一人の女冒険者の独白(後編)

   

「うん。愛してるよ」

 私は、自分の耳を疑った。

 だから。

「えっ?」

 私の口から、驚きを示す言葉が飛び出してしまう。

 正直。

 ナッツから愛を囁かれたら、悪い気はしない。ちょうど「ロマンチックな気分になってきた」なんて思ったばかりのタイミングだ。

 でも。

 私に愛を囁くナッツを想像するのは私の自由だが、どう考えても、それは想像――いやむしろ妄想――に過ぎない。それくらい、私にもわかっていた。そう思っていた。

 それなのに……。

 あのナッツが、今。

 私に対して「愛してる」なんてストレートな言葉を!


 もしかすると。

 私と同じように、ナッツも『そんな気分』になったのだろうか。

 その結果、私たち二人の関係を一歩、前に進めようという気になったのだろうか。

 だとしても。

 たとえその気になったとしても、ナッツは行動力に乏しいはず。お互いの気持ちを確かめ合った後で、実際に仲を深めるためには、私の方が積極的にならないと……。


 ところが。

 そう考えた私の予想をはるかに飛び越える言葉が、ナッツの口から放たれるのだった。

「ねえ、シェリー。そろそろ、性的関係を持ちたいな」

「……!」

 先ほどとは比較にならないくらい、びっくりした。驚いて息が止まる、というより、頭の回転が止まる感じだ。

 よく見ると、ナッツの顔には、意味ありげな作り笑顔が浮かんでいる。

 まあ『性的関係』なんて言葉、普通の顔色では、話題に持ち出せないだろう。今まで私とナッツは、色恋沙汰の話も、軽い猥談もしたことがない。そういう間柄のはずだった。

 しかし。

 サプライズは、まだまだ終わりではなかった。

 さらにエスカレートしていく。

 続いて彼は、私に対して、こう言ったのだ。

「すぐ終わるような、たやすいことだよ」


 すぐ終わる、ですって?

 たやすいこと、ですって?

 何が、と尋ねる必要はないだろう。彼の口調には、とってつけたような響きがあったのだから。先ほどの『性的関係』を補足する言葉であることは、明白だったのだから。


 仮に、百歩譲って。

 お互いがお互いを愛し合っていると確信できたのであれば。

 彼とそういう関係になるのは、私もまんざらではない。この一年間の付き合いを考えてみると、私の心の中に「彼に操を捧げてもいいかな」と思える部分もある。

 でも。

 それは「愛を確かめ合う」という大切な行為だ。間違っても「さっさと終わらせたい」とか「簡単なこと」とかではない。そういう見方をするのは、私が大っ嫌いな、チャラチャラした遊び人タイプの男たちだろう。

 ナッツは、そんな人間ではない。私は、そう思ってきた。だからこそ、彼を相棒としてきたのだ。

 それなのに……!

 私の胸の中で、やるせない気持ちが爆発した。

 スクッと立ち上がった私は、自分でも何をしているか自覚もないまま、彼の横っつらを引っ叩いていた。

「ナッツ! 今夜のあなたは……」

 自分が何を言っているのか、それもわからなかった。たぶん恨みつらみの言葉だったのだろうが、それらは、勝手に私の口から溢れていた。

「……私、帰る!」

 最後にそう言ったことだけは、自分でも理解できた。

 だから。

 その言葉通り、私はナッツの部屋を後にした。


 バタン!


 わざとらしいくらいに大きな音を立てて、部屋の扉を閉めた時。

 自分の胸の内にある感情が何か、私は気づいた。それはナッツに対する怒りや憎しみではなく、むしろ自分自身に対して向けられたものだった。


 一年間、私は何を見てきたのか。

 ナッツという男を、私は見誤っていたのか。

 彼の人柄を好んで、相棒にしていたはずなのに。

 自分の見る目のなさを思うと、悲しくなってくる……。


「情けない話ね……」

 思わず口から出た言葉が、フィードバックして。

 私は、ますます惨めな気持ちになった。

   

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