第2話 賑やかな街と店籠もりの人形師

大賢者が街に訪れたのはちそれからょうど一週間後のことであった。

街の中心を通る大通りなんかは大賢者を一目見ようとする人であふれかえっていた。

出店でみせが立ち並び客引きをしており、さながらお祭りのようににぎやかであった。


バイスはというと街の様子などお構い無しと言わんばかりに、店にもって人形作りに没頭していた。

やがてお昼ごろになると店の奥に行き棚から白いパンを取り出すとバターをベッタリと塗り大きな口で頬張ほおばった。

食事中もその目は作業中の人形の部品を凝視ぎょうししており、どこか納得の行かない顔であった。


「美味しそうじゃの、ワシにも一つ分けてくれんか。」


いつからいたのだろうか、気づくと隣には白髪の老人がのこちらを覗き込んでいた。


「驚かせないでください。魔法でも使ったんですか。」


そう言いパンとバターの入ったカゴを老人の方に差し出す。


「ホッホッホッ、若者を驚かすのはい先短い老人の数少ない趣味なんじゃよ、すまんの。しかしながら魔法など使っておらぬよ。ワシが入口から入ってきたのに気付かぬほどお主は集中しとったわ。」


そう言うとバターをこれでもかと塗ったパンを口に入れ、「ホッホッホッ、たまにはこういう食事も悪くないのお。」、などと笑う。

とても老い先短い老人には見えない。


「それにしても今回は賑やかな来訪でしたね」


仕返しに皮肉を込めて言うと白髪の老人、大賢者様は苦味を潰した顔をした。


「いやあ、失敗したわい。出向いた先の領主との話でフットラックのお菓子の話になっての。そやつがここの領主と知り合いだったようでワシがこの街に寄ることが伝わってしまったようじゃ。賑やかなのは嫌いでは無いんじゃがこうなってしまうと来づらくなるの。」


それもそのはずである。

今目の前で二個目のパンを頬張っている大賢者は大陸随一の大魔法学校の校長である。


この学校には大陸中から魔法の才能を持った子供たちが集まってくるため入学試験の倍率は非常に高い。

幼少時から魔法の英才教育をほどこされた貴族でさえ、ざらに落ちることで有名だった。

我が子を魔法学校に入れたいと思う貴族や商人は決して少なくはないだろう。


ただでさえ彼自身の逸話いつわでファンが多い大賢者様である、繋がりを持ちたいと思う貴族たちがその機会を逃すはずなど無かった。

そう考えると慌ただしく歓待の準備をした領主も街の様子も納得がいった。

この人はこんな小さな店にいていい人物ではないのである。


その大賢者様がなぜこんな小さな店にいるのか。

それを話すには僕の師匠であり親代わりでもあった人形師グレイスについて説明しなくてはいけない。

人形師グレイスは一言で言うならば無口で頑固な職人であった。


人形師のくせに店を持たず、人と関わることを極力避けていた。

当時孤児であった僕の才能を見出し弟子にしたあとも、僕に人形作りを言葉で教えることは少なかった。

僕は彼の作る姿を必死に見ては技術を盗んでいったのだ。


そんな師匠は大賢者の親友だったようで、本人が老衰ろうすい呆気あっけなく死んだ後も大賢者様はこうして懐かしみ家に遊びにくるのだ。

僕としては子供のころから家に遊びにくる老人、という認識であり、大賢者というのも後から知ったのだ。


「にしても綺麗な球体の魔石じゃのう、これは人形の眼かの?」


「そうです、遠くからバジリスクの魔石を取り寄せてみて加工したのですがどこか納得がいきません。これから人形にはめ込むので見てもらってもいいですか?」


「ああ、もちろんじゃとも。」


僕が午前を使って加工していたのは妖精人形の眼になる魔石であった。

送られてきた魔石を球体になるように加工したのだがどこか納得が行かない出来だった。


僕は魔石を店の奥に持っていき大事に置かれた妖精人形の眼にはめた。

この妖精人形の名前は碧色あおいろといい僕が三年ほど前から作っている特別な妖精人形だった。

最高の素材を集め、僕が一から設計した、言わば僕の全力をつぎ込んだ作品であった。


碧色はおよそ人の子供くらいの大きさがある人形である。

その顔は子供らしさを感じさせるあどけない表情をしていた。


「うむ、相変わらずいい顔をしておるわ。優しく笑っているように見えるの。うーん、しかしどこか表情がぎこちなく感じるの。」


「やはり目なのでしょうか。」


「そうじゃのう、どこか目がアンバランスに感じるの、うむ、そんな気がする。」


「そうですか。ありがとうございます。」


人形は見る人によって表情を変えると言う話がある。

人形の大きな眼を一つとってもぱっちりして可愛いと言う人もいれば不気味に感じる人もいる。

自分が良い出来栄えだと感じても人には不格好にうつることがたまにある。

だから時々こうして店に来た人に感想を聞く事で自分の感覚との整合性せいごうせいをとっているのである。


それから大賢者は孫自慢の話をしたり街の菓子屋の話をしたりとたわいない話をして店を出ていった。

あの人が来るのはいつも唐突であり、来る時期もまちまちであった。

次にあのお茶目な老人に会うのは1ヶ月後か、はたまた一年後か、僕は再開を楽しみに思うのであった。


しばらくすると表の大通りのほうで歓声が聞こえた。

イタズラ好きなあの人のことだ、街の人の前で魔法の一つでも披露ひろうしたのだろう。

そう思いつつ僕は作業に戻って行った。

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