかけファンや、面白いことが好きなつまらないファンなど、たくさんの人が座っている。

 そのファンたちは、沼荒らし変死体の宮澤を見ると、「なぜこんな若手の登竜門的なステージに宮澤が?」と困惑しながらも、しかしいつもテレビで見ている宮澤を生で見物できるということで、期待の眼差しを込め始めた。


 宮澤は既に劇場に立っておらず、自分がテレビで面白いと思われているのも、力量のある若手芸人に必死でフォローしてもらっているからであり、また自分を滑らせた若手芸人に対しては、裏で殴る蹴るなどの暴行をするなどのあくどいことをやっていた。

 なぜか。

 宮澤は、人を笑わせるよりも殴るほうが面白いと思うサイコパスだからである。

 芸人の道に入ったのも、芸歴を積み重ねれば、自分よりも若い芸歴の人間を殴れるからという理由である。きっと例のサイコパス診断においても「あの人とまた会えるから」と真剣に答えるに違いない。


 観客の目は、やはり劇場に足を運んでいるだけあって、お笑いに熱心であるというより、むしろ喰らいつき、貪り、骨までしゃぶるような、狩人であるという気持ちになってきた。

 客の眼差しが軽蔑と嘲笑の眼差しのようにも見え、全ての人間が自分のことを何の価値もない人間であると考えているのではないか、という疑心暗鬼に陥りはじめ、実際のところボケが面白いのではなく、相方のツッコミが面白いのではないか、実際ネタは相方が書いているんだし……

 意を決してギャグをする。


「宮澤ちゃんDEATH!!!」


 静まり返る劇場。

 明らかにゲキ滑り。

 その静寂を打ち破る銃声。銃弾が頭を撃ち抜き、宮澤の幻覚を砕く。

 白い地面に、顔の黒い影。そこに赤のコントラストが加わる。


 中田金助は魔術師だったのであり、宮澤に幻覚を見せていたのである。

 宮澤は魔導師同士の対決に負けたのである。

 だから最初に闇と光の戦いだっていっただろ。


「しかし、面倒だよな。この闇芸人作成プロジェクトの最終目標として、闇総理大臣を作るなんてねえ。別に闇だろうが、光だろうが、人が集まる以上、やることは変わらんわけよ。ま、いまのうちに光総理大臣と仲良くなって入れ替えるチャンスを狙うとか言ってるけど、下っ端みたいな俺には関係ないな」

 と誰かに説明するようなわざとらしい独り言を喋ったあと、電柱にぶつかった車の中から運転手を引きずりだし、その車に乗って場をフーーンと去って行った。闇宮澤は、倒れた死体を吸い込み、影に吸い込まれるようにして消えた。


 ちなみにこの闇総理大臣は、政治家としてリーダーシップもあり、国民からも慕われ、経済学に素人ながらもポイントを抑えた議論をしつつ、しかし同時に社会保障の重要性も認識しており、日本伝統を大切にすると同時に、マイノリティー民族に対する配慮を忘れず、国際社会に通じて外交も完璧で周囲の国々からも慕われ、アジアの本当のリーダーと言われるくらい日本を引っ張っていける、雨にも負けず、風にも負けず、家では玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ、いつも静かに笑っていて、その笑顔が素敵と言われるとかなんとかだが、別に光総理大臣がそういう人物であるというわけではなく、中田金助も言っているように、闇だろうが光だろうが変わらないわけで、ちゃんとした小説を読めばわかるように、人間の性質とそれによって引き起こされる結果とは勧善懲悪のように上手くいかないわけだし、そもそもこれはフィクションだから架空の人物・団体・世界であり、現実の人物・団体・世界とは一切関係ありません!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「あーあ、こんな注意書きを書かないといけないなんて、小説も芸も面倒くさいねえ。相方が死んだとはいえねぇ……いろんなことに気を遣わなきゃいけない、大変な時代だよ」

 そういって、沼荒らし変死体のキノコ原はパチパチとキーボードを打つのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る