第3話:緊急依頼

「うう……頭痛い」

「お前は飲みすぎだ」


 飲み会のあとしっかりと仮眠を取ってから、日本に戻って講義を受けて戻ってきた。

 こっちの世界の時間は昼過ぎだというのに、いまだに部屋から出てこないマリアを叩きおこしてジャマーのギルドへと向かう。

 幸いにも前期で全単位を取得したおかげで、後期はだいぶコマを減らすことが出来た。

 結果として、異世界に居られる時間もだいぶ増えたが。

 毎週木曜と金曜日だけは一十美と会うので、どうしても一週間くらいこっちの世界を離れないといけないが。

 必ず毎週というわけでもないので、大きな問題は起こっていない。

 そもそも、パーティメンバーがマリアだけだからな。

 最悪、どうにでもなる。


 そしてホテルのロビーに向かうと、ラウンジの椅子に目立つ金髪が。

 獅子の耳がぴくぴくと動いているのが、椅子の背もたれごしに見える。

 他の宿泊客もラウンジの横を通り過ぎる時にちらっとそっちを見て、びくっとなってるし。

 何をやってるんだ、皇子様は。


「おっ、ようやく出てきたなねぼすけども。俺様を待たせるなんて、この国じゃお前らくらいのもんだぞ?」

「いや、約束してないし」

「なんでいるんですか!」


 優雅に長い足を組んでコーヒーを飲んでいたのは、この国の第一皇子のユリアンだった。

 そして、向かいにはベイスリーが申し訳なさそうに座っている。

 

「いや、約束ならしただろう? 俺も冒険者になって、お前らと依頼をやってみたいって」

「申し訳ありません。どうしても、止めることができませんでした」


 あっけらかんと言い放つユリアンと、面目なさげなベイスリーが対称的だ。

 というかだ、あれ本気だったのか?

 

 結局、ランチという名の朝食を食べて4人で冒険者ギルドへと向かう。

 どうにかして、ユリアン達を撒きたかったのだが。

 これだけ注目されていたら、迂闊な行動なんかとれるわけもない。

「ていうか、2人とも今から冒険者になったところでFランクですよ? 一緒に依頼を受けるっていっても採集依頼とかになるんじゃ?」

「そこはあれだ、お前ら受けた依頼についていくから大丈夫だ」


 何が大丈夫か分からない。

 マリアの心配をよそに、ユリアンは頭の後ろで手を組んで呑気にのたまっている。

 ベイスリ―さんが胃のあたりを押さえているのが気になる。

 精悍な純血狼人族ライカンスロープの壮年の男性が、心なし頬がこけて見えてさえいる。

 獣人とライカンスロープは、微妙に違うらしい。

 獣人と思われがちな竜人とライカンスロープは、他種族と交わっても必ずこの2種しか生まれないらしい。

 両親ともに同種族ならお互いに似た子供らしいが、混血の場合は相手方には全く似ないらしい。

 しかも、短命種の獣人と違い500歳くらいまでは普通に生きると。

 他にも固有スキルを持っていたりと、似て非なるものとのこと。

 

「来たぞ冒険者ギルド! 視察で来たことはあっても、個人的にきたのは初めてだな」

「ここに個人的に来た皇族は、あまりいないですね」

「おい受付! 俺と、じいを冒険者にしろ!」

「聞け! 馬鹿皇子!」


 あっ、ベイスリーさんがキレた。


「えっと、えっ?」

「なんだ、耳が悪いのか?」

「耳が悪いのは、あなたでしょう!」


 まあ、あっちでわちゃわちゃしてる人たちは放っておいて、こっちは依頼の物色の続きでも。

 受付嬢のお姉さんには悪いけど、ここは犠牲になってもらって。


「おっ、来たな坊主!」

「待っていたぞ」

「お姉さんまちくたびれて、乳が地面に着くかと思っちゃったわ」


 その依頼ボードの横に見知ったばかりの顔が3つ。

 あんたらもか……

 この人達には、社交辞令という習慣が無いのかもしれない。

 昨日の酒の席だけの話のつもりだったが、こっちはこっちで3人がキラキラとした目でこっちを見ていた。


「しっかりと殿下も連れてきてくれたんだな」

「こいつは、情けない姿は見せられないな」

「お姉さんは坊やに、いいところを見せないとね」


 熊人族のグレーズさんに、牛人族のメーアさん、それと豹人族のジャーだ。

 聞けばこの3人はCランクということで、俺よりもランクは下だった。

 まあ人のギルドの評価だからなんて、ジャーは負け惜しみを言っていたが。


「これ、もう逃げられないよね?」

「いや、逃げようと思えば逃げられるぞ? 転移で」

「うん、言ってる意味が分からない。普通の人がどこにもいない」

「ははっ、いきなり杖でぶん殴るマリアが、一番非常識だと思うよ」


 取り合えず冒険者ギルドにある軽食スペースで、獣人3人組が適当にチョイスした依頼から選ぶことにした。

 まあ俺はちょっと毛色の違う依頼が受けたかっただけだから、この国に来たところもあったし。

 面白い依頼ならなんでも良いが。


「これなんかどう? デンブルグ迷宮20階層のボスドロップの希望依頼とか」

「いや、レアドロップだろ? 何回挑まないといけないんだ? しかも、その迷宮のこと知らないし」

「この依頼なんてどうかしら? 馬車は無理だから馬ね。経費節約のために2人で一頭にの馬に乗りましょ? 勿論、ユウキはお姉さんと」

「いや、俺とマリアの分の馬賃くらい簡単に払えるくらいの貯蓄はあるぞ? いってもB級冒険者だし」


 そんな感じで和気あいあいと依頼を選んでいたら、カウンターから大きな声が聞こえる。

 メガホンっぽいものをもった、よく分からない耳をはやした女性が大声で叫んでいる。


「たったいま、アッチーの街から緊急依頼が入りました。ソコ村にて魔物の襲撃があったようです。自警団の方がどうにか門を閉めるまで凌ぎ切ったようですが、村を魔物に囲まれたらしく孤立したとのこと」


 孤立したのに、なんで連絡が?


「ああ、鳥人族かもしくは眷属の鳥を使っての連絡だろう」


 口にしたわけでもないのに俺の疑問に、グレーズさんが答えてくれる。

 なかなかに、エアーを読むスキルは高いらしい。

 昨日は、蜂蜜しか口にせず、また蜂蜜のことしか口にしてなかったけど。


「おいっユウキ! 行くぞ!」

「はっ?」


 そしてなぜか受付で冒険者登録をしていたユリアンが、焦った様子で俺に話しかけてくる。

 いや、あんたF級……っていうか、冒険者になりたてほやほや。

 緊急依頼とか受けられるレベルじゃないから。


「国民が困っているらしい。これを助けずして、何が皇族だ!」

「いや、皇族というか、ユリアンは新米冒険者だし。ギルド内の依頼だから、国は関係ないでしょ?」

「お前は、ソコ村の村民が心配じゃないのか?」


 そういうことじゃない。

 そういことじゃないけど、この頼もしい皇子にジャーが羨望の眼差しを向けている。

 そして、ベイスリーさんの目の端に光るものが。

 ちょろいなお前ら。


「できればC級以上の方に行ってもらいたいのですが……」

「いいじゃないか、そこなユウキという男はB級冒険者だ。不足あるまい」

「いや、そうじゃなくてD級以下の方には荷が重い「大丈夫だ、俺は強い!」


 ユリアン殿下のごり押しに、受付嬢も困った表情を浮かべている。

 あー……面倒くさいけど、魔神様が困ってる人は助けてやってほしいと言ってたし。

 うん……ソコ村の人も、この受付嬢も困ってるな。

 間違いなく困ってる。

 

「分かったよ、俺が受けるよ」


 俺のこの言葉に、ユリアンやグレーズさんたちが盛り上がっているが、それ以外の獣人からはちょっと冷めた視線を送られた。

 うんうん……流石にちょっとイラっとした。


「あんたら俺じゃ不安なら、ついてくるか? あっ?」


 ので、密かにあげまくった威圧のスキルをその不快な視線を放っている連中に放つ。

 鏡で自分を睨みつけて、頑張ってレベル上げした威圧だ。

 これも魔神様に習った、裏技的スキルレベル上げ。

 鏡から跳ね返ってくる威圧にゲシュタルト崩壊するかと思ったが、威圧耐性も同時に鍛えられたのでなんとか精神の均衡を保てた。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 周囲の獣人が尻尾を股に挟んで、目線を下げたことでちょっとだけ溜飲が下がる。


「ユウキも十分大人げないよ?」

「……」


 マリアの言葉で、少しだけ調子に乗った自分が恥ずかしくなった。

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