第2章:ナリミヤと帝国皇太子ユリアン
プロローグ
「久しぶりだなユウキ!」
「この度は拝謁の機会を賜り心より感謝いたしております。陛下におかれましては、ますますご健勝のこと「やめろ! やめろ!」
玉座から立ち上がってこっちに近づこうとしてきた壮年の美丈夫を前に、膝をついて臣下の礼をとろうとしたら慌てて駆け寄ってきた。
そして腕を掴まれて、立ち上がらされる。
「俺……余がいまあの椅子に座っていられるのもユウキのお陰、それ以前に余たちは仲間ではないか」
「えぇ……」
俺と言いかけた男性に対して、老年に差し掛かってなお衰えのみせない紳士が咳払いをする。
慌てて言葉遣いを直したみたいだが、頬がわずかに引くついている。
どうやら、いまだにあの宰相には頭があがらないのか。
今回俺が来ているのは、ジャマー帝国。
そう、アクセーイ王国が俺をこの世界に召喚した理由でもある国だ。
まあ確かに当時のジャマー帝国は帝国主義よろしく、軍事力を背景に世界地図に自領を塗り広げていった侵略性国家だったわけだが。
代替わりが行われてから、強引かつ残虐な侵略戦争は行われていない。
どちらかというと、国家間交流に前向きな姿勢を見せている。
そして目の前の男性は、ユリアン・ビースト・ボーレット・ジャマー。
この国の皇帝にして、獅子の獣人だ。
そして側に控えているのは、ベイスリー・フォン・マホール侯爵。
ユリアンの元教育係で、現在彼の補佐として宰相を務めているライカンスロープだ。
この2人との出会いも、この世界にきて半年。
ここ基準でいうと、40年以上も前の話になる。
思えば長い付き合いだ。
ユリアンはこの世界のただの
ただ、長命種と呼ばれる竜人族や、ハイエルフの寿命が1000歳を超えてるいるところを考えると短命種に分類される。
間にドワーフや通常のエルフの300歳~500歳の種族が入ってくる。
実年齢では60を過ぎているのに、見た目は俺と同じくらい。
まだまだ働き盛りだ。
「しかし、もっと頻繁に顔を見せに来てもいいんじゃないか?」
「俺も忙しいし、どうもあっちとこっちじゃ時間の感覚が違いすぎてね」
「ナリミヤ殿のところは、干し肉すらも美味いとは羨ましい限りですな」
その後ここでの用事を済ませ、また宮殿に戻ってきてユリアンのプライベートルームの一つでベイスリーも交え車座になって思い出話に興じる。
俺が手土産にもってきた酒と、干し肉を肴に。
「あの頃は大変だったし、ひたすら我武者羅だったけど……今思えば、一番楽しい時期だったな」
「そうですか? じいにとっては、ただただ大変だった記憶しか」
「ああ、だいぶユリアンに振り回されていたもんね」
「いえいえ、それをいうならナリミヤ殿にもだいぶ振り回された記憶が」
そうだっけ?
当時のことを思い出す。
ようやく少年から青年に差し掛かったユリアンとの思い出。
うん、楽しかった気がしないでもないが。
ここ帝都ジャマーの城下町で、お忍びというか宮殿から逃げ出していたユリアンの目の前でたまたま暴れていて捕まったんだったけ。
暴れていたと言ったら言葉が悪いが、冒険者ギルドで依頼を物色してたら獣人冒険者に絡まれて表で喧嘩沙汰になっただけなんだけど。
喧嘩も売られたから買っただけで、しかも買ったのはマリアだ。
しかし……
「マリアが聖女か……」
「こないだあったけど、したたかに立派に聖女やってたよ」
「それが信じられん」
「月日の流れを感じますな」
「それだけじゃ済ませられない気も」
マリアの大出世にはユリアンも、ベイスリーも瞠目するばかりだろう。
まあ、出会いは最悪だったもんな。
ユリアンのお陰というか、なんというか。
***
「おかしいよね? おかしくない? おかしいよね?」
転移魔法を使ってハージメの街から、ここジャマーに来た。
マリアを連れ立って。
半径3m以内なら、指定したものと一緒に転移出来るようになった。
最初は自分と身に着けたもの、触れたものしか移動できなかったが。
スキルのレベルが上がって、進化したようだ。
「さっきまで、ハージメの街の門の外にいたよね? ここどこ? ここどこなの?」
「うーん、帝都ジャマー?」
マリアが凄い勢いで詰め寄ってくる。
胸が密着して、こちらを見上げるように見つめてくるマリアを押しとどめる。
残念ながらマリアに胸は無い。
申し訳程度の脂肪と骨が当たっても、特に思うところも無いわけで。
「ちょっと、観光がてら情報収集にと思って」
「そうじゃない、聞きたいのはそういうことじゃない!」
残念ながら一緒に移動した人物には、隠蔽効果は発揮しないらしい。
しかし、そこは好奇心旺盛なマリア。
すぐに周囲の異国情緒たっぷりな景色に、目を奪われる。
「ここが帝都かぁ……凄いね。道がほとんど舗装されてるし、建物も石造り? 土蔵? なんかわかんないけど、木造の建物より多いよ!」
「微妙に服のセンスも、良い感じだよね」
「あの人、凄くおしゃれ! でも、制服着た人も多いね」
通りにはフレアスカートのようなものを履いた女性や、パンツをハイウエストで絞っている女性が歩いている。
そうか、帝都はこういった服装が流行っているのか。
ハージメの方じゃ、タックの入ったスカートを金持ちが履いてるくらいで、なんか布を前で合わせてボタンで留めるような簡単な腰巻が一般人の標準だったもんな。
「取り合えず通貨とかは、共通みたいだね」
「ああ、あれは教会が統一してるからね。場所場所によって物価は違うけど貨幣価値は魔族の国以外は一緒だよ」
魔族の国もあるのか。
「エルフの国や、ドワーフの国は物々交換の方が喜ばれるみたいだけど」
「まあ、所詮は人の宗教ってことか。あれ? でもここ、獣の耳が生えてる人とか尻尾のある人が多くない?」
「ああ、皇帝が獣人だからね。獣人族は人と同じくらい多いし、闘神を信仰する獣人の宗教と人族の宗教は対立も激しくないから」
「そうなの?」
人族が信仰する知恵と豊穣の女神チーノウと、獣人の信仰する闘神ノーキンはどうやら姉弟関係にあるらしい。
弟であるノーキンは。姉であるチーノウと仲が悪いと公言してたみたいだが。
チーノウはブラコンをちょっとこじらせた程度に、弟を溺愛しているらしい。
それが鬱陶しいといった感じのやり取りが、お互いの聖書に残されているみたいだけど。
ところが、チーノウにとある男神がしつこく言い寄って困らせていたときに、このノーキンはその男神の四肢をもいで岩に鎖でグルグル巻きに巻き付けて深海に沈めたりしたといった逸話もあったり。
なんだかんだで、仲良し姉弟のようだ。
そういったこともあって、お互いの宗教は表面上では獣人側が人側を見下してたりしてるようで、実際は人族に何かあった時に真っ先に駆けつけてくれるようなツンデレ気質の国民性だったりする。
とはいえ、基本は身体能力で劣る人族を、獣人側が見下してるのは事実なわけで。
まったく人ってのはしゃーねーなーと、優越感に浸りつつ手を差し伸べてるだろうことは想像に見易い。
現に俺たちに向けれている視線も好奇心によるものもあるが、小ばかにしたものも少なくない。
感じ悪い。
「獣人至上主義、ただし人は認めるって感じの国民性だからね」
「力こそ全てって感じだよね」
「そうそう、基本武力での解決がメイン手段だし」
やっぱりノーキンとやらを信仰してるだけの国ではある。
そして、2人で連れ立って、この街にある冒険者ギルドに向かい……そこで、事件が起こったわけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます