先輩
「いらっしゃいませー♪」
コンビニ店員の声、コンビニの中は外の夜の世界とは別世界のように明るい。
本、食べ物、日常品ならそこそこ並ぶ小さなデパート。
しかし今の坂丸にはコンビニに入った心地がしない。
謂わば恐ろしい上官に脅されて敵軍に忍び込み、用品を盗んで味方の陣地に帰る任務を負わされた兵士の気分だ。
俺は春と夏の間の微妙な時期にもかかわらずコートを着ていて、下半身は露出されたままの姿。
一目で不審者だと丸わかり…。
おまけに俺はお菓子ならまだ良いがエロ本まで買って来なければならない。
誰かに通報されたりしないかとヒヤヒヤものだ。
自分から通報するというのも立場上良い方法とは言えない。
警察官が犯人に脅されたりわいせつをされているとなると犯人は捕まるがその本人まで警察官としての面子を潰される。
そんな時、後ろから女性の声が響く。
「Stop!I am Police!(警察だ!止まれ!)
俺は思わずビクンとして立ち止まってしまう。
「ハハハハハ!!」
一貫の終わりと思った瞬間後ろから高らかに笑う女性の笑い声。
俺は後ろを振り向き、その声の主が自分のよく知る人物だとわかった。
<i372834|25457>
「ユイ=ルミナーレ巡査長!!」
ユイ=ルミナーレ…28歳女性警官、背は低いが凄腕の女性警官、何故かハリセンを持ち歩いていて「ハリセン刑事」もしくは「ハリセン オブ アマゾネス」と呼ばれる。
ピンク色の髪をなびかせ不敵に笑う女性警官、ただ今彼氏募集中。
「ヘイユー!、そこまでいうのはナンセンスよ!!」
一人突っ込むユイ先輩…彼女は俺の上司だ。
紹介を付け加えると容姿は日本人だが帰国子女な為日本語に時折英語が混ざってしまう。
「あの…何一人突っ込みしているのですか…?」
「あ、ああ話がストレンジ(脱線)するとこだったわね」
そして俺たちはそんなこんなで再会を交わす。
「久しぶりねMr.サカマル♪Mr.ユズルの更生プログラムは上手く言ってる?」
ユイ先輩はウインクしながら俺に聞きただす。
「はい…それが…」
実際上手くいってない。
上手く行きかけてても何の魔が差したのか譲は更に坂丸に対し悪戯をしかけてくる。
グルルルル…
盛大に腹の音が鳴る。
それはユイ先輩の腹から鳴り響いてきた。
コンビニの店内から外まで聞こえて来そうな腹の虫の音だ。
「ハハ!ミー警官のパトロールイートしないまま回ってたからベリーベリーハングリーね…」
そう言ってユイ先輩はヘナヘナと全身の力が抜かれたように地面に膝をつく。
ユイ先輩は凄腕ではあるが空腹とハリセンのない状態だとまるでもぬけの殻のようになってしまう。
俺はやれやれと思いユイ先輩を近くのレストランへと運んでいった。
ーーーー
ガツガツガツガツ…!
何杯もどんぶりをおかわりするユイ先輩。
これだけ大食いなのにユイ先輩は何故こんなにスリムなんだろう?
あとどの腹にそれだけの食い物が入るんだ?
俺はただガツガツとまるで乞食のようにどんぶりを食らうユイ先輩を見てそう思った。
「ところでユー、なんでそんなビジュアルなの?一目でdubious person(不審者)だと思われるけど…」
「ええ、実はその譲を更生させる為に試行錯誤してきたのですがいつのまにか譲のペースに嵌められて…」
坂丸はユイ先輩に事情を話す。
それを聞いたユイ先輩ははあーっと呆れたように溜息を漏らす。
「…ユー、何そんなくだらないオーダーに従ってるの?全力で抵抗しなさいよ」
「ええ…でもあいつ、体重が重くて俺とは体格に差があるしおまけに元柔道部…」
そんな時ユイ先輩の鋭いハリセンの一閃が飛んできた。
「シャラーップ!!」
ユイ先輩のハリセンは坂丸の頭上にクリーンヒットし、パシーンと小気味の良い音が鳴り響く。
そしてそのハリセンの一撃は紙で出来たとは思えない程の高威力でまるで鉄の棒で頭をかち割ったような衝撃に襲われる。
「ぐぎぎ…」
坂丸は痛む頭を抑え歯を軋ませる。
「ヘイユー!何のためにポリスの狭い門をくぐった!?ポリススクールで嫌という程ボディ鍛えたんじゃないのか!!?」
ユイ先輩の激しい一喝。
だがユイ先輩の言う事はもっともだった。
ユイ先輩は部下に対して厳しく、上司にも意見があれば真っ向に立ち向かう人だった。
だが坂丸は今だからこそ思えた。
ユイ先輩のような人こそ理想の上司だと…。
「ユイ先輩…助けてくださぁい…」
しかし俺は譲から手痛い目に遭っていたので気が弱っていてつい口からは弱音が出てしまった。
そこで再びユイ先輩はハリセンを横被りに俺のほおをビンタする。
「これはユーから臨んだ任務だ!ユアセルフ(自分自身)が受けた任務はユアセルフで解決するニーズがある!!」
ユイ先輩はハリセンを真っ直ぐと俺の方向に向けて激しく論破した。
俺はこれ以上は何も言えず、痛むほおを優しくさすりながら俯いていた。
ユイ先輩は激しく一喝した後言うだけの事は言ったと言わんばかりにフウっと一息つき、ハリセンをポケットに仕舞い、表情は再び穏やかになった。
「まあ、部下の責任は上司の責任だ、何かまた困った事があったらまたミーに相談しに来ると良い、直接助ける事は出来ないが出来るだけの知恵は与えてやるつもりだ」
そう言ってユイ先輩は店から出た。
側から見ると彼女が彼氏を振る構図に映ったのだろう。
皆、颯爽と店の入り口方向に歩いていくユイ先輩を呆然とした表情で目で追いかける。
「あれ…これだけのおかわり値段ってどれくらいするの!?」
どんぶりは何枚も積み重ねられ、何十杯おかわりしたか知れない。
おまけに殆どユイ先輩の分だ。
「そう言えばお金…」
坂丸は今自分が無一文であることに気づく。
「ど…どうしよう…!」
坂丸の顔はムンクの叫びそのものとなり、絶望の淵に立たされる。
「どうすりゃいいんだ?今お金持ってきてないし財布ありませんとか言ってもひんしゅく食らうだろうし…譲も待たせているのに…」
坂丸はしばらくここから動けず終いだったが…。
よく見るとユイのいた座席のどんぶりの山の一番したに紙のようなものがあった。
坂丸はその紙を手に取る。
『何があっても負けるな!ユーなら出来る、ファイティン!それから釣りは取っときな!』
そして一万円札も一緒に挟んであった。
「はぁ…あの人といたら身がいくつあっても足りないよ…」
そして店員にユイからくれた万札を手渡すが
「お客様、五千円足りないんですけど…」
と言われ結局残りの五千円は後日に払う事になった。
とほほと外に出る坂丸。
そこには譲が待ち構えていた。
「やけに待たせやがったな、例のもんは買ってきたのか?」
譲は上から目線で坂丸に催促する。
一瞬恐怖心に襲われる坂丸がさっきまでユイ先輩に励まされていた事を思うと不思議と勇気が湧いてきた。
「無いよ…」
坂丸は静かに答えた。
「は?今なんつった?」
譲は睨みを効かせて坂丸に問いただす。
「聞こえなかったのか?無いと言ったんだ!」
坂丸は譲一点に睨みそう答えた。
ふざけるな、こんな奴に…ずっと舐められてたまるか!
「てめえ!俺が誰だかわかってんのか!?」
怒声をあげる譲、ちょっと脅せばすぐひれ伏すと思っているようだった。
「ただの親不孝のニートだろう!」
そう、相手はただのニートだ。
警官である俺が舐められるわけにいかない。
昔、確かに助けてもらったし恩もある。
しかしそれは昔の話だ。
身代わりにいじめられ、その結果性格が歪んだとはいえ遠慮して
そして坂丸は譲に自分の意志を伝えた。
「俺はいつまでもお前の言いなりになんかならない!!」
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