第4話

 長い間、玄関の下駄箱の奥で眠り続けていたランニングシューズを手に取る。

 鮮やかなスカイブルーが、今となってはみっともなく色褪せている。は、


 こんなところでも自虐を繰り返したくは無いのだが、まるで今の自分もきっとこんな感じの色なんだろうと安恵は心で呟く。

 いや…………そんな良いものじゃない。青は色褪せったて青なんだ。どこまでいっても青だ。だから自分とは違うんだ。


 私はもっと分かりやすく、明確に。もっと言い表すのが難しい色なんだろう。醜く汚く見がたい。そんな色なんだろうと。安恵は心の中で続けた。


 それは嘘。


 そんなふうに呟く安恵の心の中は、真逆。真逆の真逆。極彩色。眼が眩むほどのカラフルだった。だって、それは分かりやすく恋のせいだった。


 恋のせいで心が弾んでいた。いつもは帰宅したら力がわかずベッドに沈むか。

 

 あるいは、パソコンの画面の白を文字で埋める。そんな心がこもらない物語を構築していった。カタンカタンとのったりとしたペースでのタイピングで。


 けどそれもできなくなった。


 ケイタロスこと、高梨君のメッセージにはあれから返信をしていなかった(ちなみにケイタロスという名前は謎だった。高梨君の名前はあれから、沈黙の喫煙所にて優紀である事が判明し少なとも名前をもじったという安易なものではなかった。じゃあ何よケイタロスって???)


 恋をしたら、安恵の唯一の時間を埋める趣味、あるいは作業である小説執筆は停滞した。


 玄関で若干のかび臭さがあるランニングシューズに両足を沈める。同じく色褪せている青い紐をきつめに縛る。と同時に扉を開ける。と同時に全力で走り出す。走りながらカナル式ブルートゥースイヤホンを両耳にずぼりと埋める。


 ドクンドクンとさっきから高鳴る自分の心臓が自分に前進め、前進めと喧しいと安恵は数年ぶりに猛スピードで駆け出す。


 しかし自分の家から最初の曲がり角、距離として200M程で心臓はシンプルにしんどいから高鳴っている事に気づいた。全身を使っての深い呼吸、そして息切れ。


 今の私ならどこへでも見上げる夜空に煌めく星々まで走っていけるというときめきに急ブレーキがかかる。


 ぜぇぜぇと荒い呼吸をしてうずくまる安恵。数分後にやっと落着き、夜空を見上げてみた。


 星なんて一つも見えない深い夜だった。悲しいなぁ・・・とポツリと呟いた。


 



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