第7話 人形泥棒と組合長

どうやらアンバーから人形泥棒の話を聞いたはいいが遅かったようだ、完全にしてやられた。


アンバーと別れ寄り道もせずに帰った僕が店につくとドアが半分開いていた。

妹弟子が学校から帰ってきてるのかと思いドアを開くと目に入ってきたのは酷い店の惨状さんじょうであった。


棚に置いてあるぬいぐるみはことごとく床に落とされ、カウンターの下にあった書類が散乱している。

書類の上には隠すつもりが無いのかくっきりと大きな足跡が付けられており、それは店の奥に続いていた。

開けっ放しにされたドアをくぐり奥の居住ペースに行くと、やはりこちらも荒らされていた。


そこで碧色の存在を思い出し急いで作業部屋をあける。

やられた、作業台の上に横たえたいたはずの碧色は消えていた。

碧色に新しい眼をはめたばっかりなのにとか、衛兵に連絡しないととか、妹弟子は無事なのかとか、いろんな考えが出てきてはこんがらがる、怒りやら虚無感やらで頭が壊れてしまいそうだ。


「あああああああああ!!」


とりあえず叫んでみた。

大丈夫だ、落ち着いた、よし冷静に行こう。


まずは状況の把握からだ。

裏口のドアが空いていることから犯人は正面の店のドアの鍵を壊して入り堂々と店内を物色した後店の奥に行った。

作業室で碧色を回収した後に裏口の鍵を開けて出て行ったようだ。


倒れた花瓶の水が少し乾き始めていることから犯人が去ってから時間が経ってしまっているのではないか、追跡は不可能だと考える。

他に取られたものがないか探すと置時計、人形作りの作業用の火を起こす魔道具、近所で買った安物のナイフなどが取られていた。

おそらく価値がわからないためめぼしいものを根こそぎ盗って行ったのではないか。


幸いにも作業室から地下の倉庫に続く扉は見つけられなかったのか開けられていなかった。

あそこに入っているものを持っていかれていたら僕はきっと気絶していた。


とそこで店の方で「ただいま〜。」という声が聞こえた、妹弟子が帰ってきたようだ。

妹弟子が襲われていないことがわかり安堵し、手短に状況を説明する。

妹は絶句し取られたものを伝えると泣きそうな顔になった。

それから衛兵を呼び行ってきます、と店を出ていった。


盗まれしまったものはしょうがない、などと諦めるつもりは毛頭ない。

やがてうちに衛兵と組合長であるラセットさんが来た。


「久しぶりだね、バイスくん。まさかこんな形で会うことになるとは思ってなかったよ。」


ラセットさんは髭を生やしたダンディーなおじさんである。

声も渋くてかっこいい。


「ええ、してやられました。見事に作成中の妖精人形を持ってかれました。」


「そうか、また盗難が起きてしまったか、これで西地区だけでも四件目だ。すまないね、組合としても冒険者を雇って巡回を行うことにしたんだが上手くいかなかったようだ。」


「いえ、うちが警戒しなかったせいです。最近出張で店を空けることが多かったのでそこから狙われたのでしょう。今のところ犯人に何か手がかりは無いですか。」


「残念ながら犯人は分かってないんだが、何件かの店を出た痕を見るとどうも東地区にむかっているらしい。あそこは街の外の人も多いから捜索も難航しているようだ。あとは足跡の数から強盗は二人、多くて三人と言ったところだろう。探しに行くのかね?」


「はい、碧色は僕の取っておきの妖精人形です。取られたままで何もしない訳には行きません。止めますか?」


「君はきっと言っても止まらんだろう、好きにするといい。ただ危なく感じたら逃げてくれ。」


「ありがとうございます。」


店の掃除をしてくれていた妹弟子にも声を掛けて店をでる。

東地区か、あそこは街道へ続く街の出口があり人の出入りが激しい。

冒険者ギルドもあるため冒険者や交易商人、観光客などが多い地区であった。

東地区に運ばれた人形がそのまま外に運ばれてしまえばもう何も出来ない、時間との勝負だと感じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「行ってくる。」と風のように出ていった兄弟子をフェリノは見送ったあと店の掃除に戻っていた。

行ってくる、とはどこに何をしに行くのやら。

兄弟子は相変わらず人形のことになると無我夢中になっているようだ。


やがて店の奥からラセットさんが出てきた。

依頼の受注や納品といった仕事は全てフェリノの仕事であったためラセットさんには度々あっていた。

フェリノが店に行くと美味しい紅茶を入れてくれたりお菓子を持たせてくれるため仕事でもラセットさんの店に行くのは楽しい。

そんな優しい上司を兄弟子は放ったらかしに行ってしまったらしい。

そんな兄の尻拭いも私の仕事だ、と思いラセットさんに謝る。


「いや、いいんだ。無茶をするのは若者の特権だからね。しかしまああの頑固な所といい人形のことだと熱くなることといい間違いなく師匠ゆずりだろうね。」


そう言うラセットさんは懐かしむように目を閉じた。


「おじいちゃんも熱くなることなんてあったんですか?」


師匠、おじいちゃんは無口で優しい人であった。

私たちの前で声を荒らげたことなど一度もなかった。


「ああ、あの人も人形のことになると熱くなってやり過ぎるんだ。そのせいで起きた事件も結構あるんだ。」


そう言ってラセットさんは楽しそうに師匠の昔話を始めた。

私は知らなかった師匠の一面が見れてとても嬉しくなった。

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