不穏な空気
一人の男が複数の美女と戯れている。
「ふっ、あの生意気な坂丸には少しカチンとしてたが君たちのような美女に囲まれていると嘘のように吹き飛ぶよ♪」
「あぁ、反則様ぁ…」
美女達はご主人を慕う犬のように反則に寄り添っていた。
みんな生まれたままの姿…。
「坊っちゃま…」
反則の後ろにはタキシード姿の老人がいる。
反則に付き従う執事だ。
「何だい?」
「巡査長のユイ殿の事ですが…」
「あぁ、ハリセン刑事と言われてる頭のおかしなお姉さんの事だね?彼女がどうした?」
執事は他の者に聞こえないように反則にある事を耳打ちする。
「それは本当なのか?」
反則は少し目を見開き執事に問う。
執事は無言で首を縦に振った。
「事は一刻も争う…じい、ユイを捕らえるよう部下に命令してくれないか?」
「はいっ!」
反則の命令で執事は部屋から出た。
「この組織が見つかる訳には行かない…そして坂丸との差を縮めさせる訳には行かんのだよユイ!!」
反則の表情はたちまち怒りの表情に代わり手に持つガラスのコップがバリンと割れた。
ーーー
「上等だぁ!!」
譲は血相を変えて襲いかかる。
拳をグーに握りしめその岩のような拳で坂丸めがけて振りかぶる。
相手は自分よりも一段と体格が大きい、しかしニートで体も鍛えず食っちゃ寝食っちゃ寝を繰り返し、身体能力はしょっちゅう鍛えていた警官である自分より劣っている。
…………はずだった。
ドゴオン!
坂丸は避ける余裕もなく譲の拳を受けてしまう。
ズザザーッ!
砂利に滑りこむ坂丸。
「こ、こんなはずでは…」
見かけによらずスピードは速くしばらく体を動かさなかったとは思えないパンチ力を見せる譲。
「残念だったな!最近ではゲームしながら体を鍛えられる器具もあるんだよ!」
譲はドヤ顔で坂丸を見下す。
(そうか…俺は虚弱体質だった…)
……というより、坂丸は生まれついて虚弱体質だった。
「大きな口叩いてもてめえはその程度なんだよ!!」
譲は坂丸を屈服させようと更に攻撃を加えようとする。
(例え虚弱体質でも…俺は知恵で反則と渡り歩いて来た!)
坂丸は虚弱体質でありながら、それなりの戦術は心得ていた。
坂丸は地面が砂利である事に気づく。
(こいつで奴の動きを封じ、その隙にありったけの拳をぶつける!!)
そして坂丸は石を投げつけた。
「く、くそっ!」
坂丸の投げた石が譲の大きな顔に数カ所当たる。
威力はさほどだが、少なくとも隙は与えたに違いない。
「今だ!!」
坂丸は反撃に応じた。
坂丸は譲にありったけのパンチを浴びせる。
「小賢しい!!」
「ぐあっ!?」
譲のおおぶりの蹴りが坂丸の脇腹に命中する。
再び倒れこむ坂丸。
しかも今度は脇腹に命中し、坂丸はもがき苦しむ。
(く…くそう…俺もハリセン武術を習得出来さえすれば…)
ハリセン武術…それはユイ曰く選ばれた戦士しか扱えない究極の武術。
勿論ハリセンを扱った武道だが、ただハリセンを扱うだけではハリセン武術としての威力は発揮出来ない。
ーーー
ユイ先輩はハリセンを片手に陣地に潜り込み、単独で暴走集団を一掃する。
ユイ先輩が人質を救った所で坂丸や数名の警官部隊が駆けつけてきた。
「ハァイボーイ達♪手柄取っちゃってソーリーね♪」
ユイ先輩はにこやかに英語混じりの日本語で迎える。
坂丸の目にはユイ先輩が輝いて見えた。
(これがハリセン武術…カッコいい!)
ユイ先輩が立ち去ろうとするところ後ろから坂丸は声をかける。
「あの!」
ユイ先輩は振り向く。
「今のがハリセン武術…凄くカッコいいです!」
舞い踊るように敵を翻弄し、薙ぎ払うハリセン武術、しかも使い手の体は輝きを灯し何かの力が働いているかのように思えてならなかった。
「僕にもそれ、教えてください!!」
坂丸はユイのハリセン武術に憧れを抱き、ハリセン武術に入門させてくれと懇願した。
「ミーのハリセン武術をプレイズ(褒める)してくれて嬉しいわ♪でもハリセン武術は選ばれたファイターにしか出来ないの、ソーリーね♪」
ユイ先輩はやんわりと断った。
選ばれたファイター…?
なんのことだろう?
その時の坂丸にはユイの言葉に理解に苦しんだ。
考え込む坂丸の頭上にポンっと手を置き、ユイは付け加える。
「選ばれたファイターでなくてもハリセン武術を扱える奥義があるけど、教えよっか?」
憧れのハリセン武術…しかも選ばれし者でない者でも扱えるハリセン奥義、習わない手は無い!
「お願いします!!」
坂丸は答えた。
「よろしい♪では…」
ユイは坂丸にハリセン武術を教えた。
ーーー
(ユイ先輩から授かったこの秘奥義…今奴にぶつけてやる!!)
坂丸は気を溜めた。
気を溜める事によってハリセン・オーラという空気中の物質が自分自身に集まる。
ハリセン・オーラとは使い手の身体能力、パワーを上げる謂わば仙人が食すと言われる
譲が至近距離に近付くまで坂丸はハリセンオーラを体中に集める。
ハリセンオーラが溜まった時坂丸は大きく目を見開いた。
「秘奥義!ハリセン…!」
坂丸はハリセンを出す仕草をしたが大事なものが無い事に気がついた。
そう、ハリセンだ!
選ばれし者でないものでも扱える武術…。
しかしそれはハリセンが無くてもという意味では無い。
「ハリセン」武術と名がつくくらいだからハリセンが無ければ本来の力が発揮できないのは必須。
「しまった!ハリセンがない!!」
坂丸はハリセンが無い事を思い出し、今繰り出してしまった技を後悔してしまったが後の祭り。
逆に譲から返り討ちを食らう事になった。
「何してんだー!!」
譲は坂丸に痛恨の蹴りを浴びせる。
坂丸の華奢な体はその蹴りに対応しきれず、向こう側の木に激突。
ガサガサ!
木の葉の揺れる音。
そして地面に崩れようとする坂丸の体を起こすように髪を鷲掴みにする譲。
「わかったか?これが俺とお前の実力の差だ、わかったら偉そうな口聞くな!」
譲は坂丸を見下す。
(俺は…こいつに…勝てない…ユイ先輩…ごめんなさい…)
坂丸は自分の弱さを呪うとともにユイ先輩の助言を無駄にしてしまったという罪悪感に襲われた。
「お前のようなグズは黙ってそのニートである俺の言うこと聞いてりゃそれで良いんだよ!」
譲の上から目線の物言い。
しかし坂丸にはもはや反発する気力も力も残されていなかった。
「さあ、家に帰ったら調教だ!たっぷり可愛いがってやるから覚悟しておけよ!」
譲は怪しく目を光らせながら坂丸を見下す。
譲の坂丸への調教はより過酷なものへと増していく…。
それと同時に坂丸の譲への更生計画はより暗雲に包まれていくのであった。
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