蜘蛛の奥さん

 夏が近くなると、ベランダの高い所に蜘蛛の巣が張られます。

 そして細い手足の一匹の蜘蛛がそこに居着くようになるのです。


 この蜘蛛をわたしは蜘蛛の奥さんと呼んで、たまに会話しております。


 蜘蛛の奥さんとわたしとの間には取り決めがありまして

 ①蜘蛛の巣を大きく拡張し過ぎない

(拡張しすぎた場合は巣を縮小されても文句は言わないこと)

 ②巣にかかった虫たち(蜘蛛の奥さんの食料)の所有権は当然ながら蜘蛛の奥さんにあるので、わたしはこれを損なわないようにする

 ③蜘蛛の奥さんは許された領土以外には出てこないようにする。

 ④出てきた場合、万が一にも家の中に入るような事があれば駆除されようと苦情は一切受け付けない

 ⑤お互いに以上を遵守し、心安らかに共存していきましょう。


 蜘蛛の奥さんは概ね控え目に繊細に編み上げた彼女の住処から出てくることはないのですが、それでもたまーに増築をしたいという衝動に駆られるらしく、気がつくとわたしの手の届くところまで、彼女ご自慢の糸が降りてきているのです。


「ちょっと奥さん!ここまで降りてくるのは契約違反でしょー。悪いけど撤去させてもらいますよ」

 大家さんのような台詞を言いながら、わたしは力作であっただろう、はみ出してきた糸を箒を使って撤去します。


『えーこのくらいなら大目に見てよ。せっかく小虫も引っかかってきてたのにー』

 蜘蛛の奥さんもチョロチョロと糸渡りをしながら文句を言ってるようですが、こればかりは譲れません。


 まぁ、小さなアレコレはありつつも、蜘蛛の奥さんとわたしは比較的友好的にお付き合いをしております。


 付き合いも長くなると、風の強い日などは巣が破れちゃってないか、奥さんが飛ばされちゃったんじゃないかと、それなりに気になってきますしね。


 雨上がり、縫い付けられたビーズの様に巣に雨粒が乗ってキラキラしている時などは、心無しか蜘蛛の奥さんも優雅に自慢げに巣の強化や修理に余念がないようです。


「奥さん、今日も暑くなりそうねぇ」

 洗濯物を干しながら、今日も一人と一匹は空を見上げて汗をぬぐいながらため息をつくのでした。

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