妖精人形は笑わない
焼芋屋与平
妖精人形は笑わない
第1話 お菓子の街の人形師
王国西部に位置する都市フットラック。
砂糖の生産で栄えたその街はお菓子の街として有名であった。
街の良質な砂糖を原料としたお菓子は王国の国内外に高い人気があり、お菓子を目的に街を訪れる人は少なくなかった。
またこの街には昔から妖精のおとぎ話が多く語り継がれてた。
秋の収穫祭では家に妖精を模した人形を飾るこの街独自の風習があり、街には人形師と呼ばれる人形を作る職人が少なからず住んでいた。
西通りで小さな店を構えた青年バイスもそんな人形師の一人であった。
今はまだ秋の収穫祭まで半年ほどあり、店の棚には妖精を模した妖精人形だけではなく子供向けのぬいぐるみ人形も多く並んでいた。
時刻はすでに夕方であり、今日の売れた分の人形を補充し終えた青年は椅子に座り窓の外を眺めた。
昼過ぎくらいから雨が降っており一向に止む気配がない。
店は大通りに面している訳でもなく加えてこの天候ではもう客は来ないだろう。
そろそろ店を閉めてしまおうかと考えていたところでドアをノックする音が聞こえた。
「はーい、空いてますよー。」
慌ててドアを開けて招き入れると目に入ったのは知った顔だった。
「なんだ、シトルか。」
外套を畳んで入ってきたのは近所のパン屋の娘であるシトルであった。
学校の時の同級生であり、今でもバイスに気軽に接する数少ない友人の一人であった。
「なんだとはなにさ、僕がパンを持ってこなければ君たちは飢えて死んでしまうんだよ。」
「飢え死にはともかくとしてこんな雨だから買い物に行くのは
「そうだよそうだよ、もっと感謝してくれたまえ。」
シトルはおどけた調子でそう言うと持っていた布の包みを解いてカゴを差し出してくる。
いつもうちで食べてるパンはシトルのパン屋で作られたものである。
雨の日なんかはこうして店のパンを濡れないように目の細かい布で包んで届けに来てくれていた。
受け取ったカゴの中にはいつもの白いパンの他に小くて丸いパンが入っているのに気づく。
「おい、なんだこの小さいのは。頼んだ覚えがないぞ。」
「いいんだよ、いつも買ってもらっているおまけさ。うちで新しく売り出すことになったやつだ、試しに一つ食べてみてくれ。」
そう言われるとちょうど小腹が空いていたので一つ手に取ってみる。
見た目はいつものパンを小さくしたものだが少し重たい。
パクリと一口で食べてしまうと中から出てきた甘い実に思わず顔を顰める。
「おい、これなにか中に入っているだろう。」
「そうだよ、アンコって言って豆を砂糖で煮たものだよ。最近王都の方で作られ始めたものがこっちに流れてきたんだ、悪くないだろう。」
そう言うシトルの顔はとても楽しそうだ。
こいつ、分かってて食わせたな。
「ああ悪くは無い、悪くはないが好んで食べようとも思わないな。」
僕はこのお菓子の街に住んでいてなんだが甘い物が苦手だ、食べれないわけではなく苦手だった。
甘い物を食べたあとのあの感じがなんとも嫌で食べるのを避けているのだ。
口に入れてしまったものはしょうがない、水で流し込んでしまおう。
「あと何個か入っているけどダメそうならフェリノちゃんにあげちゃってよ。」
「そうだな、あいつならたぶん喜んで食べるだろう。にしても豆か、面白い事を考えるな。豆なんて煎ってツマミにするかスープに入れるもんだとばかり思っていたな。」
「そうだね、世の中面白い事を考える人もいるもんだ。バイスくん、そう言えば知ってるかい。近々あの大賢者様がこの街に訪れるらしいんだ。街は今この話題でもちきりだよ。領主様も忙しそうに歓待の準備をしているらしい。」
そういうシトルは少し興奮してた様子で話した。
気持ちが分からないでもない。
大賢者シナバー=クレーバー。
この大陸にいてその名前を知らないものなど居ないだろう。
大陸随一の大魔法学校の校長にしてその最高位である “大賢者” である。
今では高齢の老人だが、若かりし時にはドラゴンを討伐したり大迷宮を踏破したりとその武勇伝は少なくない。
まさに今を生きる英雄であった。
子供の頃なんかみんな大賢者に憧れた時期があった…らしい。
少なくとも僕は違った。
「大賢者様がねぇ、なんでまたこんな街に来るのかね。」
「どうにも大賢者様はお菓子が大好物らしいよ。」
「へぇ、偉い人でもお菓子は食べるんだな。」
そう適当に返事をしながらパンをカゴから棚に移し、シトルにカゴを返した。
それからいつも通りパンのお代を支払うと「毎度あり。」と言い残し雨の中を楽しそうに帰って行った。
ドアの外を見ると雨は少し弱くなっていた。
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