第1話:パパの秘密

「ただいま!」

「お帰り!」

「パパだー!」


 玄関を開けて、リビングに向かって声を掛けると子供たちが駆け寄ってくる。

 双子の息子と娘の、良樹ヨシキ樹璃ジュリだ。

 よくもまあ冴えない顔の俺に似ないで、嫁の優秀な遺伝子を受け継いでくれたと思うほどの天使。

 成宮家の宝だ。


「あらお疲れ様、今回は早かったのね」

「ああ、割と多くの仕入れができたから早目に帰国できたんだ」


 良樹が鞄をもっていってくれるので、俺はそのままリビングに入るとスーツをハンガーにかけてネクタイを緩めながらソファに座る。

 そんな俺に、妻の一十美ひとみがねぎらいの言葉をかけてくれる。

 どこにでもある普通の家庭。

 普通の団欒だ。

 

「ごはんちょっと待ってね。お米がまだ炊けてなくって」

「ああ、じゃあ先に風呂にでも入ってくるか」

「子供達も連れてって」


 久しぶりの我が家の風呂。


「おい良樹、樹璃! 風呂入るぞ」

「うん!」

「分かった!」

「洗ったら呼ぶから、順番にすぐ来るんだぞ!」

「はーい」


 俺の言葉に2人が仲良く揃って返事をしてくれる。

 スラックスをその場で脱いでソファに引っ掛けると、シャツのボタンをはずしながら洗面所へと向かう。

 

「ふいー」

「パパ、お疲れ様!」

「今回はどこに行ってきたの?」


 順番にと言ったのに2人同時に入ってきたので、汗をかきながら丁寧に洗ってやるとシャワーでざっと泡を流して一緒に湯船につかる。

 2人を膝の上にのせて、顔をお湯を掬ってバシャバシャとこすっていると、良樹が今回の仕事のことを聞いてきた。


「うん? ちょっと北の方に動物の毛や皮で作った服を買いに行ってたんだよ」

「動物の毛? 毛皮のコート?」


 俺の言葉に樹璃が首を傾げながら聞いてくる。

 彼女の頭を撫でながら、笑顔で頷く。


「そうだな、そんなもんだな。それと古い剣なんかも仕入れたかな」

「剣? かっけー!」

「かっこいいかどうかは分からんけど、それなりに良いものだった」

「良いって、かっこいいってこと?」

「まあ……そんなところだよ」


 子供に剣の良し悪しを説明するのもなぁ。

 古くて歴史的価値がとか、切れ味がどうのといっても食いついてこないだろうし。

 かっこいいが一番だな!


 家族には俺の仕事は他所の国に行って、いろんなものを買ってきて日本で売る仕事だと言ってある。

 まあ、他所の国というのがどこかは言えないのだが。


 風呂から上がって食事を終えると、妻が子供達を寝かしつけに寝室へと向かう。

 子供部屋もあるが、いまだに俺と一十美のベッドにそれぞれが寝ている。

 俺が出張でいないときは、俺のベッドを良樹が独占しているとか……

 子供部屋にもベッドあるんだけどな。

 小学校に上がったのに、まだまだ甘えん坊だ。


 グラスに注いだビールを一気に飲み干す。

 うーん、美味い。

 久しぶりに飲んだからか、余計にそう感じる。


 それにしても、まさかスノードラゴンがつがいでいるなんてな。

 流石に耐寒装備も、ほとんど役に立たなかったが……

 まあ、お陰様で良い買い物ができた。


 そう子供達どころか妻にも言ってない、俺の秘密。

 それは……実は異世界でS級冒険者をしているということ。

 そして異世界から持って帰った品を、友人を代表取締役にして立ち上げたネット通販の会社で販売しているということだ。

 正社員は俺しかいないのだが、ただ家族に言うのに一応係長という役職にしてある。

 主な仕事は、商品の買い付け。

 いわゆるバイヤーだということも。

 友人はショップのHP関連の作業と、経理を担当している。

 一応、税理士さんも雇ってはいるが、煩わしい作業は全部そいつにやらせている。

 他に人を雇うことは……ことがことなだけに、難しい。

 まあ外に漏らされたところで、そいつが何言ってんだみたいな感じで痛い奴と思われるだけだろうが。


 とはいえ、その状況で梱包発送までは手が回らないので、そこだけバイトを2人雇っている。

 馬鹿っぽけど、仕事を真面目にやりそうだという条件で頑張って見つけた。

 今のところ素直に言われた作業をやってくれているので、問題ない。


 買い付け業務のあとは、2~3日休みをもらってまたあっちの世界に戻る。

 次は南方の国のレジスタンスの制圧だったけ?

 鎮圧?

 よく覚えてないが、戻ったらもう一度よく確認しよう。


「ようやく寝たわよ」

「すまんな、いつも子供たちの世話を押し付けて」

「仕方ないわよ。でも世界を股にかける仕事でしょ? かっこいいじゃない」

「そう言ってもらえると、嬉しいな」

「そのおかげで、家族4人不自由なく暮らせてるんだし、いつもありがとうね」


 妻が微笑みながら空になったグラスにビールを注いでくれる。

 俺は良い嫁を貰った。

 ただなぁ……世界を股にかけるというのが良い得て妙というか。

 異世界を股にかけてるんだ……とは、まだ言えてない。

 そんなこと言ったら、頭がおかしくなったと思われるだろう。

 最初に相談した友人もそんな反応だったしな。


 ため息をついて、ビールをちょびりと口に含む。

 なんか、ちょっと苦い。

 明日、明後日は家族サービスに努め月曜日からまた仕事が始まる。

 異世界品転売専門の有限会社アナザー。

 仕入れ部門の係長。

 それが俺、成宮なりみや勇樹ゆうきの今の肩書だ。

 そしてこれは、俺の過去、現在を記した物語である。

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