第8話:異世界らしく

「ちょっと、起きなさいよ!」


 どうやらマリアが起きたらしい。

 俺の部屋を激しくノックする音と、怒声が聞こえる。


「嬢ちゃん朝っぱらからうっせーぞ!」

「すみません」


 どうやら隣室の宿泊客に怒られたらしい。

 迷惑なやつだ。

 いや、いいやつではあるんだろうけど。


「なんだ、起きたのか?」

「起きたのかじゃないわよ! なんで、こんなところにいるのよ、私は!」


 扉を少し開けると、足をガッと突っ込まれて一気に扉が開かれた。

 どこの借金取りだお前は。


「おはよう」

「おはよう、ってそうじゃなくて! ここどこよ!」

「どこって、ハージメの街の宿だけど?」

「なんで!」

「マリアが酔いつぶれたから?」

「もしかして……」

「もしかしない」


 両腕で自分の身体を守るように抱きしめてこっちを見上げてくるマリアに、ため息しかでない。

 流石にこんな子供に寝てるからって悪戯するようなくずじゃない。

 そもそも、その青い髪の毛が受け入れられない。


「まあ、起きたんなら丁度良かった。今日暇か?」

「予定は特にないけど」

「というか、マリアは何をしてるんだ?」

「何って……冒険者のようなこと?」


 おお。

 お約束……か?

 分からないけど、冒険者とはこれは僥倖。

 マリアに頼めば、この街で冒険者になれる。

 異世界といえば、やっぱこれだよな。


「そんな期待した目で見ないでよ。見習いのF級冒険者なんだから」

「上等! 俺も冒険者ってのをやってみたくてさ」

「あなたこそ、そんなに強いのに何やってる人なの?」

「学生?」

「学生?」


 俺の言葉に、マリアが首を傾げている。

 うん、学生で間違いないんだけど。


「日本っていう国で、大学に通っている」

「大学?」

「まあ、最後の学校かな」

「21にもなって、学校に通うなんて」


 この世界じゃ、あり得ないことなのかな?

 教育環境がよく分からない。


「ああ、俺の国じゃ3歳くらいから幼稚園ってとこに通って、6歳で小学校、12歳で中学校ってところに通う。その後は、希望すれば15歳から高校や専門学校、18歳から大学に通えるんだけど」

「凄く勉強が好きな人が多い国なのね」

「まあ……目的がない奴も惰性で進学するけどさ」

「変な国」


 やっぱりそんなに長期間勉強をするような感じではなさそうだ。

 

「じゃあ、あんたは大学ってとこに通ってるわけか」

「そういうこと。割と自由だから、こうして世界を旅してるんだけどさ、社会経験として冒険者ってのをやってみるのも悪くないかなって」

「そんな片手間で出来るほど、甘くないわよ?」


***

「うそ……でしょ?」

「そんなこと言われても」


 ぶつくさ言うマリアに連れられて冒険者ギルドにやってきた。

 それで適性審査を受けて、合格したことで冒険者にもなれた。


「職業の選択肢が広すぎでしょ! しかも前衛も後衛も選び放題って……」

「剣は習ったからある程度使えるし、魔法の適性も豊かみたいだからかな?」

「全属性の適性が優って、なんで学生なんかやってるのよ! 成人してすぐにでも、有名な魔導士に師事したら大魔導士……いや、賢者にだってなれたかもしれないのに!」


 凄くもったいないといったような表情をされた。

 そういえば、ギルド職員もこんな顔をしてたっけ?

 今からでも間に合うさ、何事も遅すぎるということはあまりないでしょ? と言ったら、残念なものを見るような視線を向けられたけど。


「そういえば移動中ずっと棒を振ってたけど、あれはなに?」

「ん? 剣スキルと棍スキル、杖スキルの熟練度を上げてただけだけど?」

「はっ?」


 剣術スキル等と違って、これらのスキルはそれに適した武器に対する適正が上がるのだ。

 木の棒を剣や杖、棍と思い込んで振ることで熟練度が上がる。 

 そして、それらの武器の適性が身につくらしい。

 なんて便利な。


 剣術スキルや、杖術スキルはきちんとした型や手合わせ、実戦で上がるが。

 剣スキルみたいな武器名だけのスキルは、その道具を意識して使うだけで身につく。

 そしてスキルがあると、扱いが上手くなるのだ。

 リーチの把握や、力の入れ具合、また軽く感じたり、ぶれなく振るうことが出来たりと恩恵も多い。

 暇なときにこうやって伸ばしていくことで、色々と捗る。

 魔神様が教えてくれた。


「そんな話聞いたことないわよ!」

「まあ、もともと不向きな武器とかになると何千回とかって振らないと、顕現しないからね」

「なんで知ってるのよ!」

「教えてもらったから?」

「へえ……流石、その年で学校に通うだけのことはあるわね」


 何やら勘違いしてそうだけど、正す気はない。

 取り合えず、冒険者証ゲットだぜ!

 てことで、定番の薬草採取の依頼を受けてきた。

 F級で出来るっていったら、このくらいしかないし。


「で、どうするの? すぐに行くの?」

「うーん、この辺りで商売の神様を祀ってる神殿とかってない?」

「商売の神様? 特定の神様って訳じゃないけど、中央神殿に行けば大体の神様を祀ってるわよ」

「じゃあ、ちょっと案内してくれる?」

「冒険者になったのに、商売の神様に祈るの?」


 うーん、冒険者になったからこそ、商売の神様の加護が欲しいところなんだけどね。

 目利きのスキルは是非とも欲しいし、素材の売買や買い物で足元を見られるのもいやだし。


「私だってその日暮らしなんだから、少しでも多く稼ぎたいのに」


 ということで、ぶつくさ言いながらも俺を神殿に案内してくれるマリア、マジでいい奴。

 足向けて寝られないわ。

 昨日は向かいの部屋だったから、思いっきり足向けてたけど。


「宜しいので?」

「ええ、気にしないでください。少しでも神様のお役に立てるなら」


 神殿に入ると、なるほど多くの神像が祀ってあった。

 で商売の神様の像の場所を聞いたうえで、金貨を1枚ほど寄付した。

 神様の為になるように使って欲しいと、言い含めて。

 ちなみに、魔神メフィアスの像は無かった。


 マリアが目を思いっきり見開いていたのは面白かった。

 商売の神様はイッツミーというらしい。

 恰幅の良い、いかにも商人といった感じの人物を象っている。

 その像の前で片膝をついて、両手を組んで祈る。

 教会で祈りをささげるみたいな恰好だ。

 流石に神社で祈るような形は、ちょっと場違い感があるし。


『お主がユウキか』


 脳内に直接……だと?

 いや早すぎるでしょ。

 そして、メフィアスの時のように周りの空気が静止したのを感じた。


「はい、そうですが……」

「お主のことは、メフィアスよりよく聞いておる」


 すぐ傍で声が聞こえたので振り返ると、目を閉じた長髪のイケメンが立っていた。

 おいおい、全然神像と違うぞ?


「えっと、貴方は?」

「私は商売の神である、イッツミーだ」

「えっ?」

「ふふ、神に会えるやつなどそうそうおらんからのう。あれは、この世界の人の勝手なイメージだ。まあ、私を敬う気持ちは本物だから、気にしてはおらぬ」


 目の前の像とイケメンの間で視線を往復させると、苦笑していた。

 

「メフィアスに庇護されながら、私の加護も願うか」

「ええ、なんていうか……鑑定スキルって、やっぱり必須かなと思いまして」

「確かに、お主のような境遇であればな。この世界のことも分からなければ、生態系もまったく違う場所から来ておるからな。なに、メフィアスには良いか悪いかでいったら良いやつだとは聞いておる」

「はあ、なんというか感謝すべきかどうだか」

「ふふ」


 正直な感想を言ったら笑われた。

 そして加護は問題なくもらえた。

 ついでに目利きのスキルも。

 

「私もお金は好きだからな。金貨1枚も寄付してくれたわけだしな」

「えっと……」

「ああ、私の加護を受ける最低限の条件は、金と切実な願いだ。他にも色々と条件があるが、この2つは絶対に外せぬ」

「そうですか……」


 期せずして、イッツミー様の望む行動を取ることが出来たらしい。

 そして、商売神の加護を得たことで、交渉術や詐欺スキルのベースになる話術スキルも発現した。


「また困ったことがあれば、神殿に寄るがいい。メフィアスを祀っている神殿は無いがどの像でも良いからやつのことを思って祈れば、思いは届くぞ」

「有難うございます」

「ふふ」


 笑いながら余韻を残してイッツミー様が消えると、周囲の時が動き出すのを感じる。


「よしっ」

「えっ? もう終わり?」


 時が止まっていたせいで、一瞬くらいのことだったらしい。

 マリアが早すぎないかといったことを言ってたが、伝えたいことは伝えられたと言ったら訝し気な表情を浮かべていた。


 その日の薬草採集の結果は……大量だったと言っておこう。

 マリアが解せぬと言って不機嫌になっていたが、半分ほど分けてあげたらすぐに機嫌が直った。

 現金なやつだ。



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