第9話:レベルアップの恩恵

「やばい、知識がどんどん吸収されていく」

「そうか、それはやばいな。やばい薬でもやってるんじゃないのか?」

 

 テスト勉強を始めたはいいものの、テキストを読めば片っ端から頭の中に入ってくる。

 マリアと適当に冒険者として活動して、D級まで上がったところで日本に帰ってきた。

 2~3日に1日くらいしか一緒に行動できないといったら、ブーたれていたが。

 少しだけ日本に帰ってからあっちに戻ったら、パーティとして申請もされていた。

 まあ、彼女はいわゆるぼっちなのだろう。

 とはいえ、俺もあっちの世界に詳しい訳じゃない。

 もしかしたら、魔神様が遣わしたチュートリアル的な人なのかも。

 ぼやっとした表情を見て、その推測はすぐに消えていった。


 そして俺のつぶやきに対して、一緒に勉強していたたかしから突っ込みが。

 どちらかというと、俺が諦めたと思ったらしい。

 まあ、そんな感じのセリフだな。


「ふふ、今回はかなり自信があるぞ!」

「それは良かったな。分かったから、邪魔しないでくれるか?」

「酷い言われよう。まあ良いや、とりあえずコンビニ行ってくるけど何かいる?」

「じゃあ、マウンテンレイニアと適当につまめるものでも」

「好きだね」


 レベルが上がって知能が上がったからか、勉強が捗ること捗ること。

 この調子でいけば、単位を落とすことも無さそうだし。

 

「やっぱり俺も行く。気晴らしって大事だよね?」

「まっ、否定はしないかな」


 部屋を出ようとしたら、たかしも立ち上がって背伸びを始める。

 しゃあなし野郎2人で連れ立って、コンビニへと向かう。

 

「ていうか、少し痩せたか?」

「あー、締まってきたかもしれん。レベルが上がったから」

「レベルってなんだよ! 本当に、やばい薬でもやってんじゃないのか?」

 

 信じられるわけも無いか。

 俺が異世界で、冒険者やってるなんて。

 煙草に火を付けて、夜道を歩く。 

 コンビニまで徒歩で数分くらい。

 丁度、たばこを一本吸い終わるくらいの距離だ。

 歩きたばこなんてと言われそうだが、特に目立つこともないくらいの田舎。

 いや、本当名古屋まで車で数十分なのに、この格差。

 笑えるわ。


「うわっ、馬鹿どもがまた騒いでる」

「ヤリサーで名高い連中ね」

 

 家のすぐそばに、大手居酒屋チェーンもある。

 田んぼや畑もある場所に、居酒屋チェーン。 

 違和感しかないけど、学生が住む住宅街ならではってところかな?

 そこの駐車場でワイワイ騒いでる連中にちらっと視線を向けるが、すぐに無視して歩き始める。

 アウトドアサークルとかっていうふわっとした名前で、遊び歩いてるアホ共だ。

 色々と評判も悪く、出来れば関わり合いになりたくない連中だ。


 コンビニで適当におむすびやらパンと飲み物を買って店を出ると、連中がコンビニの駐車場に移動してきていた。

 知り合いも居ないし、特に接点もないけど嫌いなんだよなこいつら。

 そんなことを思いつつも視線を向けたのがいけなかったのか。


「おいおい、さっきも俺らのこと見てたけどなんなの?」

「羨ましいの?」


 茶髪と金髪の野郎に声を掛けられた。

 羨ましいっちゃあ、羨ましいかな。

 テスト期間に飲み歩ける、その精神。

 だから、留年製造サークルなんて言われんだよ。


「ああ、その能天気なところは羨ましいね。邪魔だから、どけよ」

「えぇ……」


 そしてたかしもこいつらが大っ嫌いだ。

 しかもこいつはこいつで、態度でかいんだよね。

 まあ、身体もでかいけど。

 なんで、そんなこと言っちゃうかな。

 厄介ごとの匂いしかしなくて、ため息が漏れる。


「うわっ、喧嘩売られた? 俺いま、喧嘩うられた? ウケるー」

「じゅんちゃん嘗められてるよー!」


 何が楽しいのか分からないけど、盛り上がってる。

 いや、酔っ払いだからなんでも楽しいのか。


「お前何年よ?」

「相手の年齢で態度変えるくらいなら、最初っから礼儀正しくしとけよ……もう一回言うな。邪魔だから、どけ」

「どうしたのー?」

「カラオケ行くよー」


 もめ事の気配を察したのか、女の子が2人ほど近寄ってくる。

 うーん、見たことあるな。 

 確か、タメだったような。


「サーせん先輩。僕ちゃん喧嘩売られちゃったので買おうと思います」

「やめてよ、ただでさえ私達評判悪いのに」

「評判悪いんですか? でも僕ちゃん、プライド傷つけられちゃいました。ですので「あー、すいません。この子、ちょっと悪酔いしちゃったみたいで。連れていくんで」


 金髪の兄ちゃんが首をならしながら、女の子に両手をあげてひょうきんな仕草を見せていた。

 流石に不味いと思ったのか、女の子の一人がこっちに謝りながら、金髪の子を連れて行こうといていたが。


「って……清水君……」

「しみず~? しみずって、去年先輩方に喧嘩売って、なんか怪我させた人じゃないっすか!」


 たかし……

 どうやら、去年もアウトドアサークルと揉めたらしい。


「いやあ、これ仇取らなきゃダメなやつっしょ?」

「取らなくていいから。この人、本当にやばいから」

「あれは、私たちが悪かったの! この人の知り合いのこと、盛大にディスっちゃってたの聞かれて」


 茶髪どこいった。

 先輩の女の子2人が困ってるぞ!

 と思ったら居た。

 何やら、似たようなチャラいのに声を掛けてる。

 うわぁ……集団で来たよ。


「おい、たかし行くぞ。時間がもったいないし」

「そうだな。近所迷惑だから、とっととカラオケでも行ってろ」

「逃げるんすか、先輩?」

「良いから、行きます! カラオケ行きます!」


 たかしが相手する気が無いと分かったのか、金髪が煽ってくる。

 それに対して、女の子が凄く焦ってるのがかえって気になる。

 本当に、なにしたたかしお前。

 まあ、今回は特にこれ以上関わる気も無さそうなので、大丈夫かな?

 とっとと、歩き始めたたかしの後を追いかけようとする。


「待てよ!」

「触んな!」


 よしときゃいいのに金髪の兄ちゃんがたかしの肩を掴んだ瞬間に、たかしがその手を振り払って睨みつけている。

 確かに行儀の悪い後輩とかに横柄なところはあったけど、こいつバイオレンス過ぎるだろう。

 普段はひょうきんで面倒見が良いやつだけに、ギャップに俺もちょっとビビる。


「てめ、何しやがんだよ!」

「キャッ、誰か! ジュン君を止めて!」

「三島先輩! じゅんが!」


 女の子が慌てている。

 そんなに慌てるほどのことかな?

 金髪が弓を引いて、殴りかかる動作が凄く遅く見える。

 そして、たかしはすでに相手が拳を突き出すよりも早く、拳を下から上に振りあげようとしている。

 ショートアッパーってやつかな?

 って、見てる場合じゃない。


「えっ?」

「はっ?」


 気が付いたら間に入って、金髪の引き絞った拳を右手の掌で包んで前に出すより先に止めていた。

 と同時にたかしの拳も左手の掌で包んで止める。

 2人とも驚いた表情をしているが、このあと俺はどうしたら良いのだろうか。

 喧嘩なんかしたことないし。

 そのまま3人で固まっていたら、アウトドアサークルの人達が集まってきて俺たちを引き離していた。

 

「勇樹、お前……」

「清水さん、すいません。連れの方も……ちょっと、飲みすぎたみたいで」

「三島さん、なんで止めるんすか!」


 代表っぽい男が頭を下げる。

 うーん、見た目的にかなりいってる。

 留年組か。

 しかも1年どころじゃなさそうだ。


「ジュン、いい加減にしろ!」

「だって!」

「お前、先輩の言うことが聞けないのか?」

「サーせん」


 三島って男に怒鳴られて、金髪がシュンとなっていた。

 しかし項垂れた状態で、こっちを下から睨みつけているのだけははっきり見えた。

 全然納得してないんだろうな。


「お前らたいがいにしとけよ! 学生以外の普通の人だって住んでんだぞ! 外で騒ぐなや!」

「あっ?「いや、本当すみません」

「三島さん!」


 なぜたかしはこんなに偉そうなのか。

 言ってることは間違ってないから、自信があるんだろう。

 正しいことを堂々と言えるのは、素直に羨ましい。


 それから金髪を引きずるようにして、連中が車に別れて乗り込んでいった。

 うーん、心臓がバクバクいってる。

 バイオレンス……


「勇樹って、実は強い?」

「ん? レベルが上がったからね」

「なんだ、そりゃ」


 その姿を見送っていたら、たかしから声を掛けられる。

 いつも通りのたかしに、ほっと一安心。


「っていうか、なんで喧嘩売るような真似を」

「だって、近所迷惑じゃん。同じ大学に通ってる生徒としては、看過できんよね?」


 ちょっと方言と訛りが出てるから、まだ少しイラついてるのか。


「そうだね、でも俺喧嘩とか弱いし苦手だから、やめてね」

「あー……まあ、足速いし。逃げて助けを呼ぶくらいはできるだろ?」

「友達置いて、逃げられるかよ!」

「……」

「照れんな! 突っ込め!」


 俺の言葉にそっぽむいたたかしが、ちょっと可愛いとは思わなかった。



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