第2話:出勤

 車を走らせること20分、周囲を畑に囲まれた場所にある不釣り合いな白い平屋の建物。

 裏にはまだまだ真新しい倉庫が1棟ある。

 ここが俺の職場である有限会社アナザーだ。

 地方のお店や住宅の集まった主要地区から、わずか20分車を走らせるだけで山1つ越えられるほどの田舎。

 俺のやってる商売からすれば、会社は田舎に作った方が色々と便利なのだ。


「おはよう社長」

「おはよう、成宮。社長って言うな」

「ははは、まあ良いじゃないか」


 すでに事務所に来ている社長の水戸みといつきに挨拶する。

 実際にここで取り扱っている商品は俺にしか用意できないからな。

 そのことで俺に負い目を感じているみたいだが、俺からすれば俺はそれしかできないわけで。

 こいつのお陰で、家族を養っていけているのだからそれは言いっこなしだよ。


「てか、いつになったら事務所から出てくんだ?」

「ええ? だって通勤時間0分だぜ? しかも車をちょっと走らせたら街にだっていけるし、こんな良い物件を意味もなく手放せるわけないじゃん」


 こいつは事務所に作った当直用の部屋に寝泊まりしている。 

 元々は俺用に作った6畳の寝る為だけの部屋だったのだが。

 こいつが住み着いて、増築を重ねて今じゃこの事務所には風呂やシステムキッチンまである。

 もちろんもともと給湯室は作っていたのだが。

 なんか、こいつ結婚したらさらに増築してリビングとか作りそうだな。

 でもって、子供が出来たら子供部屋も増築って具合で、そのうち事務所より宿直室の方が広くなりそうだ。

 思わずため息が出たが、かなりの利益をあげているので問題は無いか。

 

 月給は手取りで樹も俺も35万で統一しているが、田舎なら十分に贅沢が出来る程度ではある。

 お陰で会社の資産は増える一方。

 だから、こうやって税金対策に色々と無駄な費用を使ってるわけだが……

 会社に作ったシステムキッチンが経費で落ちるのは、少しもやっとする。

 

「おはようございます、社長、成宮係長」

「おはよう、瑞穂ちゃん」


 と思ったら、給湯室の方からバイトの吉井よしい瑞穂みずほが出てきた。

 瑞穂ちゃんは高校を卒業後、ここから自転車で5分ほど行ったところにある実家で家事手伝いをしていたみたいだが。

 いや、本気の家事手伝いだったな。

 農作業も家事手伝いに含まれるのか。

 割と本気でやってたみたいで、それ小遣いじゃなくて給与払うべきじゃないかなってレベルで入れ込んでいた。

 聞けば高校も農業高校だったらしく、ただ家から自転車で通える距離にバイトを募集している会社があったから興味本位で応募してみたと。

 まあ、応募が全然なかったから、即採用したけどね。

 にしても、出勤がやけに早いな。


「ちげーよ! 変なこと考えんなって! 瑞穂ちゃんも、お前が来る5分前に出勤したばかりだっての!」

「本当か?」

「あはは、今日はおじいちゃんに収穫手伝わされたから早起きしたんですよ。で家に居たら色々と手伝わされるから、さっさと逃げてきたんですって。はい、社長コーヒーですよ。成宮係長もコーヒー飲みます?」

「うん、貰うよ。そうだよね、こんなおっさん興味ないよね」

「もう、セクハラですよ」


 セクハラになるのか。

 いや、水戸はともかく、この邪推は確かに瑞穂ちゃんにしてみれば、セクハラだし失礼だな。


「ごめんごめん、うちの可愛いバイトちゃんがこのおっさんに騙されないか心配になっちゃってさ。確かに瑞穂ちゃんに失礼だったね」

「なりみやぁ……」


 っと、水戸が情けない表情になってきた。


「おっさん、おっさんって、お前も俺と同じ33じゃねーか!」

「ああ、同じ33歳だ。おっさんだな?」

「まだ、俺はわけーよ! 既婚者のお前と一緒にすんな! そんな、老け込んじゃいねーよ!」

「ええ、社長より成宮係長の方が若く見えますよ?」

「瑞穂ちゃぁん」


 あっ、本気で傷ついてる。

 まあ、知ったこっちゃないけど。


「有難う。子供達にかっこいいパパって思ってもらいたくて、頑張って若作りしてる甲斐があるよ」

「本当に小学生のお子様がいらっしゃるなんて信じられないですよ! 自慢のパパですね」

「聞いて、2人とも聞いて……俺社長」

「いいじゃん! 社長なんだから、ちょっとは貫禄あった方が」


 俺の言葉に水戸ががっくりと肩を落としているが、瑞穂ちゃんは気にした様子もなく給湯室に向かうとコーヒーカップを手に戻ってきた。

 事務所に漂うコーヒーの香りが、心地よい。

 ちなみにもう一人いるバイトは大学生なので、平日は出勤がまばらだったりする。

 今日はサークルがあるから、休みらしい。

 

「で、出発は?」

「午前中は倉庫を整理して、午後から出るよ」

「了解、一応発送用の商品はまとめて、そっちの部屋に置いてあるから。伝票は印刷して置いてるから、梱包よろしくね瑞穂ちゃん」

「あいあい」

「返事は、はい」

「はーい」

「はあ」


 スマホをいじりながら俺や水戸が事務所に差し入れているお菓子を頬張っていた瑞穂ちゃんが、適当な返事をしたので水戸が注意する。

 だけど、あまり効果はないようだ。


「だって、まだ勤務時間前でーす」

「そうだね。でも年上に対してその返事はどうかと思うよ?」

「ふふ、すみません。なんか成宮係長が居るときの社長って可愛くて、つい近所のおじさんみたいだなって」

「おじさん……」


 水戸が可愛いという反応にちょっと思うところがあったけど、まあそういう感覚なら良いか。

 

「コーヒー美味しかったよ、とりあえず倉庫に行くけど社長は?」

「ああ、そうだな写真も撮らないといけないし、すぐ行くから並べといてくれるか?」

「分かった」


 水戸と俺が同級生で、共同経営者に近いことは瑞穂ちゃんも知っている。

 それ以前に彼女が入った時から、俺も水戸もこんな感じの砕けた口調で話しているので彼女は気にしない。

 でかい会社だったら、とんでも無いことになりそうだな。

 社長にタメ口をきく係長。

 うん……スーさん、ハマちゃんだな。

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