第200話:閑話~アンソニーは逃げ出したい(2)

 外堀が埋められている事など知る由も無いアンソニーは、偽情報の卒業式に使う衣装を用意し、表彰する子息や令嬢の名を上質な紙にしたためて行く。


 計画された「お見合い」が実行され、用意した氏名を記した紙片が無駄になることは無く、いずれは使う事になるので手間は省く事が出来てはいる。


 じわじわと刻限が迫る中、私兵たちは確実に逃げ場を塞いで行き「万事休す」状態へと整えて行った。



 * * * *


 偽卒業式当日、アンソニーは礼服を整えて貰い、呼ばれるまでの時間を執務室で書類を整理する事で費やしていた。


「アンソニー様、

 お時間にございます」


「もう、そんな時間か」


 執務室に置かれた時計に目を向けると、時間5分前だと理解できた。


 確認が済んだ書類を置く場所へと移動させ、案内役の兵と共にパーティー会場となる応接間へと向かった。


 が近づくにつれ、何か違う…と言う違和感を感じた。


(何だ?卒業式にしては静かではないか?)


 そう静かすぎるのだ。


 だがアンソニーは緊張しているからだと考え、自分の見合いだとは思ってもいない。


「ご当主様の登場です」


 専用の扉が開かれ中へと入って行く。


 背中越しに扉に鍵が掛けられる音が聞こえ「ぎょ」となったが後の祭り。


 視線を広場へと向ければ、そこには結婚適齢期の令嬢たちがズラリと最上級の礼で控えているのだ。


「なっ?!

 さ、ベンジャミン!これは何事だ!?

 どうしてのだ!」


「・・・おや、変で御座いますね。

 お渡した資料には、

 ご主人様の婚約者を選ぶ舞踏会である事、

 記しておりましたが…

 確認なさらなかったのですか?」


 最後まで目を通せば見合いである事は記入されており、嫌だと拒絶する事さえ出来ていた筈。


 なのに領主は「最後まで」確認する事なく「表面上」の「卒業式」と言う項目に目を止めたのだ。


 良く読み込んでいれば「ご当主様、独身からの卒業式」と書かれている事に気付けた筈で、大量にある資料を隅々、読んでない弊害が此処で出た形となる。


「一体、何と書いておったのだ!

 私が確認したのは卒業式と言う文言だけだぞ!!」


「えぇ、間違い無く卒業ですね。

 独身からの卒業ですよ」


 サー…と血の気が引いて行くが、招待している淑女たちの礼を解き逃げ出す算段を企てて行く。


「集まられた淑女たちよ、楽にして欲しい。

 読まなかった私が悪いとは思うが、

 結婚をする気は持っておらぬ故、

 そなたらは解散して欲しい。

 ではな」


 大股で広場から出ようと思い、入り口に顔を向けた瞬間、そう言えば…と扉が閉じられている事を思い出し、他の逃げ場に目を向けるが、何処も彼処かしこも逃げ場は塞がれており逃げ出せず、アンソニーは、婚約者を選ばなければ出られないのだと、読み込まなかった自分に対し腹立たしく思いつつ「してやられた」と盛大に溜息を吐き出し、集まった女性たちと交流し、妻にと望む令嬢を見つけようと腹を括った

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