1 天空の孤島領から後宮へ(2)
* * *
ガタゴトガタゴト
……お迎えってないの? お妃様って牛車に乗って行くものかしら? 待って、きっと夢なのよ。これはきっと夢。早く覚めてくれないかしら?……
フェリアはブツブツと
「フェリア、もうすぐ城門だ」
リカッロはそう言って目前に迫る城門へと牛車を歩ませる。
「はあぁぁ」
フェリアは特大なため息を
前方に視線を移すとそびえ立つ王城が見える。城は高い
「止まれ!」
フェリアがまた、はあぁぁとため息をついていると、城門兵が牛車を止めた。
「何者だ?」
「31番目のお妃様を連れて参りました」
リカッロらしからぬ
「……お妃様?」
城門兵は
フェリアはあまりに
「リカッロ兄さん、入れてくれないんじゃしょうがないじゃない。もう、行こうよ」
こんな所、さっさとおさらばしたいとフェリアはつっけんどんに言い放った。
リカッロも、城門兵の態度に顔をしかめていた。フェリアの言葉にそれもそうだなと思い、牛車を反転させる。
「王都見学でもして帰ろうぜ。あーあ、せっかく名のりをあげたってのに、これじゃ
城門兵の待てとの言葉も
王城の前に広がる王都の城下町は、大きく三つに分かれている。王都入口の宿場町、中央の
フェリアとリカッロは
しかし、フェリアの
「じゃあ、フェリア……元気でな」
リカッロはたくさんのお
フェリアは、モグモグしながらリカッロを見送った。もちろん、心の中では
「フェリア様、大変失礼
フェリアは食べきれていないパンをゴックンして、騎士に頭を下げる。
「いいえ、こちらこそ」
この騎士が悪いわけではないのだからと、フェリアはちらりと城門兵を見た。
城門兵は
「こちらへ」
騎士の先導でフェリアは王城に入った。見上げる城は絶壁のカロディア領より低い。フェリアは思わず鼻で笑ってしまった。フェリアの感想は『簡単に登れそう』であった。すぐに視線は別に移る。
しかし、先導の騎士はそんなこととは
「圧巻すぎてびっくりしましたか?」
庭園の草花は、種類に応じて適した土が
「ええ、良い土ですね」
フェリアの返答に騎士は振り向きしばし固まった。フェリアが見ているのが、城でなく土であることに気づくと、アハハッと笑い出す。
その騎士の姿に、フェリアは
「お待ちを。失礼しました。全く予想しなかった返答に、思わず笑ってしまいました。悪気はありません。お許しを」
騎士は
「こちらです。この門が後宮の入口になります。最低三カ月はここから出られません。と言っても、31番目のお妃様が決まっていなかったものですから、30番目のお妃様まですでに二カ月ほど待機されています」
そんなどうでもいい情報なんて聞きたくもないフェリアは、騎士の説明を右から左に流していく。
入口からくねくねとえらく遠く歩かされ、
「31番目のお妃様の
ガチャンと門扉が開く。
「
邸はこぢんまりしたものであったが、広がる庭園は
「……素敵ですか?」
手入れもされていない庭園や邸宅は、他のお妃様なら失神するほどの
しかし、フェリアはスキップでもしそうな勢いで土壌を
土を
あまりにも熱心に土を確認するフェリアに、騎士は声をかけるタイミングを失う。
「失礼します。あの方が31番目のお妃様でしょうか?」
その声は、騎士の背後に現れた女官長のものである。
騎士は肩を
女官長の瞳がフェリアへと移り、片眉がぴくりと持ち上がった。表情の変化を片眉だけで
「31番目のお妃様、少々よろしいでしょうか?」
騎士とは
そのフェリアはいつしか現れた女官長の存在にびっくりしている。
「何でしょう?」
「私、女官長をしております者にございます。
「……」
フェリアは無言で返す。
「31番目のお妃様?」
「……侍女はいませんし、いりません」
フェリアはうんざりしていた。僻地中の僻地の田舎娘に、侍女なんて者が仕えていようものか。フェリアは何でも自分のことは自分でしていたし、侍女が必要とも思わない。
今、フェリアに必要だと思われるのは、侍女などではなく、この庭園を畑に変える農機具たちだ。それに何よりも、この女官長はフェリアのことを『31番目のお妃様』と呼んでいる。案内してくれた騎士でさえ名前を知っているなら、この女官長が知らぬわけがないはずだ。
「……そうでございますか。では侍女はつけません。31番目のお妃様につきたいという王城の侍女もおりませんでしたので、実にありがたいことでございます」
騎士の眉が上がり、
「でしょうね。私だって、ここに来たくて来たわけではありませんし。最下位のお妃様でしょ。三カ月に一度の三十一日しか王様のお
フェリアは負けん気が強い。女官長の
一般的な低位令嬢であるなら、見下された態度に打ちひしがれるだろう。奥歯を
「では、三十一日までどうぞご自由に」
女官長はフンッと鼻でも鳴らすようにそっぽを向いて去っていった。
それを見送る騎士は申し訳なさそうな顔つきでフェリアに頭を下げる。
「侍女の代わりと言ってはなんですが、私が毎朝御用聞きを致しましょう」
「では
黄金色の雑草が風になびく中、フェリアの元気な声が邸に注がれる。
雑草と同じくフェリアの顔も夕陽に照らされ輝いていた。
フェリアの後宮生活の始まりである。
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