第3話 勝気な冒険者としっかり者の妹弟子
目の前にはこちらに鋭い目を向ける若い冒険者が一人いる。
「それじゃあ銀貨12枚で…」
「おいおい冗談はよしてくれよ、ここからはるか遠くでしか狩れないシードレイクの魔石だぜ。ギルドが買い取りたいと言ってきたのを断って、アンタの方が高く買ってくれると言うからわざわざ持って帰ってきてやったんだ。銀貨15枚くらいが
「そんな支払ったらうちが破産していまうよ。銀貨13枚と大銅貨10枚でどうだ。」
「少し待ってオークションにかければそれくらい簡単に行くだろう。銀貨14枚だ、それ以下は有り得ないね。」
目の前にはシードレイクの魔石が二つ揃って置かれている。
こちらの要望がよく分かっている、丁寧に布に包まれて持ってこられたその魔石には傷一つない。
大きさにも文句はなく何より二つ揃っているところが嬉しい。
ギルドで買い取るなら銀貨12枚と言ったところであろう。
魔石の値段にしては破格の高さだが優秀な水系魔道具の核になりうるものだ、需要はあるだろう。
定期的に開かれている街のオークションにかければ銀貨13枚、下手したら15枚、16枚に届くかもしれない。
そう考えると銀貨14枚は納得のいく金額であった。
そしてなにより注目すべきは何よりもその色だった、水の魔力を纏うというシードレイクともある。
その魔石は光に当てると濁りのない深い青色を映した。
まさに碧色にイメージしていた眼の色そのものをしているのである。
喉から手が出るほどに欲しいとはこのことであった。
とはいえ金額が金額である。
銀貨一枚あれば大人が一月の間美味しいものを食べて暮らせる、と言えばその高額さが伝わるだろう。
前回見た銀行に預けてある店の貯金が銀貨20枚くらいだったはずだ。
決して買えない値段ではないのが苦しい。
海の魔物は気性が大人しく、大抵の場合で人に見つからない所に住んでいると聞いた事がある。
このシードレイクも
今を逃したら次に入るのは一体いつになるか分からない、そう考えるとこれはチャンスにしか思えなかった。
(…うん、たしか師匠も素材にはこだわれと言っていたしな。)
「分かった、銀貨14枚で買おう。その代わりまた良い魔石が入ったらうちに
激しい葛藤の末に話す僕に対し、若き冒険者メイズは喜びを隠さなかった。
「毎度あり!いやぁ、わざわざ街に持って帰ってきたかいがあったぜ。」
小切手に金額を書き込みサインをした後に渡す。
これで後で僕が銀行に申告しに行くとメイズが僕の口座からお金を引き下ろせるようになる。
早速魔石を手に取りじっくり観察する。
ああ、なんて素晴らしい、その深い青はさながら海の底を覗き込んでいるようであった。
これなら金貨1枚と言われても借金をして買ってしまっていたかもしれないな。
「相変わらず人形のことになると性格変わるなアンタ。」
魔石を眺めてうっとりしていると、引き気味にメイズが言う。
「そうか、自分では変わらないと思うんだけどな。にしてもお前もだいぶ強くなったんじゃないか。シードレイクなんてベテランが倒すような魔物じゃ無かったかたしか。」
そう言うとメイズは照れたように頭をかいた。
「まあな!…って言っても今回は先輩方に着いて行っただけなんだけだ。いやぁ、大変だったぜ。なにせ海の上で戦うんだ、オレの剣なんて役に立たなかったよ。船の上から魔法で弱らせた後に大弓で一気に仕留めるんだ。シードレイクは海の中だから逃がさないように縄をかけるんだけど抵抗しようとしてもがくもんだから船が凄い揺れるんだ。」
戦いを思い出しているのか話をしながらだんだん興奮していく。
大変だったなと言う割には楽しそうに話すあたりやはり冒険者だ。
メイズは謙遜したが狩りに連れて行ってもらえるからには若手の中でも期待されているのだろう。
「おっ、いけねぇ。祝勝会が始まっちまうぜ、そろそろ行くわ。」
それから小切手を掲げ「確かに頂いたぜ」と言い店を去っていった。
残された僕は手に入れた魔石を眺めながら妹弟子への言い訳を考え初めた。
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今更ながら言うとうちの店は僕ことバイスと妹弟子のフェリノの二人で経営している店だった。
フェリノは僕と同じく師匠に拾われた孤児であり師匠が死んでしまったあとは二人で力を合わせて生きてきた。
そんな妹弟子だが人形師である前にまだ学生である。
そのため学校のある日は僕が店番を担当し、それ以外の日の店番をフェリノが担当していた。
人形造りにおいては僕が裁縫が苦手ということもあり、普段の店に並ぶぬいぐるみ人形は全てフェリノが作成していた。
装飾用や贈呈用に依頼された妖精人形が僕の担当であった。
また注文の受注や売上の管理などといった事務仕事はもともとは僕がやっていたが、赤字やら未納品やらで問題を起こさない事の方が少なかった。
どうやら僕は計算や予定管理と言ったものが苦手らしい。
これもまた最近になりしっかりしてきたフェリノが担当していた。
ついでに言うと学校から帰ってきた妹弟子は家事洗濯、料理までしてくれる。
何が言いたいかと言うと、僕は妹弟子に頭が全く上がらないのである。
結果から言うと銀貨14枚の大買い物は優秀な妹弟子にあっさりとバレた。
どこか引き
都合の良い言い訳などそうそうに思いつくわけが無かった。
沈黙が続きやがて間に耐えきれなくなった僕がいよいよ床に頭を擦りつけようかと考え始めたときため息が聞こえた。
顔を上げると諦めたようなフェリノの顔があった。
「兄さん、別に私は怒ってはいませんよ。貯まったお金も元はと言えば兄さんの妖精人形の売上が大半です。そのお金で学校に行かせて貰っている身としてはどう使おうが文句はありません。」
嘘だ、絶対今怒っていた。
そう思うとこちらを見る目がキッと鋭くなったので上げてた頭をまた下げる。
「…ただ時期を考えてください。今はまだ収穫祭まで月日があるとは言え、あと三ヶ月もたてば収穫祭で売る妖精人形の準備を始めればならないでしょう。あのお金はその材料の魔石を買うためのものも入ってたんですよ。ああ、これでは今年はお客さんに笑顔になって貰えませんね。」
今更ながら自分のしてしまったことの大きさに気づく。
メイズに謝って返品してもらうことを一瞬考えたが無理そうだった。
僕の手はすでに魔石に布を被せ妹弟子の視界から隠すように後ろに置いていた。
その一連の動作を妹弟子はしっかりと冷たい目で見ていた。
「とはいえ兄さんの妖精人形にかける熱意は知っています。魔石の返品などはしてくれないでしょう。」
さすがは妹だ、僕のことをよく分かってくれている。
余裕があるあたりまだ何か考えがあるらしい、うちの妹は頼りになる。
「ないものは仕方ありません、納期が遠いため保留しておいた依頼がいくつかあります。それらをこなせば魔石を買える分くらいにはなるでしょう。」
そう言った妹弟子は先程までよりも一層の笑顔であった。
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