2 後宮の生活 (4)
* * *
一カ月半が過ぎた。
フェリア邸は大きく様変わりしていた。まず、
根は
視界の広くなった庭園は、他のお妃様の邸ならば、
大きく六つに分かれた畑では、リカッロの野営箱から拝借した薬草の種が
さらにフェリア邸が様変わりしたのは、この一カ月で訪れる者が増えたことだ。
他の隊の騎士がフェリア邸の朝食を食べに来ることで多くなったのだ。お妃様には三名ずつ騎士がついているのだが、
フェリアからは朝食が振る舞われ、その代わりに邸の畑作りを手伝って騎士の体の鍛練を行う。美味しい食べ物と、適度な体の疲れが良い睡眠へと
今やフェリア邸は騎士のオアシスと化していた。
フェリアは農機具小屋に転がる数名の騎士らを
「帰る家がないの、この者たちは?」
フェリアの呟きに、フェリア邸担当の警護騎士の一人であるゾッドは肩をすくめる。
「他のお妃様の警護って神経を使うらしいですよ。それに、警護といっても何かあるわけでもなく、体は
「ふーん、そんなものなの。で、この『神経を使わない』私の邸で伸びていると? 私もお妃様であるのに、皆元気に剣やら鎌を振り回しているように見えるのだけど?」
フェリアは、農機具小屋の前で
じとりとフェリアに見つめられたゾッドは、『いやいやいや』と
「心も体も
今さら持ち上げたところでと、フェリアは思ったが、これが存外いい気分になった。根っからの
「仕方ないわね。時間がきたら起こしてあげてね」
フェリアが農機具を持って出ていくと、こめかみを押さえたビンズがやってきた。この男はいつもこめかみを押さえているなあと思っていると、ビンズはフェリアに頭を下げた。
「本当に頭が痛くて、薬草を煎じて頂けませんか?」
「あら、頭痛ね。ちょっと待っていて」
フェリアは農機具を小屋に戻すと、ゾッドに命じてビンズの
農機具小屋には、ビンズとゾッド、深い眠りの騎士数名が残っている。
横になったビンズに、ゾッドが顔色をうかがいながら問うた。
「何かあったのですか?」
「……ああ、まあな」
「ここより、医務室がいいのでは?」
「いや、わかっているが、自然とここに足が向いてしまったのだ」
「確かにフェリア様の薬草茶は、体の不調によく効きますからね」
フェリアは、朝食以外にも騎士らに与えているものがある。カロディア領特産の薬草茶である。
「お妃様同士のいざこざが起こっているのだ」
ビンズは大きく息を吐き出して、ゆっくり目を閉じた。
目に浮かんだのは、髪を
朝の一時の交流しか王に会えない状況が、妃を暴挙に駆り立てた。二度の交流を終えた15番目のあの妃が、王と20番目の妃の交流時に
二人だけの交流を
そこからは
なぜなら、妃に……
取っ組み合いの乱闘を体に触れることなく止めるには、マクロンを呼ぶしかなく、ビンズは
しかし、マクロンの答えは素っ気ない。『ほうっておけ』たったそれだけであった。ビンズは仕方なく、ただ乱闘を見守るしかなかった。
二人の令嬢が勢いをなくした時を見計らい、ビンズは告げる。
「王様はお二人に興味がなく『ほうっておけ』とのことでした。こんな乱闘をする方を王様がどう思われるか、お二方ともにお考えください!」
そう発した後に、二人の令嬢から天を
かくして、ビンズはこめかみを押さえここフェリア邸にいる。
「女性の悲鳴、
ビンズの告白にゾッドはうんうんと頷いた。
「あら、良い口実ができたじゃない」
そこに現れたのは、フェリアである。サッパリとした
「口実?」
ビンズはフェリアの言葉を復唱した。
「ええ、そんなお妃様は落第だってね。長老会議だっけ? それにかけてどんどん
フェリアは好きなように意図なく発言している。自身がその妃候補であることなど、念頭にはない。
『穏やかで、心の抑制ができて、自己の主張を控える』など、フェリアは全く持ち合わせてはいない。カロディア領で育ったフェリアは生まれてこのかたそのような淑女に会ったことはない。全くもっていい加減な発言である。
フェリアはコポコポとカップにお茶を淹れて、
「フェリア様、ありがとうございます。いえ、ありがとうございました。これを飲みましたら、すぐに対処しましょう」
ビンズはそんないい加減な発言に何かを得たのか、気難しげだった顔を晴らした。
フェリアの軽いノリの発言が、他のお妃様を
フェリアの発言は、ビンズの進言となって会議にかけられた。それにより……。
マクロンは機嫌がいい。灰色であった景色が
つまり、ビンズの進言で妃のふるい落としが始まったからだ。問題を起こした妃は
申し分ない位であっても、容姿がずば
というか、三十一人も揃えばそれなりの者が王妃となってきたのだ。資質とやらを
しかし、時が過ぎれば形骸化されていく王妃選びと、変わりゆく実体。
昔は1~31のお妃様はそれなりに素晴らしい資質の者が集められたが、今や
マクロンはここでやっと
王妃の
「1、5、6は辞退。15、20は資格がない。まあ、王妃としてはだがな。20に今回のいざこざの責はないが、その後が悪い。15をたしなめるまでは良かったが、取っ組み合いの乱闘まで起こしては、王妃の器ではあるまい。互いに、そうならぬような場の仕切りができぬ者ではな。後は……12、24、30が召し上げられたのは親の欲であろう。私に、令嬢らは泣いて訴えてきたぞ。
マクロンは長老に睨みをきかせながら、次々に言い放っていく。
基準は王妃として、ただ一点だ。三十一人の妃らの半分はふるい落とされた。
本来なら、三カ月の交流期間後に決めることが、マクロンの大なたでどんどん進んでいく。マクロンの機嫌は上々だ。
「では、内々にお妃様らに告げていきましょう。承知くだされば、王様との
そう長老は
マクロンは
確かに20番目の妃は災難だったであろう。しかし、選ぶのは王妃である。高位令嬢の横暴くらい
そう考えを
「では、二度の失敗があれば強制辞退だ。一度は機会を与えよう。王妃に二度の失敗はあり得ぬからな」
長老らは口を開きかけたが、マクロンが立ち上がり会議は強制的に終わりとなった。
その後、執務室に戻ったマクロンはビンズを呼んだ。今後の報告に関して密命を出すために。
「担当騎士らに報告させる。いつも警護している者こそ、妃の本質や資質、器の力量を知ることができるはずだ。密命であるぞ。私は騎士らの目を信じている。妃らには気づかれるなよ。まあ、気づかれたとて、その後の行動でさえも報告させろ。金を積む者もいるかもしれんな」
マクロンは
その歪みに、ビンズはため息をついた。マクロンは
「お妃様も人間です。どんな性格であれ、王様に気に入られようと
マクロンとビンズの間に
先に動いたのはマクロンである。立ち上がりビンズの前へと進む。
「流石『烈火団』の団長だ」
マクロンはビンズの肩に手を置き、ポンポンと叩く。
「すまん。いつも私を正気に戻すのはお前だな。長老が言わんとしていたことだろ? そうだな……本当にそうだ。妃でなく王妃を選ぶ。だが、それ以前に王妃でなく生涯の伴侶を選ぶのだな」
マクロンは自身の
ビンズはそんなマクロンにホッと一息ついた。ここからが、妃選びの本番である。マクロンの心がささくれたままでは、たち行かなくなるのだ。
ビンズはふとフェリアを思い出す。あのお妃様も、マクロンとは違った意味で心の土台ができていないのではないかと。いや、土台以前の問題で、唯一マクロンに会っていないのだ。始まりたくとも始まっていないお妃様である。
ビンズは眉を寄せて、
元々フェリアは帰りたがっていたと思い出して……。
フェリアとマクロンはまだ出会えない。三十一日までまだ一カ月もあるのだから。
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