第6話 組合長の息子と学生時代

それからの僕は修理の依頼で外に出ることが多くなった。

どうやらこの前の商人の家の老婆が僕の修理の様子を周りに話してくれたらしく依頼が増えたのである。

いろんな家に行き、いろんな人形師が作ったいろんな人形を治す、それが意外にも楽しかった。


妖精人形とは言ったものの妖精を見たものなんていない。

だから人形師はおとぎ話の妖精をイメージして作る。

同じ妖精をモチーフにした人形でも造る人形師によって違う形をしており、それもまた面白かった。


その日も北地区の商人の家の人形を治した帰り道であった。


「ねえ君、バイスだろ。」


今夜の妹弟子の料理を楽しみに帰っているとそんな声が聞こえた。

バイスなんて珍しい名前の人が他にもいるんだな、などと思いつつも早足で帰る。


「おい、なんで早足になるんだ、止まってくれ。僕だ、アンバーだ。」


振り向くとそこには僕と同じで職人カバンを持った男が立っていた。

僕と違って体格が良いためシャツが似合っているのが少し悔しい。


「ん?ああ、久しぶりだな、お姉さんも元気?」


「…それ誰かと勘違いしてないかい、うちは一人っ子だ。人形師ラセットの息子アンバーだよ。本当に覚えてないのかい?学校で同じクラスだっただろう。」


「ああ、アンバーか、最初から名前を言えよ。」


「いや名前は最初から言ってたけどね。」


僕はラセットさんの名前でようやく思い出した。

ラセットさんとは僕の店のある西通りの店の組合長をしている偉い人形師である。


師匠が死んでしまったあと僕が店を開くときに大変お世話になった人である。

うちの店への依頼などは組合を通されて行われいるため実質的な上司でもあった。

そんな大恩人の人形師の息子が目の前で苦笑しているアンバーである。


僕は学校時代は人と関わらず居眠りと人形弄りをして過ごしていたためクラスメイトなんてほとんど覚えてないが、どうやら彼はクラスメイトだったらしい。


「相変わらず人には興味がないんだね。それにしても外で会うなんて珍しいね、君もコンテストの手続きに行ってたのかい?」


「ああ、もうそんな時期か。違うよ、修理に出向いていたんだよ。あと僕は今年もコンテストにはでるつもりがないよ。」


コンテストとは収穫祭前に行われる妖精人形の展覧会みたいなものである。

人形師は趣向と労力を凝らした人形を作りこのコンテストで発表する。

この展覧会は街の人が見に来るため、その後の収穫祭の妖精人形の売上を左右するものであった。


「ならいいんだ。バイスはこの前の組合会議に来なかったから知らないと思うけど、コンテスト用に作られた人形を狙って盗まれる事件が何件か起きてる。一応用心しておいてくれ。」


コンテスト用の人形はどれも力の篭もったものばかりである。

宝石を身に纏う人形や魔道具を使って光る人形など面白いものも多いため、僕も見るのを楽しみにしている。

中には高価な素材を使ったものもあるため盗まれてしまったのだろう。

うちは魔石といった高価なものは必要な分を除いて銀行屋に預けてある。

コンテストに出るにしても盗まれることはなかっただろう。


「あと父がたまには顔を見せにきてくれ、だってさ。気が向いたらうちに遊びに来てよ。」


アンバーと別れ家に帰る途中に学生時代のことを思い出していた。


どうも記憶にないと思っていたがそれもそのはずだ。

学生時代のアンバーはこんな話し方でもこんな性格でもなかった。

あんな丁寧な言葉遣いなどしてはいなかったはずだ。

言葉は乱暴で喧嘩はするわの問題児であった。

学校を卒業してからもうしばらく経つ。

アンバーにもいろいろあって変わって行ったのだろう。


そこでふと思う、僕は変われているのだろうか。

子供の頃の僕は感情が薄い子供であった。

人並みに笑わないし、人並みに泣かない。

大人からは大人しい子だと思われ、同じ子供には不気味だと敬遠けいえんされた。

時には人形みたいだと言われたこともあった。

今は昔ほど酷くはなく、笑ったりすることも増えた。

ただ変われたかと言われると素直に首を縦に振れない自分がいた。

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