第11話:新たなる聖女マリア伝説

「マリア様!」


 大昔の冒険者になったばかりの頃の話をしながら、目的の森の近くの街ネストへとやってきた。

 聖女マリアの来訪を事前に知らされていたのか、恰幅の良い男性が門番と一緒に街の入り口で出迎えてくれる。

 教会の用意した立派な意匠の施された馬車だ。

 外壁の上にいる物見の衛兵も見つけやすかっただろう。

 その衛兵の報告を受けて、彼もすぐにでも出てきた感じか。


「これはこれは領主様自らのお出迎えですか」

「当然のことでございます。この度は、ご足労頂き誠にありがとうございます」


 出迎えてくれたのはここネストの街の領主、ネスト伯爵だ。

 ちなみに救国の聖女マリアは国賓扱いで、多くの国で他国での王族相当に扱われている。

 ここネストがある、サード国でも同様だ。


「そちらのお方は?」

「ええ、私の友人でユウキというものですよ」

「は? えっとユウキ様といったら……冒険王で名高いヒトミール王国の国王であらさられるユウキ・ナリミヤ陛下で?」

「まあ、そういう肩書もありますね」

「こ……これは知らぬこととはいえ、大変な無礼を! お初にお目にかかります、私「良いから良いから、今日は冒険者としてマリアの依頼でお忍びで来てるだけだから」」


 マリアの雑な紹介に、慌てて平服していまにも頭を石畳にこすりつけそうなおっさんの腕を掴んで立ち上がらせる。


「勿体ないお心遣い「はは、ここの領主様はいち冒険者にも過分な礼儀を尽くしてくれるらしい。面映ゆいからやめてください」

「そう、おっしゃられるなら」


 それからネスト伯爵直々に、彼の屋敷へと案内される。

 聖女マリアだけでも大騒ぎなのに、思わぬビッグネームの登場に街が湧きたっている。

 その場にいた衛兵によって、瞬く間に俺が来たことも民衆に伝えられたらしい。

 街の目抜き通りに並ぶ多くの人達が、声を掛けてくれる。


「あれがユウキ様? 聞いてたよりもずっと優しそう」

「マリア様とお並びになると、とてもお似合いですね」

「あんな華奢な体で、ドラゴンの尻尾を掴んで振り回すらしいよ」

「嘘だろ? まあ華奢というよりも、ぎっちりと締まってるって感じか」


 好意的な言葉ばかりだが、恥ずかしくてついつい張り付いた笑顔になってしまう。

 それでも、振られた手に応えることは忘れないが。


「いま、こっち見た!」

「ああ、正面から見ると本当に素敵」


 うんうん、正直自分の顔がそこまでイケてるとは言わないが、色々と肩書込みでいけばそれなり以上なんだろう。

 

「マリア様! これ!」

「みんなで集めたの!」

「あらあら、ありがとうね。可愛らしい冠ね」


 なぜか誇らしげに民衆に見せつけるように、ゆっくりと歩くネスト伯爵の歩調に合わせていたら子供が駆け寄ってきてマリアに花で作った冠を渡していた。

 その冠を躊躇する様子も見せずに被るマリアに、時の流れを感じる。

 あのじゃじゃ馬が、こんなにお淑やかに立派に聖女様をやってることに感動すら覚える。


「よく似あってるよ。良い贈り物じゃないか」

「ええ、貴方がくれた武骨な贈り物の数々とは比べるべくもないですね」

「あれは贈り物じゃなくて、支給品だろ? ちゃんとした贈り物もあったはずなんだけどなぁ」

「そうでしたっけ?」


 一応俺の名誉のためにいっておくが、誕生日や昇格の時には日本で買った小物なんかもちゃんと渡していたんだが。

 照れ隠しかとぼけて見せるマリアに、ため息を吐く。


***

「一応、明日同行させるものはこの街でも選りすぐりの騎士と、冒険者になるのですが」

「いえ、今回はナリミヤ陛下がいらっしゃるので、2人だけで大丈夫ですよ」

「えっと、あの黒龍なのですが?」

「あら、先日陛下は1人でスノードラゴンの番を討伐したようですが?」

「え?」


 どうやら、俺がこないだ竜を2体退治した話は伝わっていなかったらしい。

 せめてそこまでの案内と、雑用係として! なんて言い募るものだから、仕方なし冒険者から1グループと騎士小隊の従事を認めることになったが。


「せっかく、久しぶりのパーティ再結成と思ったのに」

「そうやって感情がつい漏れるところは、変わってないな」

「あなたの前だけですよ。見栄を張っても仕方ない相手ですし」


 仰々しい集団を引き連れて、黒龍の目撃のあった場所に向かっている途中でマリアが不満げに小声で呟いていた。

 前を行く冒険者や騎士達がチラチラとこちらに視線を向けて話しかけたそうにしているが、マリアは俺の横をしっかりと陣取ってずっと話しかけてくるので声が掛けにくいらしい。


「それにしても、魔物の一匹どころか動物すらいないなんて、よほど気性の荒い竜と見える」

「まあ! 気性の穏やかな黒龍なんて聞いたことないですよ」


 鬱蒼とした森の中に、ところどころ木漏れ日が差し込んでいる。

 それなりに雰囲気は悪くない森なのだが、先ほどから鳥の鳴き声1つしない。

 だいぶ黒龍が派手に暴れたのだろう。


「話の通じる黒龍なら、友人に居るけど?」

「あれは黒龍でも、古竜エンシェントでしょう」

「人化したら、もやしみたいな冴えないおっさんでびっくりしたわ」

「姿かたちは自在に選べるって聞いたけど?」

「なんか人と接するのに、弱そうな方が良いんだってさ。変わった竜も居たもんだ」


 他愛もない話をしながらも、気配探知を森全域にまで広げているから着実に目的の相手に近づいているのはわかる。

 向こうも気づいたらしいが、待ち構えるらしい。

 流石、ドラゴン。

 王者の風格ってやつだろう。


「さっきから、とんでもない会話ばっかりなんだけど?」

「流石冒険王。知り合いも半端ない」


 冒険者と騎士ってそこまで仲の良いイメージはなかったけど、今回同行した連中はそうでもないらしい。

 ひそひそとこっちを見ながら、盗み聞きした内容について話しているのが聞こえる。

 聴覚も上がっていることに加えいまは感度を大きくあげているから、本人たちは小声ではなしているつもりでも丸聞こえだ。


「っと、もうすぐ現れるから、皆さんは下がってください」

「えっ?」

「はいっ」


 だいぶあたりが開けてきたところで、冒険者たちを下がらせる。

 距離にして500mってところか。

 まだ木が邪魔をして、姿が見えてないが。

 場所は丸わかりだ。


「とりあえず、気付いてながら狸寝入りかましてる馬鹿垂れに目覚まし代わりの一発でもかましとくか」

「ええ? この距離からですか?」

「待ち構えてるところを襲うよりも、不意打ちでこっちに来てもらった方が楽だろう。【雷槍ライトニング・ジャベリン】!」


 真っすぐ標的に向かって手を突き出すと、掌から紫電が迸る。

 そして一筋の光がその紫電を纏って、木々を貫き一直線に飛んでいく。


「ギャォォォォォォォォ!」

「これ、生きてます?」

「大丈夫、マリアの見せ場は残してあるから」


 大地を揺らすような叫び声が聞こえたかと思うと、遠くで木や草が空高く舞い上がるのが見える。

 そして上空に現れた巨大な黒い竜。

 肩と首の境目から黒煙をあげつつ、激しく出血してるのが見える。


「油断しすぎだろ。障壁すら張ってなかったのかよ」

「満身創痍って感じですね。あれ、逃げるんじゃないですか?」

「逃がすなよ、マリア」

「もう……本当に雑なんですから。【聖光磔刑シャイニング・クラシフィクション】!」


 マリアが唇を尖らせながら空に手をかざすと、上空から光の剣が降り注ぎ黒龍を貫き地面に叩き落す。

 こちらを一瞥したあと逃げるか戦うか逡巡したであろう竜は哀れ、無数の光の剣で地面に磔にされてしまったようだ。

 てか、あれ死んでない?


「急所は避けたつもりです」

「そう?」


 取り合えず竜が落ちた場所に2人で駆け寄ると、それこそ満身創痍といった感じで怯えた目をこっちに向ける情けない顔があった。

 流石に敵意のかけらもない、恐怖に心の折れた竜を見ると思うところはある。

 見逃してやっても良いかなとかって。


「グルゥ」


 鳴き声まで情けない。

 

「まだそこまで悪さをしてないみたいですが、ここでおいたしちゃ駄目ですよ?」

「グゥ?」


 あっ、マリアが堕ちた。

 ホーンラビットとかも殺せない、心優しいところがあったからな。

 この庇護欲をそそる情けない竜の姿に、母性本能をくすぐられたか?

 

「どけ、マリア。いまこいつを殺さないと、これから先きっと人を襲うぞ!」

「ガァッ?」


 俺が空間収納からよく切れそうな剣を取り出すと、竜が怯えた様子で首を横に振る。

 大物感たっぷりにこっちを待ち構えていたのは遠視で見ていたから知ってるが、マリアはその姿を見ていないから余計にただの情けない竜にしか見えないのだろう。

 俺を前に両手を広げて立ちふさがる。


「私が言い聞かせますので、見逃してあげてくれませんか?」

「ダメだな。そもそも……角に、肉、血に、内臓、眼球から鱗の一枚まで高く売れるんだ。見逃す手は無いだろう」

「グゥ! グルゥ!」

「ほら、この子もこう言ってますし」

「いや、なんて言ってるかさっぱりわからん」


 いや、本当は分かるけど。

 竜言語も知り合いのドラゴンからスキルとして、譲り受けてるからな。

 もう、ここには来ないから。

 お願い、助けて! って恥も外聞もなく命乞いしてるのがまるっと理解できる。

 出来てしまう。

 マリアは、このスキル持ってないはずなんだけど。


「僕は良いドラゴンだよって言ってます」

「ガアッ?」


 ドラゴンの方はこっちの言ってることを理解できてるらしい。

 見当外れのマリアの通訳に、驚いて二度見している。

 うん……あんまり、憎めない竜だな。

 人的被害はまだ出てないし、家畜に少し被害があった程度。

 でも、今までに人を食い殺してる可能性もあるし。


「この子には誓約を結んでもらいます! そうですね、この街と森の守り手として、この森の管理者になってもらいましょう」

「えっと……森の守り手になったら、森の魔物が人を襲ったときにどっちに味方するんだ?」

「じゃあ、魔物に人を襲わせないように」

「冒険者は、おまんまのネタがだいぶ減るけど?」

「人でなしですか!」


 俺とマリアの言葉の応酬を前に、ドラゴンはマリアをすがるように見ている。

 このドラゴン、意外とあざといな。


 結局俺とマリアの三文芝居を前に、黒龍はこの森の奥にひっそりと住むことを約束させられていた。

 でもって、ネストの街に災厄が訪れたら、味方することも……

 

 結局マリアが邪悪な黒龍を討伐直前まで追い込んだ俺から救って改心させ、ネストの街の守り神として誓約させたことで話は収まった。

 冒険者や騎士たちも、マリアに頭を擦り付けて忠誠というか甘えている黒龍を前に微妙な表情を浮かべつつも納得するしかなかったようだ。

 また一つ、聖女伝説に新たな一幕が付け加えられた形で、事態はスピード解決だ。


「うまく乗せられた気しかしない」

「ふふ、平和的解決が出来て良かったです」


 ネストの街で盛大に凱旋パーティーを開いてもらい、ヒトミールへと帰る途中で何事もなくそんなことを言うマリアにため息が漏れた。

 まあ領主の館から水戸のお土産になりそうなものも貰えたし、織物がさかんなこの街の服も仕入れられたから良いか。

 コスプレに使えそうな村人の服から、貴族の衣装まで。

 一応、鱗を6枚ほど分けてもらった。

 2枚は家畜を失った農家への補填、俺とマリアが1枚ずつコレクション用にと。

 そして1枚はこの街の仕入れの資金の元手、もう1枚は教会付きの孤児院への寄付だ。

 ポイント稼ぎのための慈善活動も抜け目なく行うマリアが、聖女か。

 世界に不安を抱きつつも、ヒトミールで色々と懐かしい面々と食事や冒険を楽しんで日本へと帰国した。



――――――――――――――――――――

後書き

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 現在、過去、日本、異世界といったりきたりで上手く纏められているか不安ですが、ここで1度1話から見直しと加筆修正を行いたいと思います。

 続きの執筆との並行作業の予定ですが、2~3日間が空くかもしれません。

 気付き等あれば、コメント頂けると幸いです。

 今後とも、お付き合いよろしくお願いいたします。

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