第10話 されど人形師は笑う

目を覚ますと自分の家のベッドの上だった。

医療士の診察によると単純な魔力欠乏であり三日は安静にして休むように、とのことだった。


そのあとはいろいろとあった。

そうそうに飽きた僕が人形いじりをしようとして妹弟子が止めたり、シトルがマリーを連れてお見舞いに来てくれたり、ラセットさんが事の顛末てんまつを教えに来てくれたりした。


どうやら捕まった男は商人でもなんでも無くあの登録証は偽造されたものだったらしい。

盗難も大罪だが偽造はより重罪である。

商人ギルドに喧嘩を売ったのだ、恐らくあの男は死罪になる、とのことだった。


冒険者二人組も知ってて盗難に加担していたようで奴隷落ちになったようだ。

犯罪奴隷として売られその一部が被害を受けた店に見舞い金として支払われた。

うちにも少なくない見舞い金が入ったが、こんなことは二度とゴメンだった。


そんなこんなで今僕のベッドの前にはアンバーとメイズがいた。

動けない僕を前にアンバーは言いたい放題愚痴を言ってくる。


「まったく、あれから俺がどれだけ大変だったと思っているんだ。俺もあの人形の事を知らないのに衛兵に状況を説明しなきゃならないし、それが終わったら気絶したお前を運ばなきゃならなかったし、家に帰ったら親父に大目玉食らったんだぞ。…おい、聞いてるのかバイス。」


これでこの話は三周目である。

一度目は申し訳なさもあり相槌を打って聞いていたがさすがに疲れた。


「ああ、もちろんだアンバー、それで愛犬に噛みつかれてどうなったんだ?」


「お前、やっぱり俺に喧嘩売ってんだろ。」


やっぱりとはなんだ、前にからかうようなことでもしたっけ、などと考えるも思い出せない、まあいいか。


「俺も人形運んだんだぜ。要望通りあの商人からぱくった上等な布でくるんで運んでやったぜ、感謝しろよな。」


メイズは悪そうに笑って言った。

盗人を倒したはずなのにやっている事が盗人だった。


「ああ、本当にありがとう、メイズ。」


「なんだこの扱いの差は。納得いかねえ…。」


アンバーたちとからかいあったあといよいよ本題に入る。


「さて、それじゃあ話して貰えるんだろうな、あの人形の事を。あんな飛んだり跳ねたりする人形なんて初めて見たぞ。親父は傀儡くぐつがどうとか言っていたがあれは何なんだ?」


「ああ、話すと長くなるけどいいのか?」


二人とも熱心な顔をして頷いた。


「それじゃあ話そうか、僕と碧色、つまりは魔法と傀儡師くぐつしの事を。


まずは魔法というものについてだ、君たちも学校で習ったあれだ、貴族様なら使えるあれのことだ。

魔法を使えば火を起こしたり風を起こしたりすることができる。


しかし皆が使えるかと言われるとそうではないだろう。

学校時代に僕たちは生活魔法を習ったけど発動できる人なんて少なかったはずだ。

何が言いたいかと言うと魔力が少ない人であったり、魔力を上手く扱えない人が世の中の人の大半なんだ。

だから魔法を使える、とは一種のステータスであり、また人々の憧れになっているんだ。


由緒正しい貴族なんかは魔法を重んじていて、子供が幼いときから金と労力を惜しまず魔法の教育を施すらしい。

当然、平民にはそんなお金も環境もないため魔法を使えるようにはならない。

魔法とは言わば生まれ持って持っている才能と魔力を上手く使うための教育と努力があってこそのものであると言えるんだ。


話が少し逸れたね、戻そう。

簡単に打てて便利に見える魔法は発動するためにはいくつか順序を踏まないといけないんだ。

魔力を作り、集め、練る、それから始めて発動するんだ。


まずは魔力を作ることだ、これは普通体内の魔力を出すからそんなに大変じゃあない。


次に魔力を集めることだ。

魔力を意識して動かすから魔力操作なんて言わているけど、これが出来ない人が多い。

普通に僕らが生きてる中で魔力なんて意識していないからね。

魔道士じゃないと分からない感覚なんだ。

だけどこれも魔道士を雇って教育を受け努力すれば大半の人は出来るらしい。


最も厄介なのが魔力を練ることだろう。

属性魔法を放つには魔力の質をその属性のものに変えなければならない。

これを魔力を練ると言うんだが、こればかりは努力してもどうなる問題じゃあないんだ。

誰もがどの属性も使える訳では無く、その人が使える属性は生まれ着いた時その適正が決まってしまうと言われているんだ。


だから魔道士は水属性に適正が無ければどんなに頑張っても水魔法を使えないんだ。

これが簡単な魔法の仕組みだよ、まあ世の中には何事にも例外があるんだけどね。」


そう言って思い出すのはやはり大賢者だった。

あの人は全ての属性の魔法が最高位で使えるという噂だ、大賢者の名は伊達ではない。


と、ここまでしばらく話したが目の前の二人の反応は対照的であった。

アンバーはときどき頷いている、ちゃんと話に付いてきているようだ。

言葉遣いは汚いがラセットさんの息子なだけあって地頭は良いらしい。


対してメイズだが話に飽きたらしくシトルたちがお見舞いに持ってきてくれたお菓子を勝手に開けて食べている。


「なるほどな、魔力に才能、感覚、そして属性適正か。そりゃあ世の中に魔道士が少ないわけだな。」


「すごいな、今の少しの話だけでそれが理解出来たのか。」


「まあな、俺が頭良いってのもあるがお前の教え方も上手かったと思うぞ。学校の時なんて魔法を見せられてそれで使ってみろって言われたしな。」


そう笑うアンバーはいつか見た顔だった。

学校時代のアンバーはいつもこうやって笑っていたのを思い出した。


僕も教え方を褒められて嬉しいのだが、実は今の話は全部師匠から教えられたものだった。

子供のころの僕は堅物な師匠が怖かったため魔法や人形作りに関しては必死に覚えた。

それでも今の話を理解するのに一週間はかかったと思う。

なんだか負けた気がして素直に喜べなかった。


「ん、となるとバイスがこの前つかっていた傀儡術だっけか?あれは何属性になるんだ?」


「ああ、そこでようやく本題だ。僕の使った傀儡術は魔法学校で教えている分類では無属性魔法というものになっている。だけどそれは正しくは違う。傀儡術は魔法なんかじゃあないんだ、魔法を発動する前の段階、魔力操作を使ったものだ。」


チラリとメイズの方を見るとお菓子を食べてお腹がいっぱいなのか僕のベッドに突っ伏してすやすやと昼寝をしている。

というかお見舞いのお菓子全部食べやがったなコイツ。

アンバーの方に向き直り話を続ける。


「傀儡術とは魔力操作を用いて傀儡、僕の場合はあの碧色を動かすことなんだ。

当然あの碧色にも秘密があるよ。

まずは眼だね、魔石を二つのも使っているのには意味があるんだ。

一つの魔石は人形の操作に使い、もう一つは視界の確保に使っている、だから実は僕は碧色を操っていた時碧色の視界が見えていたんだよ。

あとは体にも秘密がある、魔力路とよばれる魔力を通す道を特殊な素材を使って作っているんだ。

複雑な道を作ることでそれに応じた複雑な動きが出来るようになるんだ。

ここらへんは魔道具の仕組みと原理は同じだね。

だから皆が魔道具を動かすように僕らは傀儡を動かせるんだ。」


「ちょっと待ってくれ。傀儡の仕組みについては何となく分かったんだが、それだと誰でもその人形を使えることにならないか?」


ちょっと考えたあとにそんな質問をしてくる。

まったく、これだから頭のいい奴は嫌いだ。


「ああ、だがそうはならないんだ。

さっきは傀儡を魔道具に例えたけど決定的に違うことがある。

それは魔道具は魔石に触れると発動する、という点だよ。

あれには魔力を吸い取る機能がついているから魔石に触れれば人の魔力を勝手に吸い取って火を起こしてくれたりする。

だから魔道士でもない魔力を持った人なら誰でも使えるんだ。

対して傀儡は違う、魔石を触ったからと言って魔力を吸い取り動いたりなんかしない。

あくまであれは傀儡師が動かさないと行けないものなんだ。

だから僕ら傀儡師は魔力の糸のようなものを作り出して傀儡の魔石に繋いで魔力を循環させることで初めて動かすことが出来るんだ。」


「それなら魔道士なら魔力操作を使えるからその傀儡術も出来るんじゃあないのか?」


「いい質問だな、だけどその答えは否だ。

魔力を糸のように伸ばすなんて簡単に言ったが、実際にやってみるとこれまた簡単なことじゃあない。

魔道士が魔法を使うを見たことがあるだろう。

彼らは大抵手の上に火を起こしたりしていたはずだ。

彼らは体の近くでしか魔力を操作出来ないのさ。

仮に傀儡の魔石に触れたとしても傀儡の中の魔力路を循環させることができない、だから魔道士には傀儡人形は操れない。

僕は生まれた時から特殊な魔力体質らしくてね、火や水といった属性適正がまったくないんだ。

代わりなのかは知らないんだが魔力操作だけは結構遠くまで伸ばせるんだ。

この才能があったから僕は師匠に拾われ人形師として、そして傀儡師として育てて貰えたんだ。

これが、僕の、傀儡師の全てだよ。」


そう、傀儡術もまた師匠から教わったものであった。

あの人の傀儡は僕なんかが比較にならないほど正確に、そして複雑な動きをしていた。


「ああ、何となくわかった。つまり俺には妖精人形は動かせないんだな、ちくしょう。」


アンバーはしばらく目をつぶり考えたあとにがっかりした顔でそう言った。


「なんだ、妖精人形を動かしたくて聞いてたのか。」


「そうだよ、俺も自分で作った人形を動かしたかったんだよ。まったく、期待させやがって。羨ましいぞ、コノヤロー。」


そう言って僕の頭をぐしゃぐしゃにしてきた。

どうにかベッドの上でアンバーの手から逃げた僕はメイズがいつの間にか起きてジッとこちらを見ているのに気づいた。


「どうしたメイズ、僕の顔にでもなんかついてるのか?」


「いや、ただアンタそんな顔も出来るんだなって思ってさ。人形について話してるときのアンタすっごい顔で笑ってたぜ、鏡でも見せてやりたかったぜ。」


無邪気にそんな事をいうメイズに少しイラッとした。


「お前、勝手にお菓子全部食べたんだからカゴをちゃんと店に返してこいよ。」


その後僕たちは騒がしくしすぎたのか妹弟子に三人揃って怒られた。

相変わらずの問題児っぷりだった。


そうか、笑っていたのか。

存外僕も変わっているのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る