母とイノキチ
これはわたしが大人になってからの話です。
わたしが山育ちだということは以前にも書きましたが、実家は山の中?にありまして。
虫パラダイスなのは勿論ですが、鳥の楽園(これは癒されます)、蛇さんコンニチハ(歩いていたら靴の上をニョロニョロ横断された事も!)そして、野生動物たちを見かけることも。
イタチが多かったのですが、次によく見かけたのがイノシシです。
勿論、真正面から行き合うと危ないのですが、そこは向こうも遠慮?していたのか、少し離れた姿を見ることが多かった。
そんなある日、母が
『ねぇねぇ、今日またイノキチ見ちゃった』
と嬉しそうにいうのです。
ん?イノキチ??
「お母さん、イノキチって?」
『うふふ、イノシシのイノキチよー』
「へっ!大丈夫なの?!近くで見たの?」
母の無邪気ともいえる好奇心旺盛さは知っていますが、至近距離だとさすがに危ない。
『大丈夫よぉ、家の中から外見てたら、庭を歩いてたの』
うううむ、安心したものの、でもそれってたまたま出くわさなかったから良かったけど・・・
実は我が家には小さな家庭菜園がありまして、母は丹精込めて、野菜やちょっとした果物などを育てていました。
イノシシ・・・イノキチは、それ目当てか、もしくは気まぐれでか、山から降りてきた模様。
とにかく
「お母さん、とにかくイノキチを見かけても不用意に近づいたりしちゃダメだよ。刺激すると危ないんだからね」
釘をさしておきました。
そして後日、
『ねぇねぇねぇ、またイノキチ見かけたよ』
『ふふふ、今度はお嫁さん連れてた』
えええーっ!!
なんとイノキチは結婚していました。
そしてそのまた後日、
『イノキチと奥さん、可愛らしいウリ坊(子イノシシ)連れてたー!』
イノキチは一家を構えてました。
「とにかく、いくらウリ坊が可愛くても、近づいてみようなんて考えちゃダメだよ。子連れなら尚更、神経を尖らせてデリケートになってるだろうからね」
わたしは念の為、再度、母に言っておきました。
と、ここまでは母とイノキチ一家の蜜月??だったのですが・・・。
ある日、事件は起きました。
何と母が丹精込めて作っている畑が荒らされ、そこには紛うことなき、イノキチ一家の足跡が!
うん、母は怒りました。
それはもう、あれだけ、イノキチ、イノキチと甘い声で言っていたのは誰?ってくらいにプンプンと怒っておりました。
今度は怒りのあまり、イノキチ一家を見かけたら、飛び出して行きそうです。
それはいかん、危険この上ない。
わたしは母に再度釘をさしておくことにしました。
「お母さん、気持ちはわかるよ。あれだけ丹精込めた野菜や果物をめちゃくちゃにされたのは悔しいもんね」
「けど、怒りに任せて飛び出してイノキチ達を刺激したりしたら絶対にダメだよ」
「イノキチもお嫁さんもウリ坊達を抱えて食べるものに困ってたんだろうしね」
対策として、家庭菜園の周りを竹で作った頑丈な背の高い柵で囲い直して、扉状の物をつけ、そこから出入りすることにしました。
それからもイノキチ一家目撃情報はあったのですが、母は菜園襲撃がよほどショックで悔しかったらしく・・・
イノキチ熱も一気に冷めていったのでした。
暫くして、少しずつイノキチ達をみかけることもなくなり・・・。
食料の当てが外れて、他の土地へと山沿いに移っていったのかもしれません。
今では懐かしい母とイノキチの想い出です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます