第1話:冒険者ギルド

「そういえば、俺ってなんでマリアに殴られたんだ?」

「マリアだからじゃないか?」

「あれは、陛下がわるうございます」


 初めて会った時のことを思い出しつつ話していたら、ユリアンが頬をさすりながら首を傾げる。 

 いまだに、あの出来事は衝撃的だったらしい。

 喧嘩の仲裁に入ったら、渦中の人物の連れに思いっきり杖で横っ面を殴り飛ばされたわけだ。

 あの時の、目を見開いて口が半開きになってたユリアンの顔は、今でもはっきりと覚えている。

 近所の野良猫がクサヤを嗅いだ時に見せた、フレーメン反応のような表情がおかしくてついこっちも手を止めてしまったんだっけ?


「じい?」

「あれはどう見ても、ナリミヤ殿と揉めているチンピラの親玉のようでした」

「まあ、広義で見たらこの国の国民の親玉だから、間違ってないんじゃないかな?」

「流石に、まっとうじゃない国民までは面倒見切れんわ」


 ユリアンの口調が、完全に出会った当初のように崩れている。

 酔ってきたようだ。

 悪戯心でマタタビを差し出した時ほどじゃないが、あれも楽しい思い出だったな。


***

 冒険者ギルドに向かうと、とりあえずどんな依頼があるかボードに向かう。

 半年でB級にまで上り詰めた俺は、正直ハージメの街の依頼に物足りなさを感じていたから、ここまで大きな街の冒険者ギルドというものに期待で胸がいっぱいだった。

 掲示板の前に陣取って、マリアと並んでゆっくりと物色していたんだが。


「おやおや、こんなところに人様がいるぜ」

「おいおい、ここに人が出来るような依頼なんてないぜ?」

「戦闘もいまいちで討伐依頼なんか無理でしょ。人が狩れるような魔物なんて、獣人なら子供で狩れるし」

「鼻も利かないんじゃ、採集依頼だって満足にできないんじゃないか?」


 急にボードの影が差したかと思うと、後ろから嘲笑とともにそんな言葉が聞こえてくる。


「しかも子供連れとか、冒険者嘗めてんじゃねーのか?」

「うわぁ……絵にかいたような、絡まれ方だ」


 うんざりしたように振り返ると、熊みたいなおっさんと、豹みたいな兄ちゃん、それと牛のようなお姉ちゃんが立ってこっちを見降ろしていた。

 ただ一つ言えるのは、俺の目の前に牛姉ちゃんのおっぱいがでーんとその存在感を激しく主張しているわけで。

 思わず釘付けになってしまうのも、仕方ない。

 男の性だ。

 しかも微妙に顔はおっとり系で、可愛いと来た。

 一十美一筋だけど、これは仕方ない。

 見てしまうのは、不可抗力だろう。

 目の前にあるのだから。


「いたっ」


 俺の視線に気付いたマリアが肘鉄をかましてきて、自分で悲鳴をあげていた。

 耐久かなりあげてるし、何より鎧をしっかりとつけているんだ。

 馬鹿じゃないのかと思いつつも、意識を取り戻す。


「なんだ引率者と思ったら、こっちも子供だったか」

「ちょっとおませさんみたいだけどね。お姉さんの胸が気になるのかな?」

「ちょっ、メーア!」


 ほうほう、豹のお兄ちゃんは牛のお姉ちゃんに惚れてるっぽいな。

 俺の顎に指をあてて、上に向けさせたあと色っぽい視線を送ってくる牛の姉ちゃんに慌てた様子で割り込んできた。


「いたっ!」


 そして、期せずしてマリアを吹き飛ばす形になったわけで。

 先ほどよりも大きな「いたっ」がマリアから聞こえてきた。

 こいつ痛みを訴える言葉のバリエーション、少なそうだな。


「おう、あまりにちっこくて見えなかったわ。わりーわりー、大丈夫か嬢ちゃん?」

「痛いわね! 何すんのよ!」

「フギャッ!」


 尻もちをついたマリアが、そのまま腰に差した杖を抜いて思いっきり豹の兄ちゃんの顎を打ち抜いていた。

 それにしても、こっちは鳴き声か。

 獣人っぽい。


「あーあ」

「やっちまったな」


 そんなマリアの行動に対して、牛の姉ちゃんと熊のおっさんが首を横に振りながらぼやく。

 その声は、どこか楽し気なものだったのが癪に障る。


「クソガキ!」

「キャア!」


 一瞬何が起こったか分からなかっただろう豹の兄ちゃんが、すぐにマリアに牙を剥いて手を出してきた。


「うるさいな。こっちは今、自分たちで出来そうな依頼を探してるとこなんだから、邪魔しないでくれますか?」

「なっ」


 その手を掴んで、後ろに引き倒す。

 今度は自分が尻もちつく形になったことで、豹の兄ちゃんがさらに目を見開いている。 

 目つぶししてやろうか。

 そんなことを考えつつも、小首をかしげてみせる。


「お前ら嘗めやがって! 俺が誰だから知らねーのか?」

「すいません、いま来たばかりなので、貴方がどこのどなた様かなんてさっぱり分かりませんけど?」

「くっ!」


 俺の答えに豹の兄ちゃんが顔を真っ赤にしてたが、周囲にいつの間にか集まった野次馬から笑い声が漏れている。


「良いぞ坊主! 頑張れ!」

「ジャー、非獣に馬鹿にされてんぞ!」

「やれやれ!」


 周囲が煽ってくることで事態が大きくなるかに思えたが、慌てた様子でギルド職員が駆け寄ってくるのが見える。

 ギルド職員は統一の制服を着ているので、すぐに分かる。

 ホッとしたのも束の間、その職員の口から信じられない言葉が。


「喧嘩なら外でしてください!」


 仲裁してくれないらしい。

 大丈夫かな、この国。

 あながち、アクセーイ王の言ってることも少し正しいんじゃないかな?

 ちょっとだけ、この国に来たことを後悔した。

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