第6話:異世界旅行
結局一十美と一泊で遊べる予定を逃したことを後悔しつつ、土曜日にほぼとんぼ返りでまたアクセーイ王国のある異世界へと戻ってきた。
いや、割とすぐに。
今回は携帯は家に置いてきた。
定期的に戻って、着信とメールの確認くらいはしないとと思ったからだ。
「しっかし、本当に異世界だな」
城からの支給品の鎧は脱いで、アクセーイ城であてがわれた部屋のベッドの横に置いている。
そういえば、異空間収納的なものは貰えなかったな。
こういったのって、定番だと思ったんだけど。
いや、魔神様が日本で流行っている異世界転移のお約束なんて知るわけも無いか。
城から出ることも無かったので金銭は支給されなかったが、魔神様からの給金があるので一文無しではない。
金貨3枚だ。
価値が分からない。
そこらへんを知るためにも、街を散策しようと思ったのだが。
流石にアクセーイ王国の城下町では、心許ない。
かといって、この辺の地理に詳しわけでもないし。
取り合えず魔神様からもらった転移スキルの付属品で、この世界の脳内地図をイメージする。
目の前にホログラムのように、世界地図が映し出される。
ここから、行きたい場所を選ぶのだが……
帝国に行って、実情を見てみるのも一つの手だけど。
いまは、全然関係の無いところに行ってみるのもありか。
指でピンチして地図を拡大すると、指先で弾きながら地図の中心をスワイプさせる。
地名が浮かび上がるのは、かなり便利だ。
ついでに簡単な説明とかも、載せておいてくれたらよかったのに。
それから2~3分ほど地図をいじったあとで、そこそこ大きな町を見つけたので鎧を身に着けてそこに転移する。
もうアクセーイ王国に戻らなくていいように、ここに拠点を持つかな。
家に戻ればいいだけだから、必要性はあまりなさそうだけど。
俺が来たのはアクセーイ王国と同じ大陸にある、チカーク国だ。
その領地内のそれなりに大きな街だが。
ハージメの街というらしい。
隠蔽効果があると言われてたのに、やたらと視線を感じる。
それもそうか……黒髪、黒目の人種が全くいない。
白人さんと黒人さん、それにケモミミを付けた人ややたらちっちゃい人ばかり。
珍しいのだろう。
選択を間違えたかな?
「珍しいね、異人さんかい?」
「そうなんですよ。いま世界を旅して回ってる途中でして」
取り合えず物価を知りたいのと、何か変わったものはないかと八百屋さんっぽい露店に足を向けた。
店主が女性ということと、なんとなく野菜や果物を扱っているお店なら極端に足元を見たりしないかなと思って。
店に並んでいる物を見るが、見慣れたものから初めて見るものまで様々な商品がおいてある。
やたらデコボコとした、世界に一つしかない食べたら特殊能力に目覚めそうな実を手に取る。
「あんた、それ素手で触ったらかぶれるよ」
「えっ? そうなの?」
おばさんがびっくりしたような声をあげたけど、すでに手遅れだ。
素手だけに。
やかましい。
「大丈夫なのかい?」
「大丈夫みたいですね。いや、人よりちょっと耐性があるみたいで」
「へえ、毒耐性があるのかねぇ?」
「毒なのですか?」
見た目通り物騒な実だった。
とはいえ、流石神様の加護。
良い仕事してる。
というか、もしかしたら毒のある実とかでも食べても大丈夫な体質だったり?
それは便利かも。
「貸してみな」
「はい」
おばさんが手袋をして、俺からその実を受け取ると手際よく皮を剥いて身を取り出してくれる。
それから手袋をはずして、その実の外側を薄く切ったあとで中身を渡してくれた。
「皮に触れるとかぶれるけど、中身はとっても甘くて美味しいよ。ちょっと食べてみな」
「良いんですか?」
「ああ、旅人さんだろ? 珍しいものなら、経験しとくべきじゃないかい?」
どうやら、優しいおばさんらしい。
渡された実を口に含む……うん味はスイカだけど、歯ごたえは桃に近いかな?
滑らかで美味しい。
「これ美味しいですね、2つほどもらえますか?」
「あいよ、2つで30マニだよ」
「すいません、細かいのが無いのでこれで」
30マニというのが分からないが、金貨しか持ってないのでそれを差し出す。
「おんや、金持ちだね。貴族様の道楽かい?」
「貴族ではないですよ。まあ、想像もつかない金持ちの従者ってところです」
金貨1枚でこの反応。
やはり、それなりの価値があるらしい。
「ちょっと待ってくれるかい?」
「えっと……」
「流石にうちみたいな小さなお店じゃ釣銭を用意できやしないからね。金貨なんて久しく見てないから、緊張するねえ」
おばさんは隣の肉屋の店主に一緒に店を見てもらうように頼むと、金貨をもってどこかに行ってしまった。
「ちょっと、両替商のところにね。なあに、手数料は事情を話したらただにしてくれたよ。あとで差し入れしなきゃね」
「すみません、手間を取らせてしまって」
「旅人の割には、世間知らずだね。だから、旅してるのかねぇ」
そんなことを言いながら、おばさんが袋から硬貨を取り出す。
手渡されたのは大きな銀のコインが9枚と一回り小さな銀のコインが9枚、大きな銅のコインが9枚に、銅のコインが7枚か……
てことは、銅のコインが10マニか。
金貨は10万マニってことか。
「袋は持ってないんだね、宿にでも置いてきたのかい? ちょっと待ってな」
おばさんが後ろをガサゴソと漁って、大きな麻の袋を渡してくれる。
「どうせ捨てる予定のボロだけど、これに入れときな」
「ありがとうございます」
それもそうか。
日本のスーパーとかと違って、買い物袋は必須なのか。
いや、袋や箱で商品を売っているところもあるから、一概にそうともいえないか。
取り合えずお金の価値は分かったので、適当に買い物をして回る。
感覚としては、1マニが10円くらいだってことは分かった。
おばさんに貰った麻袋もパンパンになったので、この街で泊まれるところを探す。
「いてぇ!」
「大丈夫ですか?」
「くそっ、覚えてろよ!」
途中で男がぶつかってきたかと思うと、手をさすりながら大声をあげていた。
当たり屋かとも思ったけど、捨て台詞を吐いてどこかに行ってしまった。
そしてジャラっという音がして、腰につけていたお金を入れた革袋が落ちる。
どうやらスリだったらしい。
失敗したうえに、手に怪我でもしたのかな?
いや、もしかしたら神様の部下から給金を盗ろうとして罰が当たったとか?
考えても分からない。
しかし鑑定スキルもなければ、収納スキルも無し。
あるのは転移のみ。
なかなかにハードモードのような気がしてきた。
神様にスキルの身に着け方は教えてもらったけど、今使えるのは城での訓練で顕現した剣術スキルと火と水の初級魔法のみか。
魔神の加護というだけあって、魔法関連の適性は軒並み高かった。
そのことも、異世界の勇者はやっぱり凄いという評価につながったようだけど。
後から呼ばれるかもしれない人たちに、悪いことしたな。
「収納スキルは、時の精霊の加護がいるらしいし。鑑定スキルは目利きのスキルを使って習熟度をあげないといけない。目利きのスキルは商売の神の加護が要ると……」
是非欲しいところだが、教会にでも行けばいいのかな?
せめて案内人とか居てくれたらいいのに。
「おうおう、兄ちゃん随分と羽振りがいいみたいだな」
「俺たちにもちょっと、恵んでくれよ」
ぼやっと考え事をしながら歩いていたからか、気が付けば人気のない路地に入り込んでいて3人組の人相の悪い男たちが行く先を塞いでいた。
そのうちの1人は、さっき俺にぶつかってきた男だった。
見た感じ全員が筋肉質で、とてもじゃないが勝てる気がしない。
そもそも外人さんって、本当にガタイが良くて強そうだよね。
日本人の一般人の俺じゃ、1人でも諦めるのに。
何も3人がかりじゃなくても。
普通なら怯えて声も出せないだろうけど、転移持ちの俺からしたらどうってことはない。
仕方ないから、とっとと日本にでも帰ろうかな。
そう思ったんだけど。
「貴方達、何してるの?」
いるもんだね。
こういう場面で颯爽と現れる、かっこいい奴。
えらく可愛い声だけど。
「なんだ、姉ちゃん」
「へえ、臨時収入と一緒に酒の相手までたあ、なんともついてるわ」
「だったら面倒にならねえように、そっちの兄ちゃんはとっととばらすか?」
なんとも恐ろしいことを言う。
そして俺が振り返った先にいたのは、若干震えているか弱い女性だった。
青い髪って、気持ち悪いな。
いや、ナチュラルなブルーなんだろうけど。
どういった遺伝をしたら、あんな髪の色になるんだろう。
「お兄さんも不用心にこんなところに入り込んじゃダメでしょ! 早く一緒に逃げるわよ!」
「えっ? ああ、うん……」
女性が俺の手を掴んで走り出したので、躓きそうになりながらも一緒に走る。
「待ちやがれ!」
「おい!」
すぐに後ろから男たちが追いかけてくるのが分かる。
そして、男の呼びかけに目の前に新手が出てきた。
といっても2人か。
「きゃっ」
「あー、もう面倒くさい」
えらく気持ちが落ち着いているのは、魔神様の加護のお陰かな?
すぐに女性と共に転移で新たに現れた二人組の背後に移動すると、腰の剣を素早く抜いて2人の延髄に柄を叩き込んで急いで走る。
今度は俺が先を走って女性を引っ張る形だ。
「なに?」
「馬鹿な!」
ギャッという声が2人分聞こえたあとで、最初に現れた男たちの驚いたような声が聞こえてきた。
そして足音が追ってこないので後ろを振り返ると、俺が殴った2人が地面に倒れこんでいて男どもが揺さぶっているのが見えた。
なんだ、俺結構強いんじゃん。
まあ、不意打ちってのもあったけどさ。
それから女性と一緒に人通りが多い場所にまで戻る。
「はあ、危なかった! 助かったよ」
「……」
そこでようやく女性の手を放して、振り返ってお礼を言う。
が、相手の女性はぜーぜーと荒い息を吐きながら、こっちをジッと見ていた。
「さっきの……何やったの?」
それが、俺とマリアの最初の出会いだった。
やっぱりリアル青い髪の女性って、ちょっと気持ち悪い。
これが俺の第一印象だったけど。
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