月見ケーキ ――翻訳係が無能女神だった件――
烏川 ハル
一人の女冒険者の独白(前編)
「ふふふ……」
思わず、私の口から、そんな声が漏れた。
「……?」
目の前の彼が、不思議そうな表情を見せる。
当然だろう。私自身、理由がわからないのだから。
今、こうして。
私と二人で、自室で酒を酌み交わしている彼。
私と同い年なのに――私と一ヶ月しか違わないのに――、童顔のせいで、私より三つは年下に見える彼。
名前はナッツ。私の相棒だ。本当はもっと難しい名前らしいのだが、この世界――ヴルガーテ・ワールド――では、そう呼ばれている。
そう。
わざわざ『この世界では』と言ったように。
彼は、あちらの世界から来た人間。いわゆる転生者なのだ。
私たちとは別の世界で、不慮の事故により若くして命を落とした者たち。そして神様の慈悲により、ここヴルガーテ・ワールドで第二の人生を送ることになった者たち。
それが転生者だ。
たいてい彼らは、この世界では、冒険者として暮らすことになる。
私がナッツと出会ったのも、冒険者ギルドだった。
ちょうど今から一年前の出来事だ。
当時まだ駆け出しの冒険者だった私は、それまでのソロ活動に限界を感じ始めていた。それを冒険者ギルドの窓口で漏らしたところ、
「ならばパーティーを組んでみては?」
ということで引き合わされたのが、ナッツだったのだ。
その際、ナッツの他にも二人――こちらは両方とも生粋のヴルガーテ人――を、紹介されたのだが……。
その二人は、三日もしないうちに、パーティーから離脱してしまった。
おそらく。
二人は、転生者であるナッツの特殊能力が目当てだったのに、それが期待外れだったから、さっさと見切りをつけたのだろう。
転生者の特殊能力。
神様から転生特典として与えられる、常人にはない不思議な力。
ナッツのそれは『ザ・トランスレイター』と呼ばれる技能だった。
彼は、モンスターの言葉を理解できるのだ。
「それは凄い!」
そう思われるかもしれないが、ちょっと待って欲しい。
もしも「モンスターの考えが読み取れる」ならば便利だろうけど、そうではないのだ。
例えば「あのモンスター、左から回り込んで攻撃してくる! 狙いは僕だ!」みたいな感じ……とは、まるっきり違う。
モンスターが声に出してくれない限り、意味がない能力なのだ。
しかも。
どうせ戦闘中のモンスターなんて、たいした言葉は口に出さない。
私たち一般人には「ガルル」とか「グルル」とかの唸り声にしか聞こえないのが、ナッツには「この野郎! いてえじゃねーか!」とか「なめた真似しやがって! はっ倒すぞ!」とかに聞こえる。その程度だった。
これでは、あまり戦闘の役には立たない……。
でも。
そんなナッツが気に入って、私は、彼と二人で冒険を続けている。
いや、冒険だけではない。
こうして夜、二人で一緒に酒を楽しむくらいに、私は彼とウマが合っているのだ。
もちろん、毎晩いつも晩酌する仲、というほどではない。
今日は特別だ。
私としては、出会って一年の記念日という意味もあるのだが……。おそらく彼の方には、そんな感傷的な気持ちは、全く存在していないと思う。
今夜の二人だけの飲み会は。
彼にとっては、故郷の風習を真似たもの。いわゆる『お月見』なのだ。
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