第2話:獣人気質

「しっかし、来て早々トラブルを起こすあたり、やっぱり冒険者王の異名は伊達じゃないってことか」

「言ってる意味が分からん」

「いいね、だいぶ砕けた口調になってきたじゃねーか」

「ゴホン」

「じいだって、本当は地で喋りたいんじゃないのか?」


 気が付けばビーフジャーキーは完食。

 ちょっとリッチなチータラを開けて、酒がどんどんと進んでいる。

 もはや皇族の威厳も無くなったユリアンに、じいことこの国の宰相のベイズリーがしかめっ面で咳払いをしたが。

 酔っ払いには、すでに教育係の威圧は効果が薄くなってしまったらしい。


「どっちかっていうと、トラブル気質の聖女様のせいだろう」

「本当にな。俺じゃなかったら不敬罪や、国家反逆罪で打ち首だぜ?」

 

 そう言って、自分の首を親指で掻っ切る仕草をする。

 むしろこいつの正体を知った時にいきなり殴られて、許せる皇族がいることが衝撃的だったが。

 

「そうなったら、全力で逃げてたさ」

「それが出来たんだもんな、当時から」

「あの頃から、ナリミヤ殿は一角ひとかどならぬ人物だと、ただただ目を見張るばかりでしたな」


 こうやって無条件に褒められると、ちょっと照れくさい。

 目の前のグラスに注いだビールを一気に飲み干す。


「つーか、この透明度で滑らかなグラスが10マニとか、お前の故郷くにも大概だよな」

「それをおっしゃるなら、先のビーフジャーキーなる味の洗練された干し肉も、しかも柔らかいときた! あれこそ、肉食種の獣人である我らに天啓をもたらした保存食かと」

「切子よりも、ただのツルツルのグラスが喜ばれるのもな……」

「この均一の厚みで、真円を保ったままの円錐台のグラスを作るなど一流の職人でも至難の業ですぞ!」

「細工物は誤魔化しが利くからな」


 そういうものなのか?

 いや、見れば俺が持ってきた切子もベースは、そのグラスのように均一の厚みを保っていることが分かりそうだが。

 まあ、詫び寂びだのいって歪んだ器よりも、シンメトリーの器の方が昔は西欧では重宝してたみたいだし。

 いや、前に献上した切子も立派なシンメトリーだったけど。

 

「マリアは……そうだな、衝撃的だったな……」


***

「表に出やがれ!」

「いいわよ! 後悔させてやるんだから!」

「えっ? いや、依頼……」


 ギルド職員が止めなかったことも衝撃だったが、それで調子づいたジャーという豹の獣人の発した挑発に簡単に乗っかったマリアにも衝撃だ。

 まあ、マリアもだいぶ強くなってるし。

 とはいえ、女の子が……

 そう思ってました。

 その時は。


「ユウキ! こいつに痛い目を見せてやって!」

「おっしゃ、やるぞユウキ!」

「お前ら、絶対仲良しだよね?」


 マリアがジャーと一緒に外に出て行ったので、仕方なく着いて行くとマリアが俺の背中に隠れて両手で俺を押しながらそんなことをのたまう。

 それに対して、気にする様子もなく俺に敵意を向けてくるジャー。

 いやいや……貴方達が言い合ってるのに、なんで俺と戦わせる気満々で、俺と戦う気満々なんだ?

 そこは、マリアとジャーが戦うんじゃないの?

 いや、いざそうなったら間に入るつもりだったけど。

 これって、なんか違うよね?


「ユウキっていうのね? 勝ったら、私が良いことしてあげるわよ!」


 メーアという牛の獣人のお姉さんも変なこと言ってるし。


「それはだめ!」

「おいメーア! 何言ってるんだ!」


 しかも即座にマリアとジャーが一緒に、牛姐さんに真っ赤な顔で詰め寄ってるし。

 仲良しだね、君たち。


「まあ、非力な人間の坊やだ。先に打たせてやるよ」

「俺、やるって言ってないんだけど?」

「ギッタンギッタンの、ぼっこぼっこにしちゃいなさい!」

「ほう? 俺をギッタンギッタンのぼっこぼこに出来ると?」

「いや、俺が言ったんじゃないんだけど?」


 なんだろう……この2人、出会い方さえ間違わなければ、仲良しになれそうな気が。


「まあいい、そこの嬢ちゃんの前で赤っ恥をかかせてやるぜ」

「いや、俺に先に打たせるって……」


 なんか安っぽいチンピラみたいなセリフを吐きながら、殴りかかってくるジャー。

 馬鹿なの?

 さっき言ったことを、忘れるとか。

 実は鶏の獣人じゃないのか?

 そんなことを思いつつも、ジャーの右の拳を左腕で受け流す。

 俺の回転する動きに合わせて、体勢を崩したジャーの延髄にそのままの勢いで裏拳を叩き込む。


「った! いってーなクソが!」


 前のめりになって顔から地面に突っ込みそうになっていたが、すんでのところで踏みとどまる。

 なかなか良い下半身をお持ちで。

 てかマリアの一撃の時は、フギャって言ってたのに。

 

 背中をこちらに向けているジャーが、そのまま蹴りを放ってくるのを後ろに跳んで躱す。

 動体視力がかなり上がってるし、思った通りに身体が動くって素晴らしい。

 と思ったら、胸に衝撃が。


「へっ、俺の蹴りは飛ぶんだ。覚え時……な?」


 思ったほどのダメージは無い。

 体勢を崩すことなく、目の前に無防備に差し出された足首を掴んで思いっきり反対側に振り回す。

 

「うぉぉぉぉぉ! 地面が! 凄い勢いで近づいてくる」


 両手を地面について顔面だけは死守したみたいだが、今度は反対側に向けて振り回してみる。


「やべー! 青々とした空が見える!」


 後頭部を地面に叩きつけられる直前で上半身をひねって、また両手で地面を押さえている。

 流石豹、身体が柔らかい。


「ジャーなにを遊んでるんだ!」

「へえ、あの坊やなかなかの膂力ね」


 熊のおっさんと、牛姐さんがやいのやいの言ってるのが聞こえる。


「おいおい、人相手に情けねーな!」

 

 そして、そこに不用心にも声を掛けながら近づいてくる人影が。


「たかが猿の毛を抜いた程度のひ弱なやつ相手に、みっともねーざまさらしてんじゃねーよ。代われ。俺が真の獣人ってやつを見せてやる」

「ちょっ、まだ終わってねー……ないです」


 俺に振り回されていたジャーが、その人物に喰ってかかろうとしてその勢いがしりすぼみなっていく。

 その視線の先にはツンツンにおったてた金髪の、獅子の耳を持った獣人が。

 眉毛ほっそ……まんま、ヤンキーだ。

 そんな感想を抱いた相手は、そうこの国の未来の皇帝のユリアンだった。


「これ以上恥かくまえに良いから黙って代われよ! ほんっと、こんな貧弱なやつにやられるとか恥でしかねーだろ? 俺がフギャッ!」


 俺がフギャッ?

 突如変な声をあげた男の方にジャーを振り回すのをやめて視線を送ったら、マリアが思いっきり杖を振りぬいた形で男を見上げていた。


「あんたがこいつの何か知らないけど、その場にいなかったんだからすっこんでなさいよ!」

「殿下! 何を……」


 そこに遅れてやってきた壮年の狼っぽい獣人のおっさんが、頬を赤く腫らして目を見開いて口を半開きにした男を見て固まっていた。

 俺は、その男を見て……うん、獣人ってやっぱ獣人なんだなと意味不明なことを考えていたが。


「はっはっは! そうか、B級の冒険者だったとは恐れいった」

「ああ、それは俺だけですよ。こいつは、まだD級です」

「そんな余所余所しい口調なんてやめちまえ! お前はつえーんだから、もう俺と兄弟みたいなもんだぜ?」

「殿下! そんなこと言ったら、世界中殿下の兄弟だらけになりますぞ?」

「これが本当に皇太子なの?」

「いやあ、殿下にそこまで言わせるなんて、やっぱただもんじゃねーな。俺も振り回されてるときに気が付くべきだったわ」

「調子いいわね、あんたも」

「強い男ってお姉さん好きよ」

「この蜂蜜……美味いな」


 そしてなぜか、酒場で集団で飲む羽目に。

 割り込んできたこの国の皇太子を名乗るユリアンと、その教育係のベイスリーさん、それに熊人族のグレーズさんと牛人族のメーアさん、それに豹人族のジャーとマリアの7人で。

 というか、あんだけこっちを小ばかにしてからんできたのに、ジャーは俺を肩を組んで酒を飲んでいる。

 その手をぺシッと払ったが、すぐにまた肩を組んで引き寄せられた時点で諦めた。

 こいつはそういうやつなんだろう。


 そしてグレーズさんは、俺が日本から持ってきた蜂蜜を必死で嘗めている。

 オーガニックなアカシアの蜂蜜だ。

 癖がなく、果糖が多いため寒いところでもトロリとした状態を維持できる至極の逸品だ。

 なんとなく熊といったら蜂蜜と思って、日本に買いに戻ったのだが。

 ことのほかはまっているようで、ほっこりとする。


「じい、俺も冒険者やりたい」

「何を言ってるんですか、貴方は……」


 思いついたようにキリッとした笑顔で、そんなことをほざく皇太子にベイズリーさんは呆れ顔だが。


「良いじゃない! 面白いよ!」


 それに乗っかる、俺の連れ。

 それ、酒じゃないのか?

 いつの間に……


「殿下が冒険者! 良いっすねー」


 黙れジャー。

 何も考えてないくせに。


「だったら、この7人で何か依頼でも受けてみます?」


 流し目をこちらに向けながら、妖艶な雰囲気で笑みを漏らすメーアさん。

 というか、勝手に俺たちを組み込むな。

 さらに言うなら、なぜベイスリーさんまで。


「おう坊主、この蜂蜜どこで買えるんだ?」


 グレーズさんは、もはや蜂蜜のことしか頭に無さそうだ。

 うんうん……グレーズさんと仲良くしとこう。

 そして、まさか本当に7人で冒険に出ることになるとは思いもしなかったが。

 そっか……獣人って、こういうやつらなのか。

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