第4話:駄々っ子

「しかし、あの時のユリアンは酷かったな」

わたくしも、どれほど恥ずかしかったか。顔から火が出る思いでした」

「その直前までは良かったんだけどな」

「いや不謹慎な話、まるでお膳立てされたかのような展開だったからな」


 3人それぞれがソコ村の救援の時のことを思い浮かべる。

 ユリアンは楽しそうだが、ベイスリーさんの表情は苦々しい。

 おそらく俺は苦笑いでも浮かべているんだろうな。

 それも、良い思い出話だ。


「おっ、酒がなくなってしまった……」

「わざとらしいな。ちゃんと買ってきてあるぞ」


 そういって細長いボトルを、異空間収納から取り出す。

 ブルガリアのハーブを元に作られたリキュール。 

 エクストラストロングの名に恥じぬ、89.9度のもうお酒じゃなくてアルコールじゃんってやつだ。

 ちなみに俺はストレートでも飲める。

 状態異常無効を発動すれば。

 ただ……発動しないとおちょこ一杯で、気持ち悪すぎてギブアップするレベル。

 を、こいつらは最初ストレートで飲んで、ドはまりしてしまった。

 流石にそれはということで、炭酸水で割らせているけど。

 後半俺がグダグダになったら、目を離したすきにストレートで飲むくらいに酒好きなのだ。


「これからが本番だな」

「いや、俺はもうこっちで良いよ」

「それも美味しいんだけどなぁ。ちょっと物足りないんだよね」


 一度キュアの魔法で酔いを飛ばしてから、定番の銀色の缶の国産ビールを取り出す。

 超乾いたやつだ。

 形だけでも付き合わないと、うるさいからな。

 これでも近隣諸国化からは恐れられる、ジャマー帝国の皇帝なんだけどな。


「しかし、あの時はユウキ様の実力の片鱗に触れ、私はただただ感動に打ちひしがれておりました」

 

 打ちひしがれちゃだめだろ……

 あっ、ベイスリーさんが泣き出した。

 泣き上戸なうえに、言葉が少しわやわやになり始める。


「おい、じい! もう少し薄めた方が良いんじゃないか?」


 ユリアンが焦った様子で、ベイスリーさんのグラスに炭酸水を足す。

 こうなるとここからユリアン自慢が始まり、その後ユリアンに対する不満を吐き出して、最終的に説教をして机にバターンと倒れこむまでがお約束の流れだ。

 普段から迷惑と気苦労しかかけてないんだから、こんな時くらいいたわってやれと思わなくもないが。


「確かに、あの時のユウキはかっこよかったな」


 気が付けばユリアンも遠い目をしている。

 長い夜になりそうだ。


***

「まあ、今回は流石にユリアン殿下は留守番をお願いします」

「なんでだ?」


 ユリアンに対して、帝都で待っているように伝えると首を傾げられた。

 いやいや、たかだか村が襲われてるくらいで皇子自らが出陣とか。

 ありえないよね?

 そもそも、あんたそんな気軽に街の外に出られる身分なのか?

 その前に、父親である皇帝に報告とかあるんじゃないかい?

 そんなことを考えての発言だったが、本人は全く何も考えていないらしい。


「確かに殿下が心お優しいことは分かっておりますが、流石に近衛も引き連れずに街の外に出るのは難しいかと」

「じゃあ、じい報告に行っておいてくれ。俺は先に「行かせるわけないでしょう」


 こいつ事後報告で済ませようとしてやがる。

 流石にベイスリーさんは、その辺りは弁えているらしい。

 皇子の肩をガシっと掴んで、意地でも話さないつもりだというのが見て分かる。

 

「時間が惜しい、グレーズさんたちはどうする?」

「ああ、わしらも当然行くぞ? 獣人の危機に人族だけが向かうなんて、まるであべこべじゃないか」

「まあ、リーダーが行くっていうなら、行くしかないわね」

「俺も行くぞ!」


 熊さんたちも来てくれるらしい。

 いや、来なくても良いんだけどね。

 そしたら転移でパパっと行って来られるけど。

 まあ、襲ってきてる魔獣がどれくらい強いか分からないから、来てもらいたいけど。


「マリアは、留守番しとくか?」

「私も行くに決まってるでしょ!」


 こっちは、本気で来なくていいんだけど。

 正直、それなりに強くなったとはいえ、相手が格上だったらマリアを守りながらの戦いになるし。

 割としんどいんだよね。

 無駄な縛りプレイみたいで。


「いま、護衛対象が増えるから面倒くさいなって思ったでしょ?」

「思ったけどさ、どうあってもついてくるから諦めた」

「諦めたんなら、余計な事考えないでよ」


 一応言っておかないと、勘違いされて調子に乗られても困るし。

 私って頼りにされてる? みたいな感じで。


「俺も行くぞ?」

「ダメだっつーの!」

「無理です!」


 ユリアンが目を輝かせて俺の肩に手を置いてきたので、ベイスリーさんと2人で睨みつける。

 

「俺強いぜ」

「強いとか弱いとかじゃなくて、立場の問題なのです! ただでさえ、風当たりが強いのに」

「そんなもん放っておけ。どうせ俺には面と向かって言えない、腰抜け共の遠吠えなんだ」

「その腰抜け呼ばわりされた方々が、この国の中枢を担っているのですから、少しは歩み寄ってください」


 どうやら、ユリアンは皇太子なのにこの国では、微妙な立場なのかな?

 まあ、見てたらなんとなく分からなくもないが。


「行く! 俺は行くぞ! 何があっても行くからな?」

「何があっても、行けないんですって。わっかんねーな、この馬鹿皇子は」

「ベイスリ―さん?」


 おっと、ベイスリーさんの顔が柔和な皺のある壮年の渋い男性から、肉食系の狼の顔に変わっていってる。

 おこなのかな?


「ほう? 力ずくで止めるか?」

「ユリアン?」


 と思ったらこっちも、金髪ヤンキーから獅子の顔に変わっていってる。

 なに?

 なんなの?

 変身するの?


「いまのうちに、出よう」

「えっ? 置いて行って大丈夫ですかあれ」

「今しかないだろう」


 グレーズさんやマリアに向かって、出口を指でちょいちょいとしながら逃げ出す算段をする。

 ジャーが緊迫した空気に飲まれたのか、敬語で問い返してきたのでため息をついて答える。

 付き合ってられない。 


「ソコ村の場所は分かりますか?」

「ああ、わしもジャーも知ってるぞ」

「じゃあ、すぐにでも出ましょう」


 脳内地図で場所は分かっているが、まあ敢えて言う必要もないだろう。

 首をくいっと曲げて出口へと、抜き足差し足5人で……


「待て!」


 ギャーーーー!

 ベイスリ―さんと対峙していたはずの、馬鹿皇子が一気に跳躍して俺の肩に手を掛けてきた。

 と見ればその馬鹿の肩には、ベイズリーさんが爪を食い込ませている。

 血がにじんでいるというのに、気にした様子もなく笑みを浮かべるユリアン。

 そうか……そんなに、行きたいのか。


「ぬっ、意外と固いなお前」

「爪を刺そうとした?」

「ああ、意地でも離さないためにな」


 やめてくれ。

 お前のわがままのせいで、怪我なんかしたくないわ。

 ミシミシと音を立てて食い込んでくるユリアンの爪に、思わず顔をゆがめてしまった。

 刺さらなくても、痛いもんは痛い。


「ここは俺に任せて先に行け! すぐに追いつく」

「え?」

「3人ともマリアを頼む」


 仕方なし皆に先を行くように促したら、キョトンとされた。

 空気を読んではくれなかったらしい。

 いや、先に行ってくれたら適当に相手して転移で追いかけようと思ったんだけど?


***

「ふふふ、我が領地で好き勝手する獣に目に物を見せてやろう」

「はぁぁぁぁ……どうやって陛下に報告すれば。これで、またアホ共が調子づいてしまいますわい」


 ニッコニコのヤンキーと、一気に老け込んだベイスリ―を伴って街道をソコ村に向かって馬に乗って駆ける。

 獣人だったら走った方が早そうだと思ったけど、着くまでに体力を消耗してどうすると真顔で言われてしまった。

 なんとなくイメージ的に、獅子とか狼、豹って自分で走って駆けつけそうって思っただけだよ!


 あっ、結局馬鹿皇子を置いていくのには失敗した。

 

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