幽体離脱

頭を抱えてもがき苦しんだ末ユイはついに地面に崩れ去る。



「スクラップしますか?」



俺の側にいた女の従者は俺に尋ねる。

俺は目の前のユイをスクラップするか戸惑う。


何故なら目の前のユイが最も生前の「あの人」に近かったからだ。



「何を迷っているのです?代わりはいくらでもいるのですよ!」


もう一人の若い女が俺に催促する。

確かに彼女はいくらでもいる。



しかし今俺の前で倒れた「ユイ」はかつて俺を救ってくれたあの人と最もシンクロしてスクラップするのは躊躇われるものがあった。



代わりは沢山いても性格にバラつきがある「ユイ」

だがここまで生前のユイに近い存在はいくら教育してもこれから現れないだろう。


ユイは自分自身を「抹消するため」に俺の元を嗅ぎまわっていた。



その「ユイ」だけは俺の組織の最もたる目的を知った。



ユイはこれまでの「ユイ」の中でも秀でて賢すぎたのだ。


だから出来るだけスクラップする必要があった。

だが俺には彼女を捨てきることが出来ないでいた。



「俺はただ…姉さんに生きていると良いこと沢山あるんだよと教えたかっただけなんだ…わかってくれ…姉さん!」



俺は親切にしてもらった義理の姉、ユイとの思い出に涙し、ユイが自分自身を抹消する為に戦っているのが許せなかった。


ーーーー



「愛してんぜ、愛してんぜ!」



………あれ………?



「坂丸ちゃん、ご飯でちゅよ♪」



…………俺………?



「良いとこに入ってくんな!ババア!!」



…………。




ただ譲の玩具にされる日々…俺は何しようとしていたのかわからなくなり、果たして人間だったのかすらわからなくなった。



譲からドッグフードを与えられる俺。



………そうか………俺ははじめから人間では無く犬だったんだ………これまでの日々は偽りの記憶………なんだか考えるのがめんどくさくなってきた…。



身体を動かすことすら億劫に感じてくる…。



カーテンを閉め切った部屋…俺はそこで繋がれて飼われている…。


そして体も冷たくなってきてるのを感じている…。



……コノママ、ネムッチマオウカナ…。


ーーーー



あぁ俺…死んだんだ…。

俺は白い空間の中、宙に浮いていた。



あれ?俺の他にもう一人…。

向こう側にいるのはピンク色の髪の若い女性。



俺…あの人に見覚えある!



『ユイ先輩!』



俺はユイ先輩の名を呼んだ。

ユイ先輩はその声に反応し、こちらにやってきた。



『ユー、ソーリー…もっとミーが早く駆けつけていたら…』



ユイ先輩はいつもとは打って変わって自罰的に俺に詫びていた、こうされると何だか水臭くなってくる。



『どうしたんですか?いつものユイ先輩だったら「お前はそれでもポリスメンか!」とか言って怒ってくるのに…』



ユイ先輩の表情は深刻そのものだった。



『出来たらユーには…「選ばれし者」になって欲しくはなかった…』



『選ばれし者…?』



『ミーの使う「ハリセン武術」は一度生死を彷徨い

、不思議な力によって息を吹き返した者が初めて異能に目覚め、扱えるようになる武術…その不思議な力とは…』


『ミーのような「選ばれし者」さ!』



ユイ先輩の言う「選ばれし者」言ってることがよくわからなかったが最近わかってきた気がする。



『いいかよく聞け…これからミーの与える「ハリセン武術」は確かに強力だ、しかし使いどころを間違うと精神を破綻させてしまうことがある、慎重に使え!』



ユイ先輩は俺に念を押してきた。

ユイ先輩の扱っていたハリセン武術がついに俺のものに…あれ?

そうしたらユイ先輩は………?



『あの、ユイ先輩はこれからどうなるんですか?』



俺はユイ先輩に尋ねた。



『そうだな……スクラップされちまうかもな…』


ユイ先輩は目を細めながら答えた。



『大変だ!そうなる前に助けに行かなきゃ…!』


俺は慌てる、ユイ先輩とはまだまだやり足りない事とか沢山あったのに!



『ストップ!良いんだ、これがミーの宿命…』


全てを諦めたような表情になるユイ先輩。



俺はユイ先輩をつい励ましてあげたいと言う父性本能に襲われた。



『一緒に戻りましょう!今はアレでも…』



『良いんだ、ミーは生まれた時から運命は決められていたんだ…わかっていたんだ…生きてたって何も良いことは無いなんてな…』



あのユイ先輩がネガティブな発言を…。

俺の知ってるユイ先輩は英語混じりの言葉でハイテンションに部下を叱咤し、前向きな言葉で落ち込んだ後輩を励ますとても頼りになる先輩だった。



……いや、これが本来のユイ先輩なのかも知れない。



ユイ先輩も実は誰かに救いを求めてたんだ。


『そんな事言わないでください…』



俺は今のユイ先輩を見ていてこちらまで悲しくなってくるのを感じた。



『貴女が成績が伸び悩んで泣いていた俺を励ましてくれたのを今も忘れていません、ユイ先輩のおかげでライバルとの差が縮まったのだし貴女無しでは俺はここまで来れませんでした』



心からの感謝。

警官としての厳しい日々や汚い現実に俺は一度辞めてしまおうとも考えていた。

しかしユイ先輩と出会って何かが変わった。



こんな全うな人もいるんだなと。


確かにユイ先輩は厳しかった。

しかし頑張っている人は見捨てない人だった!



それを聞いてユイ先輩は少し表情をほころばせていた。



『まさかユーがここまでトーク出来るくらい成長しているなんてな…』



あ、俺ユイ先輩に失礼な事言ってた気がする?


『ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ…!』



俺は今まで自分自身が言ってた事に思わず恥ずかしくなり、つい謝ってしまう。



『いや、これで良いんだ、ボーイ』


ユイ先輩はこう言って俺の頭を撫でてくれた。



『ユーに言われた時思ったんだ、ひょっとしてミーはその言葉をユーから聞きたかったんじゃないかって、確かにミーはよく考えずにファイトしてたし、それでいじめを受ける事もあった…』



ユイ先輩は語り出す、自分が受けた辛い過去を。

ユイ先輩という人がこれでわかった気がする。


本当は誰よりも一生懸命で、誰よりも繊細で、誰よりも不器用な人という事が。



『そしてユーに叱咤されて久しぶりにわかったんだ、ミーは独りなんかじゃないって…』


そう言うとユイ先輩の身体は少しずつ透明になって言った。


『時間がない、もう行きな!譲の更生はユーにかかっている!』



そして俺は再び現実に戻った。


譲の更生…はっ!俺は譲を更生させに…!



そんな時譲の気持ち悪い顔がドアップで俺の視線に飛んできた。



「坂丸ちゃーん、聞こえてまちゅかー?」


なんだこのバブバブ声…俺はずっとこの男に支配されていたと思うと恥ずかしくなった。


しかし恨んでいる暇はない。

俺は心を鬼にしてでも譲を立ち直らせなくてはならない!



俺は譲のほおを手で叩いた。


「痛っ!この野郎!」



譲は怒気をあらわにする。

しかし俺は今度こそ負けない!



「譲…今度こそ俺の手でお前を立ち直らせてやる!!」



俺には今ハリセンオーラが身を纏っていた。

そして気がつけばハリセンを手に持っている。



そのハリセンを手に持っている時俺は感じた、その中に流れるユイ先輩のオーラを!


そして譲との二度目の戦いの火蓋が切って落とされる!

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