第3話

 それから1週間の時が流れた。


 好きって感情がこんなにも苦しいものだなんて言葉は、漫画やアニメ、ライトノベルで安恵は目にしてきた。


 実際かなり辛い。本当に辛い。


 安恵は自分の内側からくる胸の高鳴りを恋であるとそう結論づけた。それは今までこんな気分になったことがない。つまり自分が感じてきた事が無い感情。それは恋と簡単に結論を出せた。


 職場から帰宅をし、自室の机、パソコンの前で安恵は考える。書こうとした小説の続きもあの事があってから、上手く進められず更新は停滞していた。


 安恵は恋をした。けどこの恋という感情は何故こんなにも辛いんだろうか?それが安恵に分からなかった。何でこんなにもキリキリと痛むのだろうか?


 たぶんシンプルな答えなんだろうと思い。一時間程考えた末、一つの結論を出した。


 たぶん好きって伝えられない事だ。


 そして好きって返してくれないからだ。


 相手が自分の事を好きになってくれる訳がない。たかがネットの小説の読んでる事。そんな些細な事。本当にちっぽけな事。


 そんなものに私は繋がりを感じて、嬉しくなって、こんなにも心が痛くなるくらいにしてしまった。恋を。恋を。


 恋を。


 恋を。


 恋ってやつをよぉ。


 どーしよう……と一人呟く安恵の言葉は、弱々しい。


 彼、高梨君の事は休憩時間の喫煙時間に会話から漏れてくる事位しか知らない。下の名前すら知らない。そんなくらいだ。


 彼は大学生であったが中退して、今はバイトを二つ掛け持ちしている。趣味はパチンコと競馬だが、金が無いので最近はやめている。金が無いけど、時間はある。周りはもう社会人になっており、たまに数か月に一度、飲みに出かける程度の交友関係。パートの叔母さんたちに誘われて、たまにカラオケに行く。そして、金が無いので最近ネットで小説を読み始めた。そんな事しか分からない。顔は良い。


 そんな事しか分からないだけの情報を整理すると、彼はけっこう駄目な人間。だと思われる。


 けどソレを憎めない、寧ろ彼の魅力の一つだと感じさせる人間らしさみたいのを感じる。


 少なくとも安恵は魅力と感じていた。それは安恵が恋をしているからに他ならなかった。胸のときめきが書い輝かせていた。


 どうしたもんかねえと椅子の背もたれに身体を預ける。そして何も無い、狭い部屋の天井を眺める。タバコの煙により黄色くなってる。


 キリキリとやはり胸の痛みは持続している。


 たぶん好きって伝え、そしてアッサリとフラれたらこんな痛みはすぐに終わる。職場の笑いのネタにされるだけで、安恵自身は何も変わらず、触れられない、だから気まずさも何も無いどんよりとした日常が続いていく。これから先ずっと。ずっと。


 自分の髪に触れる。キューティクルなんざ一ミリ?も無いぼさぼさの傷んだ黒いロングヘヤー。喫煙の習慣により、髪の毛もだいぶ細くなってしまった。


 そしてiQOSを吸うためにボタンを押して、加熱しようと瞬間に安恵はハッとなる。


 自分の気持に確信する。


 もしかして。私はこの胸の痛みを楽しんでいる。またどんよりとしたものが続く日常に戻るくらいなら、この痛みを抱え続けていた方が幸せと感じている?と。


 私は恋を楽しんでいる。叶わない恋なら叶えようとしないまま。胸に秘め。その痛みを楽しんでいる。


 乙女じゃん。分かりやすく乙女じゃん。恋に恋しているてどんだけ古臭くて、どんだけ未成熟なんだよ、私。


 とその時、ずっと更新してない自分があげている小説のページのベルマークに色がつく。


 ガバッと前のめりになってパソコンを睨む。


 えっ?嘘まさか?そんな事ある?


 マウスを持ってる自分の手が震えていた事に安恵は気づけなかった。


 怖い。私の思ってる事じゃなかったら。


 怖い。私が思ってる事だったら。


 どうしよう。私がそれはあり得ないって事だってと思ってる事だったのなら。


 と停滞していた安恵の脳内がぐるんぐるんと高速回転を始める。


 震える右手で明かりが灯ってる通知マークを押す。


 ケイタロスというアカウント名からのメッセージだった。それは私にメッセージをくれた人。つまり。


 つまり高梨君だった。


『最近。更新なくて毎日の楽しみにしてるので寂しいです。もし体調を崩されてるのならご自愛ください。』


「ーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!あーーーーもうバカッ!!!!」


 抑えきれない感情で思わず机を叩く。その拍子で長年使ってた愛用のマグカップが床に落ち、割れる。


 ホント最悪〜〜と独り言を呟きながらこぼれたコーヒーと割れたマグカップを片付ける安恵の顔は、分かりやすかった。


 安恵はとても分かりやすく恋をしていて。


 そして幸せを感じていた。

 

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