老後のために二千万円貯める神話

 むかしむかし、あるところに、おじいちゃんとおばあちゃんがいました。

 おじいちゃんは山へ芝刈りに、おばあちゃんは川へ洗濯に出かけました。


 おばあちゃんは川に行くと、上流に科学プラントが立っており、水が虹色に光っていました。顔が二つの魚や、足が六本生えた鳥が、水面から顔を出し、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきます。

 おばあちゃんが唖然としていると、川の上流から、不法投棄されたテレビがどんぶらこ、どんぶらこと流れてきます。トラックがその場から離れる音も聞こえてきました。

 化学反応のせいで、川の中で電気が走っているのでしょうか、テレビが大音量で流れます。赤い背景に、手を掲げた人民、そして美化されたAB首相。思想統制ニュースが始まります。


「今日のニュースです。年金制度が破綻し、今後定年退職を迎える老人には、年金が給付されないことが、政府の方針で決定しました」


 おばあちゃんは、定年後の熟年離婚だけが心の支えだったので、びっくりしておじいちゃんのところへ走っていきます。

 それはまるで風のようで、ヘルメスの神でも追いつけないでしょう。

 おじいちゃんは、例のプリウスで芝刈りではなく、人狩りをしていました。ブレーキが効かなくて阿鼻叫喚。そこへ、おばあちゃんが立ちふさがります。


「耄碌してんじゃないよ!クソプリウス!」


 怒られたプリウスは「しゅん」となって、そこに止まります。


 おじいちゃんもプリウスという名の霊柩車に詰まれた棺桶から出てきて、事情を聞きます。

 おばあちゃんは、定年退職しても年金が出ないこと、年金が出るようになったら熟年離婚しようとしていたことを話しました。

 おじいちゃんは、昔は新左翼運動に関わっており、大学当局と勇ましい戦いを行っていましたが、公務員になってしまい、ブルジョワの価値観を内面化してしまっていたので、どちらかといえば体制派です。今日もツイッターで目についた投稿に対して、耄碌したリプライを飛ばしていました。

 三島由紀夫は左翼だ、とツイッターで書いた以上、おじいちゃんは体制に立てつく気は全くありません。確かに三島由紀夫は全共闘の集会に参加してますしね。

 おじいちゃんは、しばらく考えたところ、若者を適当に扇動して、自分達のお金を稼いで来てもらうことにしました。

 おばあちゃんも、その意見に賛同しました。

 熟年離婚については、またあとで考えることにします。


 そこで、おじいちゃんは適当な若者を釣るために、電車の中づり広告を全部「おにがしまたいじ言葉」にしてしまいました。

 「思えば夢は叶う、鬼退治は叶う」「周りに文句を言うより、鬼を退治したほうが早い」「無理という言葉を使わなければ、鬼退治は無理じゃない」「鬼退治でまだ消耗しているの?」等々の言葉をずらーっと出し、途中途中でテンポよく「STAY ASLEEP」「OBEY」という言葉で飾り立てました。

 すると、目だけはキラキラしている若者が、おじいちゃんとおばあちゃんの前に現れました。おじいちゃんとおばあちゃんは、人間の繋がりの大切さ、夢の偉大さ、そしてこれからの未来の明るさについて熱心に解きました。

 すると、目だけはキラキラしていた若者が、頭もキラキラしはじめ、「対価はいりません、おじいちゃんとおばあちゃんの下で働ける。それに価値があると思うから」と言いました。

 ちなみに「価値があると思うから」は微妙にエコーがかかっていました。きっといいことを言ったという言葉にはエコーがかかるのでしょう。

 フロイトもそう言っています。

 読んだことありませんが。


 おじいちゃんとおばあちゃんは、その若者に「ゆめたろう」という名前を与えました。「ゆめたろう」は、おじいちゃんとおばあちゃんの間では「バカ」という意味でしたか、若者はそんなことはわかりません。

 鬼は財宝を貯め込んでおり、その財宝は簡単におじいちゃんとおばあちゃんを百二十歳まで養わせることができます。「ゆめたろう」を養うお金はありません。「ゆめたろう」はまだ若く、その気になれば金が稼げるからです。わたしたちはそうではない。なんてかわいそうでしょう。オロロ。そう言い聞かせました。

 おじいちゃんとおばあちゃんは死んでも労働に対するお金を払いたくありません。なぜなら、そうしないと諸々の経費で破産するからです。

 「ゆめたろう」は鬼退治に出かけることにしました。

 「ゆめたろう」は世界を旅することで、圧倒的成長を成し遂げ、このおかしくなった国を立て直すリーダーとして活躍できると確信していました。残念なことに、その夢は叶いません。

 なぜか。

 最後まで話を聞いてください。

 そう学校で習いませんでしたか。


 「ゆめたろう」が歩いていると、犬がやってきます。

 犬がかわいい声で「お腰につけたきびだんご、一つわたしにくださいな」と言うと、「ゆめたろう」は拒否しました。なぜなら、きびだんごはオンラインサロンに入っている会員限定だったからです。

 「ゆめたろう」は渋々オンラインサロンに入りました。きびだんごはゲロマズだったのですが、オンラインサロンに入った以上、何かいいことがあるのではないかと期待して「ゆめたろう」についていきます。

 結局無いんですけど、それは別の話。


 続いて、「ゆめたろう」が歩いていると、猿がやってきます。

 猿がかわいい声で「お腰につけたきびだんご、一つわたしにくださいな」と言うと、「ゆめたろう」は真っ赤にして怒りました。

 きびだんごをタダであげるわけにはいかない。何事にもタダというものはないんだ、今の若者は嘆かわしい。そんなにきびだんごが欲しければ、私の元で奴隷労働をしなさい、といいました。猿は計算が出来ませんので、きびだんご一つで、残業月百五十時間の奴隷労働の契約を結ばされました。

 しかもきびだんごはゲロマズです。


 続いて、「ゆめたろう」が歩いていると、キジがやってきます。

 キジがかわいい声で「お腰につけたきびだんご、一つわたしにくださいな」と言うと、「ゆめたろう」はニコニコしてきびだんごを渡しました。キジはきびだんごを食べると、あまりのまずさに吐き出してしまいました。

 そうすると「ゆめたろう」は顔を鬼のようにして怒り始めました。これは日本の伝統的な食べ物であり、これを批判する奴は売国奴である、という論調を繰り広げました。

 すると、どこからともなく、左翼と右翼が現れ、お互いに口喧嘩をし始めました。その争いによって、朝と夜が生まれ、晴れと雨が生まれ、そして、天と大地が生まれます。

 もっと詳しい話は『古事記』が書かれるので、それまで待ってください。

 まあこの話はカットされるんですが。


 キジをホテルの一室に閉じ込めたあと、そこに置いてある『きびだんごは不味くても食うのが日本男児』『きびだんごを粗末にする奴は日本も粗末にする』『きびだんごは無条件に上手いと思うのが品格』という本を延々と写経・アンド・朗読させました。キジはその異様な文章に精神が侵され、ついでに日本語も侵され、「ア……ア……」と言うだけの機械になってしまいました。

 「ゆめたろう」は三匹の奴隷……もといお供を連れて、鬼退治に行きます。


 鬼が島に付くと、そこでは統率の取れた赤鬼の集団が将軍様に捧げるためのマスゲームを行っていたところでした。

「ようこそ、原始共産制鬼ヶ島へ!」

 猿はつい「鬼ヶ島退治まとめサイト」で得た知識を言ってしまいます。

「赤鬼のアカってまさか」

 「アカ」という単語を聞いてと、赤鬼の顔はみるみるうちに青くなります。近くにいたブルジョワっぽい赤鬼が笛を鳴らすと、何処からともなく白装束を来た鬼たちが猿を連れ去っていきます。

 ちなみに、ゆめたろうと犬は教養が無いので、アカという言葉を知りません。そもそも教養があったらオンラインサロンになんて入りません。キジは辛うじて東大卒でしたが、自我が崩壊しているので、「ア……ア……」としか言えません。「カ」を言わなければセーフです。

 さて、赤鬼は原始共産制の素晴らしさを滾々と説きます。しかし、ゆめたろうは、幼い赤鬼のまだ未成熟な果実をねっとりと舐めまわすかの如く眺めることに夢中で、話を聞いていません。

 しかし、犬はとても感化されてしまったらしく、この素晴らしい地上の楽園に残ることを決めました。

 「そうかそうか!もうすぐ飛行機で仲間たちもやってくるからな、それではコルホースに案内しよう」

 このコルホースはジョージ・オーウェルが書いた『動物農場』の舞台になっており、犬くんも登場してきます。あの大作家の小説に出て来るんですよ!名誉なことですね。

 みなさんも探されては如何でしょうか。


 ゆめたろうは周囲でインスタ映えしそうな写真をパチパチと取ると、速攻でアップし、高橋名人直伝の高速フリック入力を使ってブログを書き上げ、この鬼ヶ島の素晴らしさを書き上げると、プチブルの赤鬼に向かって手を差し出しました。

「なんだそのお金」

「インフルエンサー代ですよ!決まってるでしょ!」

 ブルジョワの鬼はキれてしまい、ゆめたろうをボコボコにしようとしたところ、鬼ヶ島の壁が割れ、青鬼が突撃してきてパンパンと打ってきました。

 赤鬼はええいなにくそ、総一億火の玉だ、炎のように赤く燃え上がれ、って元々赤いんだよな~~~~ガハハなんていっているうちに弾が当たり、地面を肌の色と同じ色に染めていくのでした。

 ゆめたろうは「死ぬこと以外かすり傷」でしたが、死んだのでかすり傷ではありませんでした。

 ちなみにキジは自我が崩壊してしまっているので、鳴くことができませんでしたが、そのかわり打たれませんでした。

 キジも鳴かずば撃たれまい、ということわざはここから生まれたのでした。


 ちなみに、作者がすでに飽きているので、適当に終わらせますが、おじいちゃんとおばあちゃんは、流れ弾に当たって死んでしまいました。

 疑心暗鬼になって、ゆめたろうが利益をちょろまかすんじゃないかと思って付いてきたんでしょうね。鬼なだけに。

 そのときのおじいちゃんとおばあちゃんの死体が海に流れ日本列島となり、キジは労働のしすぎて精神を壊す象徴として、日本の国鳥となったのでした。


 めでたくない。めでたくない。


 そういえば、鬼ヶ島にあったと言われる徳川埋蔵金なんですが、あれ株の運用に失敗して全部溶かしたそうですよ。

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