第44話 9回表 金二郎のリード
9回の表、八千代吉田学園の攻撃は打順良くトップのデルゾ瑠偉からだ。
(…1点差をつけられて最終回だからな、コイツはとにかく何としても出塁したいと考えてるはず…セーフティバントもあるか !? …)
キャッチャーマスクの中から金二郎は右打席に立った褐色のしなやかな体躯の打者を観察しながらぐるぐる考えを巡らせていた。
…球雄に要求した初球は外角スローカーブ、それもボールになる球だった。
予想通りデルゾ瑠偉はセーフティバントの構えを見せたが、途中でバットを引いて見送った。
「ボール!」
球審がコールする。
(やっぱりな…!それなら、2球目は振らせるぜ !! )
金二郎の次球の要求はインコースのツーシームだ。…球雄は正確なコントロールで内角いっぱいにキレの良いボールを投げて来た。
デルゾ瑠偉は詰まるのを恐れてバットのヘッドを身体の前で回して打ち返すと、打球は三塁線を大きく切れて行くファウルになった。
(よし、じゃあ次は魔球でビビらせる!)
マウンドの球雄は、金二郎のサインにあっさり頷き、キッチリと魔球を投げて来た。…デルゾ瑠偉は思わず後ずさりするように身体をひねって顔面に向かって来た球をよける仕草を見せたが、もちろんボールはストンと落ちて内角ストライクゾーンに構えた金二郎のミットに収まった。
「ストライ~ク !! 」
球審のコールにデルゾ瑠偉も驚く。
(…よし、間髪入れずにさっさと決めるぜ!)
金二郎はボールを素早く球雄に返すと、4球目のサインを出した。
球雄の投げたその4球目は、外角に落ちるチェンジアップだった。低めのボールゾーンまで落ちる球にデルゾ瑠偉のバットは空を切り、三振に仕留めた。…思わず金二郎は捕球後小さくガッツポーズを見せる。
「OK!ワンナウト~ッ !! 」
…内野の球回しをしながら東葛学園チームの意気が上がる。
そして右打席に二番打者、伴利雄が入った。
(…コイツはくさい球をカットして粘りながら球数を投げさせる奴だったな…!それなら小細工出来ない責めで行くか !! )
伴利雄をじっくり見た後の金二郎の要求は内角膝元へのカットボール。…球雄は正確に初球を投げて来て、伴は見送りストライクの判定。
…2球目は同じ内角膝元へツーシームを要求。伴は打ちに来たが、ボールはさらに内側に食い込み、バットに当たった球は三塁側に大きく切れるファウルとなった。
(…となりゃ、当然次は魔球だろ ! )
畳み掛けるように球雄にサインを出すと、金二郎はインコースにミットを構えた。
頷いて球雄は投球モーションに入り、第3球目を投げた。
伴は顔面に向かって来た球をよけながらそれでも何とかバットを出したが、視線がボールから切れてしまい、空振りに終わった。
「ストライ~ク、バッターアウト!」
球審のコールに伴はガックリと膝を落とす。
(分かってても打てないから魔球よぉ !! )
金二郎は心中で呟き、立ち上がって
「OK!ツーアウト~ッ !! 」
と守備陣に叫んだ。
「ナイスタマキ~ン!…あと1人だ !! 」
味方ベンチから声援が飛ぶ。
「タマキンはやめてよ…!」
球雄が呟く。
そして三番打者の綱出が右打席に入った。
(…コイツを出すと新野に回る!…絶対にコイツで終わらせないと !! )
金二郎が心中で呟く。
(…必ず新野に回す!絶対に俺で終わらせない !! )
綱出が心中で叫ぶ。
金二郎がマスクの中から見た綱出からは悲壮感ではなく、鬼気迫るほどに真っ赤な闘志と気迫のオーラが感じられた。
(初球はちょっと様子を見るか…)
金二郎の要求はスライダー、外角のストライクからボールゾーンへ逃げて行く球だった。
サインを受け取った球雄は一瞬ニヤリと笑みを浮かべて頷くと、ゆっくりと振りかぶって投球モーションに入った。
だが、球雄が投じたスライダーは、要求よりも球一個分内側に甘く来た。…綱出は果敢にバットを出してヘッドを上手くボールに合わせ、
「キン !! 」
と響く金属音とともに鋭い打球を一塁の頭上に飛ばした。
ファースト義田がジャンプして伸ばしたミットのほんの僅かに上をボールは通過して最後にスライスがかかり、ライト線の20センチほど外側、ファウルゾーンに落ちた。
「ファウルか… !? 」
金二郎は一瞬そう思ったが、
「フェア~ !! 」
一塁塁審がジェスチャーとともにコール!…打った綱出は一塁を回って二塁へ走る。…ライトがボールを捕ってダイレクトに三塁へ送球、綱出は二塁を大きく回りかけて止まった。
「…ファウルじゃないのか?」
金二郎の呟きに球審が、
「ファーストのミットにボールタッチがあったのでフェアーです!」
と説明した。
最終回、一点差、二死2塁…そして四番の新野を迎える場面となり、金二郎はマウンドの球雄のところへ向かった。
「お前、球一個甘くしたの、わざとだろ?…新野とケリつけたいのか?」
金二郎が不機嫌顔で球雄に言った。
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