秋の空き時間と一人の間
秋といえばイベントごとが多い季節だ。体育祭、文化祭はその最たるものだろう。僕のようなタイプの人間の多くがこういった行事を忌々しく思っているはずだ。体育祭は本当につらい。仕方のないこととはいえ、足が遅いのに走らされたり、力がないのに騎馬戦をさせられたりするのは苦痛だ。
文化祭もクラスの出し物は内輪で決められ、そこに僕の介在する余地はなく、申し訳程度に雑用を任される。自分なんていてもいなくても変わらないというネガティブな思考が表在化するのは致し方ないことだろう。
ただ今年の文化祭はその限りではなかった。
「冬樹くーん!」
遠くから自分の名前を呼ぶ声がする。その方向を見やると、先輩が手をぶんぶんと振ってこちらに向かってくるところだった。
「ごめんごめん。ちょっと先生と話しててさ」
「いや全然、というかそっちを優先してもらっていいですよ」
僕と先輩は待ち合わせをしていた。
そう、僕と先輩が待ち合わせをしていたのである。
今までなんとなく相手の動きを察して会っていた二人が、ちゃんと予定を合わせて会っている。その変化から導き出される事実に思わず頬が歪みそうになるのを必死で抑えた。あくまで今は先輩と後輩で、それ以上でもそれ以下でもない。そういう関係だとお互いに納得したはずだ。自分ばかり舞い上がってどうする。
「大丈夫、大した話じゃないからね」
「ならいいですけど……」
行きましょうかと言って歩き始めると、春香先輩は横に並んでくる。鼻歌を歌いながら楽しげに歩いている先輩を見て、今日は誘ってよかったなと思う。
春香先輩は高校三年生、そして今の時期は秋。当然受験が目前に迫っている。学内の高校三年生たちは慌ただしく動いていて、職員室を訪れる度に誰かが先生に質問をしている、というのは当たり前の光景だった。中々会える状況というのがなく、そこに来て文化祭があるということで、息抜きがてら一緒に回りませんかとお誘いしたわけである。
断られたらクラスの友人(だとあっちは思っているだろうか、わからない)と回るか、一人で時間を潰すかのどちらかだった。そうならなくて正直ほっとしている。高校三年間文化祭は一人で過ごしていました、なんてことになったらさすがに悲しい。
「冬樹くんは文化祭とかどうなの?」
「どうなの、と言いますと」
「こういうの苦手そうだなーって思って。わいわいがやがやしてるから、静かに過ごしたい人にとってはちょっと、って感じじゃない?」
「確かに苦手ですけど……でも大丈夫ですよ。苦手なだけで嫌いなわけじゃないので」
「それはどう大丈夫なんだろ……?」
先輩は首を傾げるが、別段おかしなことでもないはずだ。苦手と嫌いじゃないは共存できる感情である。それこそ件の文化祭の題材を勝手に決めるような人たちも、苦手ではあるけど嫌いなわけではない。実際に危害を加えられたらそれは嫌いになるだろうけど、そんなこともなく、彼らは距離感を正しく測れる人たちだ。僕や友人のような人たちのパーソナルスペースまでは入ってくることはない。
「ピーマンが苦手でも、食べるだけなら食べられるみたいなことですよ」
「ん~……よくわかんないね。っていうか冬樹くん、ピーマン苦手なんだ」
余計なことを口走ってしまったかもしれない。先輩の口が見たことないほどにニヤァと動いていくのがわかる。
「なーんか大人ぶってるけど、そういうところは子供なんだ~」
「別にいいじゃないですか」
恥ずかしくて頬が熱くなる。パタパタと手団扇で扇いでみるが効果のほどは期待できなさそうだ。
「先輩はどうなんです? 苦い野菜とか」
「……ふつうかな」
「つまり嫌いじゃないが積極的に食べるほどでもないって感じですか」
「そ、そうそう。そんな感じ」
先輩の苦みの走ったような顔を見て、なんとなく察した。
「今日のスケジュールってどうなってたっけ?」
僕の手元のプリントを覗き込むようにして春香先輩が見てくる。密着するわけでもなく、意識して体が接触しないように調整している。そのことが余計に緊張を誘うということがわからないのだろう。
「えっと、午後の二時くらいまでは自由時間で、その後体育館に集合して共通の出し物って感じです」
「するとあと四時間くらいかぁ」
四時間、よっじかん~と謎の歌を口ずさみ始めた先輩を横目に一つ指摘する。
「昼ご飯の時間もありますからもう少し減りますね」
「行けるところと行きたいところ、どっちがいいと思う?」
「……答えが決まってる顔をしてますよ」
「わかっちゃうか」
まず先輩が向かったのはお化け屋敷だった。毎年恒例となっている出し物だが、その人気は制作側と客側のどちらにも及んでいる。出し物が被ってはいけないというルールがあるため、お化け屋敷の枠は奪い合いになるそうだ。
そして客側として見るお化け屋敷は、文化祭ながらやけに雰囲気が出ていて、なるほどこれなら人が並ぶのも納得できるというクオリティだった。
今は文化祭が始まってすぐということもあり、一般のお客さんもまだ入ってないからかそこまで人は並んでおらず、スムーズに中に入ることができた。
遮光カーテンで閉じられた暗い教室が、赤い絵の具で彩られた段ボールで仕切られている。迷路のような構造になっているみたいだった。少し先からはくぐもった声と女子生徒の楽しそうな金切り声が聞こえてくる。薄っすらとかかっているBGMもおどろおどろしいものだ。
「あれ? 冬樹くん意外と平気そうだね」
「いや、まあ……文化祭ですから」
クオリティが高いとは言っても、どうしても素人の高校生が作ったというチープさは拭えない。遮光カーテンといっても完全に光をシャットアウトできるわけではなく、ところどころ小さな隙間から陽光が差し込んでいる。
「……ピーマン苦手だからこういうのもダメかなって思ったのに」
「だからってこれくらいで怖がったりしませんよ……まだ入ったばかりですし」
そんな変なすれ違いをしつつ、先へと進む。
「うぼああああ」
野太い声で突然壁を破って現れたその人は、ゾンビのような格好をしていた。受付の女子は和装で不気味な感じだったから、そのギャップに少し驚く。
春香先輩はというと。
「あはははは! うぼあああって何!?」
……爆笑していた。怖がることを期待をしていなかったと言ったら嘘になるけど、爆笑というリアクションは想定外もいいところだった。
「楽しかったね」
「まあ、はい。そうですね」
終始先輩が笑っていたからか、驚かす側の人の困惑が伝わってくるようで少し同乗していたのは内緒だ。楽しかったことに変わりはないし、嘘ではない。
「次はどこ行こっか!」
花咲くような笑顔を浮かべる先輩を見て、目を細める。
お互いに好きだと、そう伝え合った。
けれど、僕はこの太陽のような輝きを放つ先輩に釣り合っているのだろうか?
そんな思いが僕と春香先輩を『先輩と後輩』という関係性に押し留めているように思える。つまり、やるべきことはわかっていて。
「先輩が行きたいところに行きましょう」
「主体性に欠けるね、冬樹くん」
ジト目で眺めてくる春香先輩は、僕の内心など知る由もない。もし知られたとしても、それがどんなに意味のないことだとしても、僕は誤魔化すだろう。
〇
全校生徒が体育館に集まって、今か今かと演奏が始まるのを待ち構えている。学内外問わずに活動しているバンドが今日の文化祭のトリを務めるのだ。わくわくするに決まっている。
私はそうだろう。
でも、と二年生の列を見る。冬樹くんらしき影を見つける。心がかあっと熱くなる。でもそれは一瞬で、冷たく這い寄ってくるのはこのままでいいのかという不安だった。
受験勉強や進路相談で忙しくて、中々去年のように冬樹くんに会いに行くことはできない。去年はお互いに好きだという認識もなかったのに。その認識ができた後にはこうして忙しさという現実がそれを邪魔してくるのだ。
ステージの幕が上がる。きらびやかな光に包まれた彼ら彼女らを見て、私の心も晴れやかになる。
ネガティブなことばかり考えていても仕方ない。今を精一杯に過ごす、それしかできることはないんだから、そうやって過ごせばいいや。
きっと冬樹くんには楽観視って言われるかもしれないけど、こうしているのが一番私らしいやり方だと思う。
「文化祭楽しんでるかーっ!?」
ギャリギャリとかき鳴らされるギターの音、お腹に響くベースの重低音、細かいリズムを刻むドラムのリズム、たくさんの生徒たちとの歓声。それらが混ざって一つの大きなうねりを生み出す。
そんなコール&レスポンスに、私は大声で以って応えた。
冬は散歩にちょうどいい 時任しぐれ @shigurenyawa
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