第5話 帰り子の妖精

さすがに二週間の頑張りだけでは銀貨14枚は稼げなかったらしい。

それからも度々たびたび入る依頼をこなして行った。


その日も商人の家に妖精人形の修理を依頼されて向かった。

いつもの店で着ているだらけた格好とは違い、シワのないシャツにベストを羽織はおり背筋を伸ばして歩く。


どうも相手は商人のなかでも名家の家らしく妹弟子からくれぐれも失礼がないようにと釘を刺されていた。

入口のドアをノックすると老年の執事が出てきて確認をされる。

執事について行き長い廊下を歩き、向かい入れられた先で待っていたのは木の椅子に座った優しそうな老婆であった。


いま僕らのいる部屋はおそらく居間なのだろう。

季節的に使われてない暖炉や中背の棚、机、四人分の木の椅子が置いてある。

部屋は名家というわりには狭く、派手でない装飾が所々に施されており夫婦の性格が見て取れた。


夫婦には娘さんがいるらしく、彼女がまだ子供であった頃にうちの師匠に妖精人形を依頼して作ったらしい。

娘さんがやがて大人になり余所に嫁いで行くと家に残されたのは夫婦と人形であった。

それからも長い年月を夫婦と共に過ごした人形は傷ついていた。

それを可哀想に思ったお婆さんが、昔依頼した人形師の弟子の店があることを偶然知って依頼をしてくれたらしい。


「診て欲しいのはこの人形なのですが…。」


「はい、拝見させていただきます。」


その妖精人形は棚の上に飾られていた。

大きさは人の膝丈程度のものだった。

緑の帽子と青い眼からその人形が “かえの妖精” をモチーフにしたものだと一目で分かる。

“帰り子の妖精” とはこの街に伝わる妖精のおとぎ話の一つであった。

その内容はこうである。


ある時街へ続く道で親とはぐれてしまった子供が迷子になってしまう。

親も街の人も必死に探すが見つからず三日ほどたった頃に急に街の中に子供が現れる。

諦めかけていた親は大層喜び、また急に街に現れたことに驚いた。

親が聞くと子供は、くすくす笑う声が聞こえる方に歩いてたら街に着いたと言ったそうだ。

それを街の人は妖精の笑い声といい、その妖精を“帰り子の妖精”と呼ぶようになったのだと言う。


実際には街の周りに栽培されている砂糖の原料であるシシクワズを風が揺らしその音が笑い声に聞こえたのだ、などという人もいる。

何はともあれ帰り子の妖精の人形は、旅の安全を願うものであったり、子供にプレゼントされるものであったりと、贈呈用ぞうていように人気の高い人形であった。


飾られている人形は年季が入っていてボロボロであった。

肌の塗装は所々剥げており、その服や帽子はあて布をして継いである所もあった。


長年棚に置かれているはずなのに埃が積もった様子は無いことから、この人形が大事にされてきたことがわかる。

帽子を外し人形の顔を見て僕は確信する。


(ああ、見間違えようがない、この人形は師匠の作ったものだ。)


その凛々しくもどこかあどけなさを感じさせる顔は僕が何百、何千回も見てきた顔であった。

なんだか古い友人に会えた気分になり、僕も嬉しくなる。


するとそこで人形の靴に削れたような後があるのに気づく。


「その靴なんだけどね。娘がまだ背が低いのに人形の手を持って外を歩いてたものだから足を引きづってしまって削れてしまったの。治せるかしら。」


靴の傷を観察しているとお婆さんが説明してくれた。


「ええ、大丈夫です。このくらいなら今日持ってきた道具で修理できそうです。…そうですね、半日ほどかかると思います。どこか空いている部屋をお借りしても構わないでしょうか。」


「それならばこの部屋を使ってください。もし何か必要なものがあれば仰ってください。それと、宜しければ私たちも治している所を見ていていいでしょうか?」


「もちろん構いません。見ていてもらった方がこの娘も嬉しいでしょう。」


人前で修理をすることなんて初めてだった、少し緊張する。

さっそく布を広げその上に人形を横にして置き、その横に道具を並べて行った。


まずは人形が着ている服や靴を丁寧に外した。

人形の本体や靴は黒曜樹と呼ばれる硬い上に軽い木材で作られていた。

この木は関節部のすり減りが少ないので師匠が好んで使っていた素材であった。


手や足と言ったパーツを外していき並べる。

まずは肌の表面にある残っている塗りの層をナイフで丁寧に剥がしていく。

この時素材の黒曜樹を傷つけないように注意が必要である。

やがて剥がし終えると黒曜樹の木目が顕になった。


次にやるのは傷埋めである。

傷がついて塗装が剥がれた部分には下の黒曜樹まで削れている所がある。

そういった所に傷埋め用の樹脂じゅしを塗っていく作業だ。


この樹脂は固まるまで少し時間がかかるのでその間に靴の修理に移る。

靴の削れた底は持ってきた黒曜樹の木材で補強することにした。

おおよその形に削った木材を靴の底に合わせては形が合うようにさらに削っていく。

やがて出来た薄い木材を木材用の接着剤で靴の底に接着させる。


そしてまた接着が安定するまで時間がかかるので本体の修理にもどる。

固まった樹脂の肌からはみ出た部分をナイフで丁寧削り取る。

表面が滑らかになったことを確認し下塗りを行う。

この塗りを行うことで直接木材に塗料の乗りが良くなり、剥がれにくくなるのだ。

均一に塗れるようにと下塗りをしては布で拭いてを繰り返す。


次に行うのが本塗りと呼ばれる肌の色を塗る工程である。

そして何よりも神経を使うのが塗料の色作りであった。

肌の色が変われば人形のイメージも変わってしまう。

色が極端にちがければ老夫婦はこの人形を同じ娘として見れなくなってしまうだろう。

また塗料は乾いた後と乾く前とで色が変わってしまう、乾いたあとの方が薄く見えるのだ。

削りとった塗料を参考にしていくつかの塗料を調合していく。

ムラができないように丁寧に塗っては乾かす。

最後に塗料の上から保護剤を塗ると体は完成だ。


その後も僕は黙々と修理をしていった。

服と帽子も新しくしてあげたいが僕には裁縫が出来ないため採寸だけして妹弟子に任せることにした。


「終わりました。」


修理が終わったのは日が傾きかけた頃であった。

目の前には傷が一つも無くなった帰り子の妖精人形が横たわっていた。

うん、自分で言うのもなんだが上出来である。


長い間僕が作業している様子をお婆さんと執事はとても興味深そうに見ていた。

やがて完成した人形を見て「まぁ、可愛らしくなったわ。」と満足そうににっこり笑った。

その様子を見た僕もまた満足であった。


その後の夕飯の誘いを丁寧に断り商人の家を出た頃には日が暮れていた。

その日の夜ご飯は僕の好物のシチューであった。

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