第7話:聖女マリア

「久しぶりですね」

「そうだな」


 ナンブー王国のクーデターはすぐに鎮圧できた。

 取り合えず主力となる部隊を片っ端から襲って、それを扇動した者たちを捕まえたことで瓦解していった。

 その後マリアが演説を行って、参加したものたちの助命をナンブーの国王と俺に願い出たことで事態は収束された。

 これで、マリアの世間での評判はまた一つ上がっただろう。


 お互い変装して、街の飲み屋で話をしている。


「それにしても出鱈目ですね」

「そうか?」

「一人で、100人を超える暴徒を相手に半刻もかからずに無力化するとか、相変わらず人間やめてるとしか思えないですよ」

「本気出したら、お前でも出来るだろう」


 マリアとは長い付き合いだから、彼女のレベリングもそれなり以上に手伝っている。

 広範囲殲滅魔法でも使わせれば、鎮圧どころか沈黙すらさせられるくらいに強い。

 聖属性以外も、かなり鍛えてあるからな。


「また見た目の歳の差が広がったように見えますね」

「あれから50年近くは経つからな」

 

 当時俺は21歳、マリアは14歳だった。

 ただ出会った当初は14歳だったマリアも、今じゃ62歳。

 精霊の加護と俺の眷属になったお陰で、見た目は40手前くらいだが。

 違和感のあった青い髪も、色がだいぶくすんでいる。

 白髪にはならないみたいだけど、過ぎ去った時の流れを感じる。 


「こっちは4分の1の時間の流れで生きているからな」

「ずるいですね……」


 色々な思い出が蘇ってくる。

 一緒に竜を倒したこともあれば、どこぞの国で追われたこともあった。

 苦楽を共にした仲間の一人だ。

 そういった仲間は多くいるが、時の流れの違いで引退したものばかりだ。

 それに死んでいったものたちも少なくはない。

 こればっかりは寂しいと強く感じる。


「これからどうされるので?」

「ああ、適当に3週間くらいのんびりして、適当に買い物してあっちに戻るよ」

「相変わらず、向こうでは一般人ですか」


 俺の答えに、マリアがため息を吐く。

 こっちの世界じゃ一国の主だし、冒険王や英雄王、神の使いなどと呼ばれている。

 勇者として召喚されたのに、勇者と呼ばれたことは無いが。


「まあ、私も影を置いてきたのでご一緒させていただいても」

「勿論構わないよ。一人じゃ大して面白くも無いからな」

「ふふ、ネストの街の西の森に黒龍が現れたみたいですよ」

「おいおい付いてくるんじゃなくて、連れまわす方かよ」

「せっかく時間が出来たので、また昔に戻って冒険がしたいんですよ」


 やれやれだ。

 まあ、マリアが楽しそうだから良いけどさ。


「初めて会った時から振り回されてばかりですからね、たまには振り回す方に回っても罰はあたらないでしょう」

「そうだね……」

 

 最初の出会いか。

 本当に遠い過去の思い出だな。


***

「さっきの、何やったの?」


 青い髪の女性が眉を寄せて、首を傾げながらこっちをジッと見つめてくる。

 

「あっと……凄い速さで移動して不意打ちをしたってところかな?」

「なんで私まで……しかも、移動したのも全然気づかなかったし」


 青い髪の女性が、俺を睨みつけている。

 いや、助けてくれたお礼もいったし、一緒に逃げたのになんで不審者を見るような目で見られてるんだろう俺。


「あんたが不用心にあんな裏路地にふらふらと入り込んだから勇気出して助けにいったのに、あんなに強いんだったらまったくの無駄だったってことじゃない。バカみたいじゃない」

「いや、そんな怒られても。それに、本当に感謝はしてるんだから、少しは落ち着いてくれないかな?」


 よく見ると目の前の女性はかなり幼く見える。

 16~7歳くらいだろうか?


「うー……」

「そうだ、助けてもらったお礼に食事でもどう?」

「要らない、そんなつもりじゃないし」


 そう言ってそっぽを向く少女。

 難しい。


「まあ、正直言うと初めて来た街で、どこのお店に入ったらいいかもわからなくてさ」

「……新手のナンパ?」

「はぁ? いや、まあやってることはナンパか。でも、流石に子供相手にそんな節操もないことはしないよ」

「これでも14歳なんだけど?」

「思ったよりも子供だった……」

「はあ?」


 どうやら地雷だったらしい。

 顔を思いきり顰められた。

 それでも食事には付き合ってくれた。 

 色々と街のことも話してくれたし。

 彼女の名前はマリアというらしい。


 俺が21歳だと伝えたら、かなりびっくりされた。

 17~8くらいだと思われていたらしい。

 童顔ではないと思うんだけど。

 まあ彫りの深いこの街の住人の中にいたら、若く見られるかもしれない。


 マリアの話では、ハージメの街はチカーク国の主要都市のひとつらしく、メロー・フォン・ハージメ伯爵がおさめている街らしい。

 ハージメ領の首都、県庁所在地みたいなところと。

 領主のおひざ元の街でも治安の悪いところがあるのかと思ったら、影の無い場所は無いと言われた。

 納得だ。

 割と治安は良いみたいだけど、汚職が無い訳でもなく。

 どうもああいった連中の元締めみたいなのと付き合いのある衛兵もいるとか。

 だから、悪を根絶することは無理だと。


「それにしても、お兄さんおじさんだったんだね」

「何を……まあ、そうだな。マリアみたいなお子ちゃまからしたら、十分おっさんか」

「むう……」


 さっきのことを根にもっているみたいでおじさん扱いしてきたので、仕返しに子ども扱いする。

 少し、大人げないかな?


「これでも、胸だって出てきてるし」

「ストップ!」


 そういって胸をはだけさせようとしたマリアの手を止める。

 これは、確実に事案だろう。

 と思って手を掴むために近づいたところで、気付く。

 酒臭い。


「おまっ、酒飲んだのか?」

「はあ? この国じゃ14歳からお酒は飲めるのに、飲んだらだめなの?」

「そうなのか? いや、まあそれなら良いけど悪酔いするのはどうかと思うけど?」

「いやいや、酔ってませんけど? この程度じゃ酔いませんけど?」


 普通はその程度じゃ酔わないよな。

 だって、まだ最初に頼んだドリンクが、半分しか減ってない。

 てか成人してる俺が飲んでないってのに。

 ちょっとイラっとしたので、エールを頼む。

 味は悪くないのかもしれないけど、ぬるくて不味い。

 仕方ないからちびりちびりと飲む。

 これならいっそアツアツの方が飲みやすいかも。


「へぇ、おじさんの癖に酒飲めないんだ。無理しなくていいわよ」

「ぬるいエールってのが初めてで、思ったのと違って美味しくない」


 一応お店の気を使って小声で反論する。

 いや、本心だけど。


「ふーん……ぬるいエールなんて普通じゃない。むしろ、ぬるくないエールってのを見てみたいわよ」

「はぁ……子供に酒を勧めるのもどうかと思ったけど、知らないなら教えてやるよ」


 そう言って転移で家に戻って、冷蔵庫からビールをグラスに移してから戻ってくる。


「ほら、飲んでみろ」

「えっ? いや、あれ? そんなコップってか、なにそのコップ!」

「ちょっ、声がでかい」


 転移に付属した隠蔽のお陰か、目の前から一瞬消えたことは無かったことにされたが。

 代わりに俺の持ったコップを指さして、大声を出されたから周囲の人たちが注目……してなかった。

 割と店全体が騒がしいから、気にもされなかったらしい。


「良いから、これ飲んでみろ。キンキンに冷えたエール……じゃなくて、ラガーか? 分からん、エールだ」

「えっ? あ……うん」


 俺が手に持ったグラスを差し出すと、マリアがおそるおそる両手で受け取る。

 

「これ割ったら、一生ただ働き?」

「んなもん、10マニで買えるわ」


 100均のコップだし。


「10万? 10万マニ?」

「もういい、黙って飲め」


 先入観のせいか盛大な聞き間違いをされたが、大事なのは中身だ。

 冷たいビールの良さも分からずに、俺が乏しめられたまんまじゃ男が廃る!

 そう思ったが、マリアはちびりとビールを口に含むと、目を見開いて一気に飲み込んだ。


「冷たい! こんなのエールじゃなくてもおい……し……いわ」


 そして、そのまま机に突っ伏してしまった。

 やっぱり、下戸じゃねーか!

 仕方がないからマリアが起きるまで一人でつまみを食べながら、蜂蜜酒ミードを頼んでちょびちょびとやる。

 起きる気配がない……


「お客さん、もう店じまいだよ」

「はい……」


 追い出されてしまった。

 頑張ってマリアを叩き起こそうとしたが、気持ちよさそうに寝言で返事をされたらどうにもできない。

 仕方なく彼女を背負って、店からでる。

 なるほど背中にあたる感触からして、確かに少しはあるみたいだ。

 酒が入ってるのに全く発情しないのは、髪の色のせいか歳の差のせいか。

 取り合えず、どこに行こう……


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