妖精人形は泣かない

第11話 人形師の挫折

人形の盗難事件が起きてから1週間ほどたったその日も雨であった。。

バイスは椅子に座りボーッっと窓の外の雨を見ていると店のドアが開いた。


「…はい、…なんだシトルか。」


「なんだとは何さ、僕がパンを…ってあれ、バイスなんか元気無くない?」


「ああ、なあ、シトル、僕の良いところってなんだ?」


「これまた急だね、バイスの良いところね…。ああそうだ、人形に向ける情熱とかかい?」


するとバイスは何故か下を向いて落ち込み「そうだよな、人形が作れない僕なんて…」だとか「どうせ僕なんて馬鹿だ…」だとか呟いている。


「えっと…どうしちゃったのこれ?」


落ち込んだバイスが珍しくて眺めていると店の奥からフェリノちゃんがやってきた。


「シトルさん、いらっしゃい。実は…兄さんは今スランプに陥ってしまっているんです。」


「スランプっていうと人形が作れなくでもなったのかい?」


「そうです。始まりは一昨日の事でした。私が店番をしていると店の奥から兄さんの叫び声が聞こえてきたんです。私が作業室につくと机に突っ伏して泣いている兄さんとこれが置いてあったんです…。」


そう言ってフェリノちゃんが持ち上げたのは枝が何本か絡まったものだった。


「なんだい、それは?新しいほうきか何かかい?」


「妖精人形だそうです。」


「ああ、それはまた重症だね…。」


当の本人であるバイスはというと、

「そうか…僕はほうきになればいいんだ。…そうすれば皆の役に立てるんだ。」


などと言いうつ伏せで床を這い出した。

それはほうきでは無くて雑巾では、などと突っ込む勇気は無かった。


「スランプか…。何か原因は分からないのかい?」


「それがどうにも分からないんです。本人に聞こうともずっとこんな状態で…。このままだと店が潰れてしまいます。シトルさん、どうしましょう。私はまだ学生なので兄さんを養える自信がありません!」


だんだんとフェリノちゃんは泣きそうになって行く。


「まあまあフェリノちゃんも落ち着いて。とりあえず1回作っているところを見てどうしてこうなったのか考えてみよう。」


(はあ、パン届けにきただけなのに何してるんだろ。)

などと思いつつバイスとフェリノちゃんを連れて奥の作業室に向かった。

作業室は道具が綺麗に片付けられていた。


「僕なんてほうきしか作れないんだ。」

などと言うバイスを無理やり椅子に座らせる。


「それじゃあバイス、何か人形作りの作業をやって見せてよ。」


「…分かったよ。それじゃあ腕の部品の下削りを。」


そう言うとバイスは長方形の木材を取り出し、変な形のナイフで切り出した。

バイスは迷うことなくナイフを動かしていきみるみる木材は円柱状になっていった。

その様子を僕とフェリノちゃんはのめり込むように見ていた。


「…すごい、本当にスランプなのかい?」


綺麗な円柱状になった木材をバイスさらに削っていく、削っていく……削りすぎじゃないかい?

あっという間に木材は枝状になった。


「…あれ?なんでこんなところに枝が?」


ようやく本人も気づいたらしく枝を不思議そうにつまんでいる。


「ああ、だめだこりゃ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「他所の店はすでに収穫祭の準備を始めているというのに私たちはまだ何も出来ていません…。」


「そっか…人形師にとって収穫祭は稼ぎ時だったね。これが正常に戻らないと死活問題なんだね。」


本人を見るとバイスは枝を床に転がして遊んでいる。


「よし、しょうがない。とりあえずこのアホ状態だけでもどうにかしようか。」


「何とか出来るんですか?」


「ああ、任せてよ。こう見えて暗示が少し得意なんだ。」


「えっ?暗示?」


などと疑問を浮かべるフェリノちゃんを店の奥に追いやりバイスに向き合う。


「バイス、聞いてくれバイス。」


そう言うとバイスは顔を上げた。

その目には光がなくて少し怖い。


「いいかい、バイス、君は人形師だ。」


「ボクはニンギョウシ?」


なんでカタコトなのか分からないがまあいいだろう。


「ああそうだ、君は人形が作れる人形師だ。」


「そうだ、僕は人形師だ。人形を作れる。」


バイスの目に少し光が戻る。

弱った人間ほど人の言葉を鵜呑みにするのものだ、少しずつ簡単な言葉を選んでバイスに聞かせていく。


「そんな君は人形を作れなくなった。人形を作れない君はなんだい?」


「人形を作れない僕なんてただの人間だ…。」


バイスはそう言って下を向いて落ち込む。

おそらく人形作りにプライドがあったのだろう、それを失っているバイスはひどく脆い。


「それは違う。君はただの人間なんかじゃあ無いだろう。」


バイスは少し顔を上げて期待の目をしている。

おそらく心の底では暖かい言葉を掛けてくれるのを願っているんだろう。

だからこそ僕は心を鬼にする。


「バイス、人形が作れなくなった君は……そんなに君は………ただの出来損ないだ。」


期待を裏切られたバイスは顔に驚きを隠さない。

僕は間を開けずに言葉を紡ぐ。


「バイス、君は馬鹿だ、子供でも出来る簡単な計算ができない。君は人と関わることに消極的だ、ろくに人と付き合えない。そんな君がただの人間を名乗るなんておこがましいとは思わないかい?君はただの出来損ないなんだよ。」


バイスの悪いところをあげる度にまるで殴られたようにバイスの体が跳ね、最後には床に手を着いた。


「そんな…僕は出来損ないだったのか…。」


「そうだ、君はただの出来損ないだ。」


僕は繰り返す、ああ、なんて心が苦しいんだー。


「そうか、ずっと不思議だったんだ……もしかしていつもフェリノが買いに行くと安くしてくれる肉屋が僕が行くと定価なのは?」


バイスは思いだすように言った。

これはバイスがというよりフェリノちゃんが街の人に愛されてるだけな気がする。

だが都合がいいのでもちろん利用する。


「ああそうだ、君が出来損ないだからだ。」


「もしかしていつも二人で行く定食屋のおばちゃんがフェリノだけにスープをサービスするのも?」


「そうだ、君が出来損ないだからだ。」


「もしかして大事な日ほど寝坊してしまうのも?怪我もして無いのに右手がうずくのも?」


「そうだ、鳥が飛べるのも、太陽が東から昇るのも全部、君が出来損ないだからだ。」


後半は本人の問題な気がする、が今は置いておこう。


「そんな…そうだったなんて…。」


こうして今バイスの心は粉々に砕け散った。

顔を真っ青にしたバイスはこの世の終わりを見たかのようだった。

そこでようやく僕は救いの言葉を投げかける。


「バイス、自分が出来損ないだからってそんなに落ち込むことはないよ。まだ君にも人間になるための方法が一つだけあるんだ。」


僕は今までよりも一段と優しい声で話す。

絶望に叩き落としたあとにただ一つの救いをチラつかせる、詐欺の常套手段だ。

バイスは縋るように顔を上げた。


「こんな僕でも人間になれるのかい?そんな方法が本当にあるのかい?」


「ああ、あるとも…それはね…君が人間になる方法とはね……このパンを食べることだよ。」


そう言ってカゴから取り出したのはいつもの白パンだ。

バイスの目はパンに釘付けだった。


「実はね、一見普通に見えるこのパンは、この街にいるそれはそれは偉い人が作った得の高いパンなんだ。このパンを食べれば食べた人の得が上がると言われているんだ。いくら出来損ないのバイスだろうとこれを食べれば人間に戻れるだろう。」


「そ、そんなものがこの街にあったなんて!」


「そうだ、だけどねバイス。この世の中にはタダなんてものはどこにも無いんだよ、わかるね?」


「ああ、わかるさ。そんなパンを僕は聞いたことがない。銀貨、いや金貨一枚ですら安いものだろう。言ってくれ、幾らなんだい?」


ああ、その言葉が欲しかったんだ。

散々にバイスの心を痛めつけた成果が出ている。

不安そうにこちらを見るバイスは、思考回路が麻痺しておりまともに考えることができていない。

これでバイスは僕の言い値でこのパンを買うだろう。

計画通りだ、これで彼を金で縛ってしまえば……おっと危ない、危ない。友人からお金を巻き上げてしまうところだった。

そろそろ真面目にバイスを元に戻そうか。


「ああ、それがなんと銅貨一枚だ!それに今ならこのカゴの中の普通のパンも付けよう。」


「そんな、そんな破格な値段でいいのかい!?それじゃあ君が損をするんじゃ?」


カゴで銅貨一枚はいつもの値段であった。


「いいんだよ、バイス。だって僕らは友人じゃないか。」


「シトル、いやシトル様…ああ、僕は今まで気づかなかったがあなたは聖人か何かかい?一生着いていくよ。」


聖人は友人に詐欺まがいな事はしないだろう。


「一生はやめてくれ、その代わりに君の願いを聞かせてくれ。思いを載せて叫ぶんだ。」


「僕は人間になりたい!」


「声が小さい!もっと大きな声で叫べ!」


「僕は人間になりたい!僕は人間になりたい!」


「そうだ!もっと魂を込めて言うんだ!…ククク。」


「僕は人間になるんだああっ!」


その時店のドアが静かに開いた。


「美味しいお菓子買ったんだけど一緒に食べよう……って何これ?」


メイズが見たのは人間になりたいと必死に叫ぶバイスと押し殺すように笑っているシトルであった。

こうしてバイスは人間に戻ったのだった。

スランプは未だ解決していない。

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