第13話 組合長からの依頼

店を出た僕らが次に向かったのは組合長ラセットさんの店だった。

昔はよく事務的な事で訪れていたが最近はフェリノに任せていたのでここに来るのは久しぶりであった。

ラセットさんは僕と同じ人形師でありながらその店の規模ははるかに大きく、西通りの目立つところにあった。


店内に入ってみると商品棚には大小様々な妖精人形が置かれていた。

今も店員がモチーフになった妖精について説明しており、それをお客さんが楽しそうに聞いている。

さながら博物館のようである。


店のカウンターにいた店員にフェリノが挨拶すると向こうも慣れた様子で「少々お待ちください。」と店の奥に消えていった。

しばらく待つと再び店員が表れ奥へと案内される。

辿り着いたのは執務室らしきところだった。

今なおラセットさんは机の上の書類を処理しているようだった。


「すまないね、あと少しでキリがいい所なんだ。お菓子でも食べながら待っていてくれ。」


すると先程と違う店員が紅茶と焼き菓子を持っていてくれた。

フェリノは慣れた様子でお菓子を食べているが、昔僕が来てたときはこんなの無かったぞ、ラセットさん…。

明らかにうちの店で使っているものより遥かに良い匂いの紅茶を楽しんでいると仕事を終えたラセットさんがこちらに来た。


「いやあ待たせてすまなかったね。バイス君まで店に来るとは珍しいね、何かあったのかい?」


「こちらこそ忙しいときにすみません。実は…。」


スランプになった経緯を話すとラセットさんはしばらく考えているようだった。


「そうですね、スランプですか。職人として何年も働いているとよく耳にしますし、私自身なったこともあります。私の場合はしばらくすれば治りましたが、中にはスランプを治せず職人を辞めてしまった人もいます。おそらく原因によって治し方も違うでしょう。何か思い当たる節は無いでしょうか?」


「それがまったく無いんです。いつも通りに人形を作っていたら気づいたらこんなものになっていました。」


「それはまたなんとも…。」


ほうきを見せるとラセットさんはまた口に手を当てて少し考えているようであった。


「原因が分からないのはやっかいですね。しかし自分が気づけてないだけで原因は必ずあるはずです。治療もいろいろと試して見るのがいいでしょう。そうですね、まずは一旦人形作りを離れてみるのはいかがでしょうか。そうすれば見えてくるものも違くなるでしょう。」


そう言ってラセットさんは一枚の手紙を僕の方に渡した。


「なんですかこれ?」


手紙を開くと中身は字で埋め尽くされていた。ダメだ、活字だらけで僕には読めない。


「教会に人形を届けるお仕事です。毎年組合が作った人形を教会の孤児院の子供たちにプレゼントしているのです。組合の慈善事業の一種ですね。もちろん給金も出るのですがやりませんか?」


人形作りから離れる、か。

今までそんなことは考えたことがなかった。

人形作りこそが僕の生き方であったし、それ以外の事を僕は知らなかった。

フェリノは黙ってこちらを見ている、僕に任せてくれるようだった。


「はい、喜んでやらせていただきます。」


「それは良かった。それでは詳細はその手紙に書いてあるのでよろしくお願いします。それと…。」


僕らが立ち去ろうとすると最後にラセットさんは付け加えた。

少し言うかを迷っているようであった。


「酷いスランプの場合、大抵その人はなにか大事なものを見失っているものです。それは人形作りへの思いであったり姿勢で会ったりと様々ですが、どれもその人を構成する大事なものです。それを思いだすまでは苦しいかもしれないですが頑張ってください。」


ラセットさんの言う通りだとしたら僕はいったい何を見失っているというのだろう。

帰り道に考えてみるもやはり分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精人形は笑わない 焼芋屋与平 @yakiimoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ