3 貧乏くじの給仕(2)
* * *
夜も
後二週間の妃選びも
マクロンはふと足を止め、
「すまぬ、問題ない。行くぞ」
再度歩き出したマクロンの足は重い。
邸の入口が近づくと、そこからビンズが飛び出してきて、マクロンは足を止めた。
「どうした、ビンズ?」
「いえ、何でもありません」
フェリアに断られはしたが、ビンズはドレスを調達しようとしていたのだ。
そんなことなど知らぬマクロンは
「どうぞ、王様」
ビンズは背筋を
マクロンは初めて31番邸に足を踏み入れた。すでに夜のような暗さの夕刻は、畑の様相をぼやかしていたため、マクロンはそれに気づかない。
ただ、なんとも落ち着いた、ホッとする
「(妃は)いるか?」
マクロンは息を
時おり振り返る侍女の
邸宅に近づくにつれ、その香りは増していく。窯で焼かれているパンの香りだとマクロンは気づいた。
「こちらにございます。どうぞ、お入りください」
窯を見つめるマクロンの足は止まっていた。侍女に促され、こぢんまりした邸宅に入る。
部屋にはすでに夕食が
そうとわかっていても、マクロンは口にする。
「すまぬが、一時の時間しかない」
「はい。ご
侍女は、マクロンの発言を意に介さず夕食を
焼きたてのパンはふわりと口に
メインの皿は
大きな葉っぱに包まれたひき肉は口の中でほろりと
ほっと一息つくと、侍女がスープを運んできた。
その横で、侍女は茶を
マクロンは、懐かしく美味しい食事と、何とも落ち着く香りのする
「お好きなだけ、お
侍女はそう言って茶を差し出し、邸を出て行った。
きっと妃の湯あみの足し湯を取りに行ったのだろう。マクロンはふぅと息を吐き出した。茶を飲みさらに体の力が
『参ったな。会えずに出ることになるか。それとも、顔だけでも見ていくか。女の準備は時間がかかるはずだ。戻ってきた侍女に妃の準備を促すか……いや、そうやって
マクロンは
このままでは意識が飛びそうだと、立ち上がりうろうろと歩く。
体に逆らうことができなくなったマクロンは、
『まずいな。まずい、眠い……』
とうとう、意識がとんだ。
その頃、邸宅を出たフェリアは、ビンズ、近衛、担当騎士に囲まれていた。
「フェリア様、どうされたのです? なぜ、お一人で出てこられたのです?」
ビンズは
「あー、おっかしいの。もう、お
近衛はここでやっと、この侍女らしき女性が31番目のお妃様だと気づいた。ビンズの呼んだ名で。
「私をたぶん侍女だと思っているの。私、夕食を勧めて、お茶も出したわ。あの疲労は
フェリア以外の者が、クワッと目を見開き固まった。これでは、事実がどうであろうが夜のお渡りになってしまうのだ。明朝までこのフェリア邸にマクロンが
フェリアはそんなことには全く気づいていない。ただ王の疲労が重いことから、フェリアにできることをしたまでだ。それは、いつも邸に来る騎士らにするのと同じことであった。
しかし、ビンズはここで英断する。
「近衛は王様を
その英断に、近衛も担当騎士も異議はないようで、サッと行動に移る。しかし、フェリアは
「
フェリアはあくびをかみ殺しながら、農機具小屋に向かっていく。
「王様は私を侍女だと思っているわ。妃だと
フェリアは少しだけ瞳を
ビンズは最初の間違いに今さらながらに気づき後悔した。きちんと、フェリアをマクロンに
「フェリア様」
「いいのです、ビンズ。私は、私の素のままでいいのです。
ビンズの呼びかけを
フェリアからこぼれ落ちた言葉が、ビンズと担当騎士らの胸を
翌日、フェリアと担当騎士らはいつものように
ちょうど朝食が出来上がった頃、バターンと邸宅の
邸宅から出てきた王の顔が
「こちらへどうぞ」
フェリアは、いつも騎士らと食を
パンは、フェリアが王都に来て初めて食べた露天市場のクルクルスティックパンである。パン
根菜スープは、薬草畑から
昨日と同じ素朴な食事に誘われ、王は無言で促された椅子に座った。
「……(この邸の)主は?」
「……お気になさらず、どうぞお召し上がりください」
フェリアは、給仕に
王の手は、真っ先にパンを取った。パンを
少し小首を傾げる王の姿にフェリアは笑みを
ここは庭園でなく、すでに薬草畑である。
王の体は内から洗われていく。瞳は、何も言わずただ緑を追っている。疲れた目にはよい景色だ。
「頭がスッキリと
フェリアは、コポコポと王の目前でカップに注いだ。湯気が王の疲れた
王は目を閉じ、湯気と香りを吸い込んだ。ゆっくり息を吐き出して緑の茶を眺める。
「良い香りだ」
王は顔を上げた。
「ありがとうございます」
フェリアは軽く頭を下げる。そして、ゆっくりとフェリアの頭が上がる。王の視線はフェリアに向いたままだ。
フェリアとマクロンの瞳が初めて重なった。
「
マクロンは気づいた。あの
この邸の主はずっとマクロンの傍にいたことを。ずっとマクロンの体を気遣っていたことを。名のりもせず、短い時間であったがずっとずっと……。
マクロンが気づかねば、最後まで給仕に徹していただろう。
マクロンの言葉でフェリアの目は見開かれた。それから、
そんなに
こうして、フェリアとマクロンは初めての出会いを果たしたのだった。
31番目のお妃様 桃巴/ビーズログ文庫 @bslog
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