1 天空の孤島領から後宮へ(2)


 * * *


 ガタゴトガタゴト

 ……お迎えってないの? お妃様って牛車に乗って行くものかしら? 待って、きっと夢なのよ。これはきっと夢。早く覚めてくれないかしら?……


 フェリアはブツブツとつぶやいている。

「フェリア、もうすぐ城門だ」

 リカッロはそう言って目前に迫る城門へと牛車を歩ませる。

「はあぁぁ」

 フェリアは特大なため息をした。やっぱり夢ではないのだと、がっくりかたを落とした。

 前方に視線を移すとそびえ立つ王城が見える。城は高いかべに囲まれており、フェリアらが進む先にじようへきゆいいつ通過することのできる城門があった。城門をくぐれば、最低三カ月は出てこられない。

「止まれ!」

 フェリアがまた、はあぁぁとため息をついていると、城門兵が牛車を止めた。

「何者だ?」

「31番目のお妃様を連れて参りました」

 リカッロらしからぬことづかいにフェリアはブッと笑いをらした。リカッロにギロリとにらまれたが、フェリアはフンッと横を向き知らん顔をする。

「……お妃様?」

 城門兵はいぶかしげに、じろじろと牛車や令嬢らしからぬフェリアを見る。馬車でなく牛車の荷台に乗り、平民服を身に着け参じるお妃様などろうものかと、あやしんでいる顔つきである。

 フェリアはあまりにしつけな視線に当然いやな気分になった。

「リカッロ兄さん、入れてくれないんじゃしょうがないじゃない。もう、行こうよ」

 こんな所、さっさとおさらばしたいとフェリアはつっけんどんに言い放った。

 リカッロも、城門兵の態度に顔をしかめていた。フェリアの言葉にそれもそうだなと思い、牛車を反転させる。

「王都見学でもして帰ろうぜ。あーあ、せっかく名のりをあげたってのに、これじゃわいい妹を任せらんねえ」

 城門兵の待てとの言葉もれいにスルーして、リカッロとフェリア、つまり牛車一行は城下町に戻っていった。

 王城の前に広がる王都の城下町は、大きく三つに分かれている。王都入口の宿場町、中央のしよみんの台所てん市場、そして、王城の前には立派な作りの貴族ようたしの店が並んでいる。

 フェリアとリカッロはにぎわう露天市場に向かった。せっかく来た王都なのだからと、観光気分である。

 しかし、フェリアのあんの時間はほんのいつしゆんであった。露店で買ったクルクルスティックパンをカプリとんだ瞬間、王城よりあせだくになって現れたらが、リカッロとフェリアを取り囲みそれは終わりを告げる。モグモグや、ゴックンする間もなくあれよあれよとかつがれて、城門にあともどりした。

「じゃあ、フェリア……元気でな」

 リカッロはたくさんのお土産みやげを牛車の荷台に積み上げて、満面のみで去っていく。

 フェリアは、モグモグしながらリカッロを見送った。もちろん、心の中ではぞうごんを積み重ねて。

「フェリア様、大変失礼いたしました」

 フェリアは食べきれていないパンをゴックンして、騎士に頭を下げる。

「いいえ、こちらこそ」

 この騎士が悪いわけではないのだからと、フェリアはちらりと城門兵を見た。

 城門兵はあぶらあせをだらだら流して目をさ迷わせていた。

「こちらへ」

 騎士の先導でフェリアは王城に入った。見上げる城は絶壁のカロディア領より低い。フェリアは思わず鼻で笑ってしまった。フェリアの感想は『簡単に登れそう』であった。すぐに視線は別に移る。

 しかし、先導の騎士はそんなこととはつゆ知らず発する。

「圧巻すぎてびっくりしましたか?」

 いつぱんてきなお妃様ならば、王城に目を輝かせても不思議ではない。しかし、フェリアは、薬草畑を主とする天空の孤島カロディア領から来たふてくされた田舎娘である。城よりも、じようの方に興味があった。

 庭園の草花は、種類に応じて適した土がかれ生き生きとほこっていた。土壌にまで改良を加える庭師の力量がうかがえる。庭の端に、ようを作るためであろう石の囲いを見つけフェリアはほおゆるめた。庭の景観にも気を使った石垣は、手前に背の低いいけがきを作りえも良い。

「ええ、良い土ですね」

 フェリアの返答に騎士は振り向きしばし固まった。フェリアが見ているのが、城でなく土であることに気づくと、アハハッと笑い出す。

 その騎士の姿に、フェリアはあつられた。取られたが、自分を笑っていることはふんでわかっている。目いっぱいしかめっつらをして騎士の前へ歩き出した。

「お待ちを。失礼しました。全く予想しなかった返答に、思わず笑ってしまいました。悪気はありません。お許しを」

 騎士はかろやかにフェリアの前に進んだ。

「こちらです。この門が後宮の入口になります。最低三カ月はここから出られません。と言っても、31番目のお妃様が決まっていなかったものですから、30番目のお妃様まですでに二カ月ほど待機されています」

 そんなどうでもいい情報なんて聞きたくもないフェリアは、騎士の説明を右から左に流していく。

 入口からくねくねとえらく遠く歩かされ、やしきにたどり着いた頃にはゆうもんを照らしていた。

「31番目のお妃様のていたくになります」

 ガチャンと門扉が開く。

てき

 邸はこぢんまりしたものであったが、広がる庭園はたけほどまでびた元気のよい雑草が、夕陽に照らされてがねいろに輝いていた。

「……素敵ですか?」

 手入れもされていない庭園や邸宅は、他のお妃様なら失神するほどのこうはいぶりである。

 しかし、フェリアはスキップでもしそうな勢いで土壌をかくにんしている。

 土をせさせないために、庭師は庭園を休ませていたようだ。さらに、たい肥を加え土壌に手を加えている。勢いよく伸びた雑草が土壌の良さを物語っていた。

 あまりにも熱心に土を確認するフェリアに、騎士は声をかけるタイミングを失う。

「失礼します。あの方が31番目のお妃様でしょうか?」

 その声は、騎士の背後に現れた女官長のものである。

 騎士は肩をすくめ、『そうです』と答えた。

 女官長の瞳がフェリアへと移り、片眉がぴくりと持ち上がった。表情の変化を片眉だけでおさえるあたりは、ベテランの域である。長年勤めているかんろくと自信であろうか、女官長はフェリアをみするように見つめている。

「31番目のお妃様、少々よろしいでしょうか?」

 騎士とはちがい、女官長はちゆうちよせずフェリアに声をかけた。

 そのフェリアはいつしか現れた女官長の存在にびっくりしている。

「何でしょう?」

「私、女官長をしております者にございます。じよはいつ頃いらっしゃいますでしょうか?」

「……」

 フェリアは無言で返す。

「31番目のお妃様?」

「……侍女はいませんし、いりません」

 フェリアはうんざりしていた。僻地中の僻地の田舎娘に、侍女なんて者が仕えていようものか。フェリアは何でも自分のことは自分でしていたし、侍女が必要とも思わない。

 今、フェリアに必要だと思われるのは、侍女などではなく、この庭園を畑に変える農機具たちだ。それに何よりも、この女官長はフェリアのことを『31番目のお妃様』と呼んでいる。案内してくれた騎士でさえ名前を知っているなら、この女官長が知らぬわけがないはずだ。

「……そうでございますか。では侍女はつけません。31番目のお妃様につきたいという王城の侍女もおりませんでしたので、実にありがたいことでございます」

 騎士の眉が上がり、けんのしわが険しくなった。

「でしょうね。私だって、ここに来たくて来たわけではありませんし。最下位のお妃様でしょ。三カ月に一度の三十一日しか王様のおしがない、びんぼうくじのお妃様。私にとっては好都合ですわね」

 フェリアは負けん気が強い。女官長のおうへいな態度にくつすることを良しとはしないのだ。

 一般的な低位令嬢であるなら、見下された態度に打ちひしがれるだろう。奥歯をみしめ、なみだぐむこともあろう。しかし、フェリアに女官長のそれは通用しない。横柄な態度には、ゆうしやくしやくな態度で返す。それがフェリアである。

「では、三十一日までどうぞご自由に」

 女官長はフンッと鼻でも鳴らすようにそっぽを向いて去っていった。

 それを見送る騎士は申し訳なさそうな顔つきでフェリアに頭を下げる。

「侍女の代わりと言ってはなんですが、私が毎朝御用聞きを致しましょう」

「ではさつそくですが、農機具一式がしいです!」

 黄金色の雑草が風になびく中、フェリアの元気な声が邸に注がれる。

 雑草と同じくフェリアの顔も夕陽に照らされ輝いていた。


 フェリアの後宮生活の始まりである。

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